命削りの秋茜

鈴目蜂

序章

第一話 『おはよう』


 むかし、むかし――


 山には天狗がすみ、川には河童がうごめき、ひとたび森へ迷い込めば、衣の切れ端ひとつ残らぬと語り継がれた頃のおはなし。

 

 その世には、ひとの身を脅かす“妖魔”と、ひとびとを護る“神々”とが相分かれて生きており、両者が交わる境は、いつも霧のようにあやふやであった。


 さて、都から遠く離れた山の奥、深い森の抱きかかえるような場所に、ひっそりと小さな村がありました。

 清らかな流れには銀のごとき魚が跳ね、市場には瑞々しい果物と干し肉が並びます。

 森は豊かな恵みを与え、村人たちはその慈しみを忘れず、静かな日々を紡いでおりました。


 ありがたいことに、この村のまわりだけは、妖魔の影が薄いとされていたのです。


 

 


 ところがある朝のこと、平穏を裂くように、



 ――カァァーーッ……カァァーーッ!


 

 と、一羽のカラスが叫びました。


 


 村の中央に立つ古木の枝のうえ。

 そこから下界をにらみつける黒い眼が、ぎょろり、といやらしく動きます。

 その目つきは餌を探す鳥のそれではなく、もっと暗く、もっと禍々しいものでありました。


 やがて鴉は、ひとつの粗末な小屋へ向かって、音もなく影のように滑りおります。




 戸は閉ざされ、人の気配はない。

 奥には、布団にくるまれた赤子が、たったひとり。

 烏は狭い隙間から舞い入り、窓枠に爪を食いこませながら、



 「ガァ……ガァ……」



 と喉を鳴らしました。

 それは、無力な獲物を前にした嘲りの声。


 


 ところがその声に、赤子は目を覚まします。

 黒い影が立つのを見て、たちまち顔をゆがめ、胸の底から悲鳴をしぼり出しました。



 「うあっ……うぎゃーーっ!」



 その泣き声は、空を震わせんばかり。

 けれども、烏にとっては、ただ耳ざわりなだけの叫びでしかありません。


 烏は翼をひろげ、赤子の顔のま横へとふわりと降り立ちました。



 「ガァ」



 その一声ののち、固く尖った嘴が、ためらいもなく振り下ろされます。


 突く。

 引っかく。

 柔らかな頬に赤い筋が走り、赤子の悲鳴はさらに高く、鋭く。


 烏は煩わしげに羽ばたくと、ついに赤子の顔へと飛び乗り、鋭い鉤爪を深々と食い込ませました。


 

 「びゃあぁぁーーっ! びやゃああーーっ!」



 痛みと恐怖に引き裂かれた声が、小さな家中に響きます。

 幾度突いても静まらぬその身に苛立ったのか、烏は動きを変えました。

 ぬらりと濡れた口内を開き、狙いをひとつに絞ります。

 向かう先は涙でふくれた、柔らかな眼の玉。

 それを抉り取って飲み込んでやろうと、嘴を振りかぶり――



 ――ブチュッッッ!!!

 


 と、何かが醜く弾け飛ぶ音が響いた。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ――暫し時が遡る





 ――……ァ〜…!カァ〜……!



 「……ん…んっ〜、さむ……ぅう〜〜……」



 季節は秋の入り口。空気はひと月前と一変し、爽やかな涼風が首元を撫でる。

 私――秋空葵は、軽く瞼を拭いながら窓へと視線を向けた。

 太陽はまだ山の向こうに隠れてる。少し早起きしすぎただろうか。二度寝をしたいところだが、生憎完全に目が覚めてしまった。


 お母さんは、もう起きているよね。


 毎日朝早くから支度をする母に感心しつつ、手伝いに行こうと身を起こす。



 「……おはよう、日和ひより



 「……ぅぎゃ……」



 横で安らかに眠る赤ん坊。つい半年前に家族になったばっかりの可愛らしい妹だ。

 起こさないよう優しく頭を撫でると、小さくうめき声を上げて反応した。手のひらを軽くつつくと、指を丸める。

 かわいい――でも、これ以上構って泣かれると困っちゃう。

 名残惜しさを断ち切って手を離し、立ち上がる。途端に窓から吹き込んだ冷気が体を震わせた。



 「うぅ……やっぱり寒い。まだ、十月始めなのにこれじゃ堪んないよ……」



 私は少しはだけた胸元を直し、掛け布団代わりにしていた紅い着物を羽織ると、台所へと向かった。

 土間では母が一人、せっせと朝食の支度をしていた。



 「お母さん、おはよう……」



 「あら、おはよう。葵にしては珍しいわね、こんなに早く起きて」



 「……む〜。私だって早起きくらいするってば。……まあ、今日は外のカラスが煩かったのもあるけど」



 「あぁ……それで起きちゃったのね」



 母は納得したように溜め息を漏らす。

 私はその反応に唇を尖らせながら、水瓶の水を柄杓で掬い、寝ぼけ眼のまま喉を鳴らした。



 「……っぷは。ねぇお母さん、何か手伝うことない?」



 「そうねぇ……なら、今ちょうどご飯が炊けたから、おにぎりを握ってくれる? 村の男衆に配る分だから、四十個くらいお願い」



 母はしゃもじを寄越し、味噌や漬物の入った樽を指差した。

 私は頷いて釜の蓋を開ける。ムワッとした米の香りと熱気が顔を包み、気だるい体に活力を与えてくれた。



 「あちっ……!?」



 「葵?まさか釜に触ったの?火傷してない?」



 「だ、大丈夫。湯気にびっくりしただけ」



 気を取り直して、熱々の米を握っていく。

 最初は掌に米が張り付いて苦戦したが、慣れてくれば面白いように形になっていく。夢中で握り続け、十個ほどが出来上がった頃だった。



 「お母さん、どう?」



 「うん、いいわよ。……ん? ちょっと待ちなさい」



 母は私の羽織っていた着物を摘み上げ、目を細めた。



 「葵、またこれ着てきたのね」



 「あっ……」



 しまった。

 我が家には不釣り合いなほど上等なこの着物は、母の大切な物だ。作業着にしていい物ではない。



 「全く……汚れたらいけないから脱いできなさい。動いて体も温まったでしょう?」

 


 「うぅ……は〜い……」



 「それと、戻ったら日和のお守りをお願い。お母さん、日中は祭りの準備で出掛けるから。……特にカラスには気を付けてね?」



 お母さんはそう言い残すと外に出る。

 どうやら水汲みに行ったみたい。お父さんが戦で亡くなってから本当に大変そうだ。お金は村長から生活の分貰っているとはいえ、雑業は全部やる必要がある。

 ……朝だけでも、もうちょっと家事手伝ってあげようかな。



 「……にしても、お祭りかー」



 今日は四年ぶりの村祭り。大人たちがピリピリしているのはそのせいだ。

 私は一つ溜め息を吐くと、部屋を隔てる仕切り板に手を掛けた。

 その時、中から「ガァガァ」とカラスの喚き声が聞こえた。

 日和が泣いてしまう。そうしかめっ面になると同時に、嫌な胸騒ぎが走る。

 ほんの数秒前の母の警告が脳裏をよぎり、私は勢いよく仕切り板を開け放った。




 ――そこには。



 今まさに、日和の顔へ襲い掛かろうとするカラスの姿があった。



 「……ッ!?」



 目の前の光景に、思考が一瞬で白く染まる。だが次の瞬間には、焦燥と恐怖が奔流となって押し寄せた。

 カラス。日和が襲われている。助けなきゃ。どうやって? お母さんを呼ぶ? 間に合わない。血が出ている! 引き剥がさないと。日和が殺される。何か、何か武器を――!


 視界の隅に、山積みにされた薪が映る。

 これだ!

 私は咄嗟にそこから二本を鷲掴み。そして片方を、あらん限りの力で投げつける。



 ――ブチュッッッ!!!



 水袋が破けるような湿った音が響き、カラスの小さな身体が弾け飛んだ。飛び散った赤黒い血が日和の肌に降り注ぎ、白い布団にシミを作る。



 「……ガヤ゙ァ゙ア゙ァ゙ア゙ア゙アアア!!!」



 投げつけた薪は、正確にカラスの眼球へ突き刺さっていた。

 奇声とも取れる悲鳴を上げ、カラスがのたうち回る。

 私はその姿に軽く怯みながらも、好機を逃さず踏み込んだ。


 足を振り子のように後ろへ送り――勢いよく蹴り上げる。



 ――バンッ!!



 カラスが壁に叩きつけられ、ボトリと地面に落ちた。

 まだ死んでいない。折れた翼で必死に藻掻いている。

 私は残ったもう一本の薪を握りしめ、そいつを見下ろした。



 「……はぁッ!!」



 頭部目掛けて、薪を振り下ろす。

 ゴシャ、という鈍い音とともに、肉が潰れる嫌な感触が手に伝わってきた。私はそれを直視できず、目を閉じたまま無心で何度も薪を叩きつけた。

 何度も、何度も。


 ……そうして、カラスの頭が原型を留めなくなる頃には、私も返り血でびしょ濡れになっていた。


 砕けた頭から、白や赤、黄色の混ざったものがドロリと零れ落ちる。鉄臭さが鼻を突いた。



 「……ハァ……ハァ……」



 ……死ん、だ? 殺した……私が?



 「うっ……! おえっ……」



 事実を脳が理解した瞬間、猛烈な吐き気と嫌悪感が胃袋からせり上がった。私は堪らずその場にしゃがみ込み、波のように押し寄せる嘔吐感を必死に抑え込む。


 どれくらいそうしていただろう。気づけば痙攣していたカラスは動かなくなり、私の吐き気も治まっていた。



 「……はぁ、はぁ……」



 呆然自失の状態から、徐々に意識と現実が噛み合っていく。それと同時に日和の泣き声が耳に届き、私はハッと我に返った。



 「……ッ! 日和!!」



 慌てて駆け寄り、小さな体を抱き上げる。



 「痛かったよね!? 怖かったよね!? もう大丈夫だからね! 悪いのは私が倒したから……おぉ、よしよし……」



 「あぅ……うぁ……」



 幸いにも傷は浅い。軽い引っ掻き傷程度で、痕に残るほどではなさそうだ。

 私は震える息を吐き、日和をあやす。だが、血と死臭が充満した部屋で赤子が泣き止むはずもない。

 どうしよう。どうすれば。




 「ナニコレ……一体、何があったの!?」



 「ぁ……お母さん……」



 入り口で、母が愕然と立ち尽くしていた。

 改めて見ると部屋の中は酷い惨状だ。血が壁や床に飛び散り、布団は赤黒く変色している。そして部屋の隅には、ぐしゃぐしゃの肉塊と化したカラスの死骸。

 まさに地獄絵図。



 「……えっと……あー……」



 言葉に詰まる。視線があちこちへ泳ぐ。母の顔をまともに見られない。

 ふと、カラスの死体が目に入った。場を和ませるためか、あるいは現実逃避か、私の口から突拍子もない言葉が漏れた。



 「や、焼き鳥にでも……する? なんて……あはは……」



 誤魔化すように浮かべた乾いた笑み。

 母はそんな私をじっと見つめ、やがて大きくため息を吐いた。そして無言で私の前に膝を着くと――



 ――ゴンッ☆



 「〜〜〜ッ! いったぁ……!?」



 にっこり笑顔で、私の頭に拳骨を落とした。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 「……って事があったのよ」



 「ふ〜ん。お前が血塗れの服と床を洗ってたのは、そういう訳か……。でもお母さんにぶん殴られたのは、お前がバカな事言ったからだろ?自業自得だな」



 そう返したのは、私の横で日和のお守りをしてくれている幼馴染の『陽溜勝也ひだまりかつや』。勝也は村では数少ない同年代の男の子で、物心ついた頃からの腐れ縁という奴だ。



 「……まぁ、それはそうなんだけど」



 「だったら文句言うなよ」



 「む〜」



 勝也の正論に納得がいかず、思わず頬を膨らませる。

 それを見て勝也は呆れた様な表情を浮かべると、日和の方へ顔を向けた。



 「あぅ〜」



 私達が話している間、日和は一つしかない積み木を手の中で転がしたり、齧ったりする遊びに夢中になっていた。

 勝也にも日和と同じくらいの弟がいる。だからだろうか、彼はどこかむず痒いような笑みを浮かべながら、手慣れた様子で日和の相手をしていた。

 ……ふと思った。勝也の弟と日和、二人がこのまま成長したら、私達と同じような関係になるのだろうか?

 それは……まぁ、結構面白いかも。

 想像して、思わず笑みが零れる。



 「……なんだよ?」

 


 「別に? ただ……この子達の将来も、私達みたいになるのかなって思っただけ」



 「あぅ〜?」



 日和と勝也が、同時に小首を傾げる。その動きがシンクロしていたのが可笑しくて、また笑ってしまった。兄妹みたいに見えて、少しだけ嫉妬したのは内緒だ。



 「……まぁそれより、さ……葵」



 「ん? 何?」



 「……お前、そんな格好してると色々危ないぞ? 時間的に人はいないとはいえ、此処は共用の川場なんだからな」



 「うっ……わ、分かってるわよ……」



 私は勝也から顔を背けつつ襟を正し、改めて自分の服装を見た。

 今着ているのは無地の白い着物一枚。そしてやっているのは川での洗濯……つまり、水に濡れて肌が透けてしまっているのだ。


 

 「あっ、勝也! こっち見ちゃダメだかんね!」



 「へいへーい。……いまさら恥じらっても遅いんだけどなぁ……」



 「……何か言った?」



 「いや別に?……それよりその洗濯の山、今夜のお祭りで着ていく服も入ってるんだろ。乾くのか?」



 「……多分大丈夫。お母さんのも私の服も赤系が多いから平気だけど、問題はその時着ていたこの白いのがね……」


 

 「あぁー……まぁ、頑張れ。俺にはそこら辺よく分かんないけど、お前なら平気だろ」



 「むー、簡単に言ってくれるわねぇ……」


 勝也の軽い返しに肩を竦めると、私は洗濯を再開した。お母さんにまた怒られないよう、しっかり洗わなければ。

 


 …………


 ………


 ……



 冷たい水に手を浸す。ゴシゴシと布を擦り合わせるたび、指先に力がこもる。……ふと、さっきの感触が蘇った。

 薪でカラスを叩き潰した時の、あのグシャリという鈍い手応え。命を奪った瞬間の、生々しい震え。  



 「…………」



 無意識に手が止まる。水に浸した自分の手が、小刻みに震えているのが分かった。


 怖い。


 日和が無事でよかったと安堵する一方で、私の手にはまだ、あの嫌な感触がこびりついている気がした。  



 「おい、葵」



 「ッ!? な、なに!?」



 唐突に名を呼ばれ、私は過剰に反応してしまった。

 見上げると、勝也がじっとこちらを見下ろしている。その視線は私の顔ではなく、水に浸かったままの私の手に注がれていた。



 「……もう洗い終わってんだろ。手がふやけるぞ」



 「あ……う、うん。そうね」



 私は慌てて最後のすすぎを終え、濡れた着物を絞って竹籠へと放り込んだ。

 濡れた洗濯物は水を吸ってずっしりと重い。これを家まで運ぶのは一苦労だ。



 「じゃあさっさと家に帰ろ。勝也も祭りの手伝い、親父さんからお願いされてるんでしょ?」



 「うげ、面倒くさいこと思い出させんなよ。このまま忘れてたで通そうかなって思ってたのに」



 「やっぱりそんな事考えてたんだ。昨日、偶然会った時に私の方からも釘を差すように言われてたの。ほら、日和の事はお願い」



 「あぁ……、いや待て」



 私は気合を入れて籠を持ち上げようとした。

 だがその瞬間、勝也の手が伸びてきて、私の手首を掴んだ。



 「え?」



 「貸せ。俺が持つ」



 「は? いやいや、いいよ。勝也は日和を見ててくれてるし、これ結構重いから……」



 「いいから。……ほら、交換だ」



 勝也は強引に私から籠を奪い取ると、代わりに背負っていた日和を降ろし、私の方へ差し出してきた。  



 「……え、ちょっと。どういう風の吹き回し?」



 私は戸惑いながらも、日和を受け取る。

 濡れた洗濯物は水を吸ってずっしりと重いし、持ちにくい。赤ん坊の日和なんて羽のように軽い筈。勝也がわざわざ楽な方を手放すなんて珍しい。

 まさか日和がうんちしちゃったとか?いや、勝也はそんな事で育児放棄するような奴じゃない。



 「お前、さっき手震えてたからな」



 「え……」



 「カラス殺した時の感触、まだ残ってんだろ。……そんな手で洗濯物なんか持ってたら、いつまで経っても忘れらんねぇぞ」



 図星だった。勝也は、私がおどけて誤魔化していた恐怖を、震える指先から完全に見抜いていたのだ。



 「だから、日和を持ってろ。……その温かさと重さがありゃ、嫌なもんはすぐに消える」    



 乙女心なんて分からない癖に、こういう所だけ妙に鋭いんだから。



 「……ありがと」



 小さな体を胸に抱き、背中へ回す。トクトクと脈打つ心臓の音と、柔らかな体温が背中全体に広がる。

 あぁ、生きてる。日和はここにいる。

 カラスを殺した時の手の感触が、日和の温もりで上書きされていくようだった。



 「落ち着いたか?」



 「うん。迷惑かけちゃってごめんね」



 「別に。辛気癖ぇ顔なんてお前に似合わねぇからな」



 照れくさそうに顔を背けてそんなことを言う。

 勝也は私の返事を待たずに、重い竹籠をひょいと肩に担いで歩き出した。

 私も慌ててその後を追う。




 川場から村への道すがら、私はふと視線を前へ向けた。



 「今日、お祭りだね」



 「そうだな。確か四年ぶりなんだっけか」



 視線の先、村の中央広場では大きなやぐらが組み上がっていた。

 村中が準備に明け暮れている。知り合いも多いが、見慣れない顔もちょくちょくある。まだ昼前、本格的に始まるのは先の話だが、気の早い人はすでに道なりに屋台を作り始めていた。

 漂ってくる醤油の焦げる匂いや、お囃子の練習の音が、さっきまでの暗い気持ちを少しずつ追いやってくれる。



 「そういや、何で祭りの待ち合わせ場所が家前じゃいけないんだ?」



 勝也が、ふとそんな事を言った。



 「え?」



 「ほら、前に決めただろ西側、柿の下で待ち合わせって。あの時は何かあるんだろうなーで流したけど、今になって理由が気になってな」



 「あぁ、なるほどね」



 そういや言ってなかったっけ。でもなぁ、恥ずかしいんだよね。ちょっと乙女みたいでさ。



 「……フフッ」



 「む、なんで笑うんだよ」



 「いや別に、勝也は勝也だな〜って思っただけ。さっきの勝也はカッコよかったけど、今のちょっとアホっぽいあんたの方が好きだよ」



 「それ、褒めてんの、貶してんの、どっち?」



 「ちゃんと褒めてるよ」



 私はいざという時に頼りになって、でも少し抜けてる勝也が好き。友達はその抜けてる点が割とアレって言うけど、そういうのも踏まえて勝也だもん。



 「で、理由だっけ。そりゃあ、お母さんたちに見つかったら気まずいからだよ。二人っきりで祭りを回るって知ったら、絶対酒のツマミにするよ。あの人たち」



 「あ〜、確かにな。簡単に頭に浮かぶわ『若いのの逢い引きほど楽しいものはないわ!』って言うお母さんの姿」



 「でしょ。……まぁ、それだけじゃないけど」



 「なんか言ったか?」



 「ううん、何でもない。祭りの屋台、何がでるんだろうなーって思っただけ」



 言えないよね。待ち合わせが"逢瀬"みたいで、ちょっと憧れてやってみたかったなんて。

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