【エッセイ】十万字かけて、会いにいく

春生直

第1話

 昔から、お話を書くのが好きだった。


 幼稚園の時から色紙で絵本を作っては、本のブースに並べて悦に入っていた。

 確か、初めて作った絵本の名前は、「こりすのぼうけん」だった。


 本格的に長い小説を書き始めたのは、小学四年生の時だった。


 当時のことを思い出すと、なんだか重松清の小説のようになってしまうが、アメリカから帰ってきた私は、クラスでいじめられていたのだった。


 だから、いじめに立ち向かえる女の子の話を書くことにした。

 現実はどうしようもできなかったが、想像の中では、私は勇気ある女の子だった。

「赤毛のアン」などの海外児童文学が好きで、その影響だったのかもしれない。


 しかし、両親は創作に良い顔をしなかった。本を読むのは良くても、書くのは駄目だったのだ。

 今考えてもおかしな話なのだが、とにかく私は、隠れて小説や漫画を書くようになった。


 それは、題材は変わっても、必ず勇気のある女の子の話で、ずっと私のことを支えてくれた。

 数えきれない程のノートに、お話を書いた。


 しかし、大学に入って、私は書くのをやめてしまった。

 周りの顔色ばかりを見渡して、そういうのは「暗い」人間がやることだと思い込んだ。

 私は「明るい」人間になって、光の方へ行きたかった。


 太宰治は、こう言ったらしい。


「本を読まないということは、そのひとは孤独ではないという証拠である」


 私は、孤独ではなくなりたかった。だから、筆を折った。

 文学賞に一度も挑戦しないまま、私は大学を卒業し、社会人になった。


「あくたの死に際」という漫画がある。

 昔文芸サークルに属していたサラリーマンが、精神を病んだことをきっかけに、文学賞に挑戦する、という内容だ。

 それに触発されて、十年ぶりにまた、書いてみることにした。


 長編小説の目安は、だいたい一冊、十万文字らしい。

 漫画やアニメにするのに、ちょうど良い長さだということだ。


 十万文字まで膨らませて、かつ区切りの良いところでまとめるのは、なかなか骨が折れる。

 それでも、過去の自分がやりたかったことを、励まされた勇気ある女の子のことを、書かずにはいられない。


 十万文字かけて、会いに行こう。

 孤独だと泣いていた子を、抱きしめよう。

 本は、そのような子供のためにある。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【エッセイ】十万字かけて、会いにいく 春生直 @ikinaosu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画