片腕少女とあやかし隊 〜鬼のあやかしに家族を殺され、片腕を食われた私は復讐と死に場所を求めて明治警視庁の邏卒になったけど、屯所にいた年上あやかし達から妹のように溺愛され、少しずつ生きる希望を貰ってます
葛岡隼人
第1話
「くすぐったいっちゃ〜、おねえちゃん!」
「まだちょっと触ったくらいやろ?」
時は、文明開化の時代。
西洋列強に追いつこうと慌ただしく改革と進化をしていきながらも、江戸の風情も残っている和洋折衷の明治――。
大きな時代の転換点にいながらも庶民の暮らしは実に穏やかだった。
廃藩置県により福岡藩が『福岡県』に変わってから早数年――。
とある裕福な家の一室にて。
「ほら、頭動かさんで」
今日は妹の
祝いの日こそ、うんとおめかしをしないと!
そんな気持ちで――
「はい、完成たい!」
硝子の窓から夕陽が差し込む。
〝夜会巻き〟という髪をねじり上げて内側に折り込み、赤い彩玉の
鏡の前にいる夕は、生まれ変わった自分の姿を見てキラキラした瞳を向けた。
「うわー! すごかー! 役者さんみたいやん!」
「ふふふ、可愛うなったよ、夕」
「さすがおねえちゃん! おねえちゃんは一人で髪ば結べるし、ほんとすごか! 髪も艶があって直毛で綺麗やし、うらやましか〜! 夕はちょっと癖毛やけん、おねえちゃんみたいな髪がよかったなぁ」
「そげんことなかよ。夕の髪も可愛かよ。西洋の人はみんな夕みたいな髪しとるけん、こっちのほうがうらやましかたい」
「そっかなぁ? えへへ……」
舞香は〝マガレイト〟という三つ編みをわっかにしてリボンを結んだ若い女性の間で流行の髪型をしている。
そのやり方は難しいのだが、彼女はあっという間に出来てしまうから、学校の同級生たちからも尊敬されているのだ。
母譲りの茶色の髪は、斜陽の光に反射して煌めている。
「舞香ー、夕ー!」
夕風のような穏やかな声色で姉妹の名を呼ぶのは母の〝みつ〟だ。
「まあ、夕! ずいぶん可愛うなったねぇ」
「ふふーん! おねえちゃんがしてくれたとよ!」
みてみてーと結ったところを見せる夕に母が微笑ましくしていると、扉からひょっこりともう一人顔を覗かせた。
父の
「おー、夕。なんか大人っぽうなったねぇ」
「へへ、そうやろー!」
「まだまだ子どもや思うとったのに、どんどん大きゅうなってしもうて」
すると、母がふふふ、と笑う。
「そげんよ。もう舞香も学校で恋の一つや二つくらいしとるっちゃろ?」
「えっ!? そげんと!?」
ギョッとした様子でかけている眼鏡の位置を直す父に、舞香は苦笑いを浮かべた。
しかし、母の追撃は続く。
「婦人会で舞香のこと聞いとったばい。女学校の外でいつも男の子らに待たれているくらいようモテモテらしかね」
「そ、そげんことなかよ……」
「おねえちゃんはオシャレやし、料理も上手やし、おしとやかで優しかけん! そりゃ男子がほっとくわけなかよねー!」
ねー! と言い合う母と妹を前に、舞香は照れくさくてただ頬を赤く染めていた。
「まだ、そげんことは早かと思うけどねぇ」
口を尖らせてブツブツ言う父の反応はちょっと微笑ましかったけど。
「まったく、いったいどこの家の男が、うちの舞香ば狙いよるとかいな」
「いやですわ、あなた。舞香が好いとる人なら、誰でんよかじゃありませんか」
「しかしなぁ……」
「最近は、好いとる者同士で祝言ばあげる人も増えとるち話ですよ。お見合いが主流やった私たちとは、もう時代が違うとです」
「はぁ……。文明開化の時代たいなぁ……。僕にはどうもついていけんばい。――しかし、ここは男として、舞香の将来の旦那が、ちゃんと甲斐性のある男かどうか、見定めとかなならんたい!」
「ちょっと、父上! 何言いよると!」
「うん! 夕も、おねえちゃんが悪か男に捕まらんごと、ちゃんと見てあげるけんね!」
「もぅ、夕まで……」
鼻息を荒くしながら拳を固く結ぶ父。
茶化すようにニコニコしている妹。
それを見ておかしそうに笑う母。
ため息をつきながらも、舞香にとっていつもの変わらない幸せな時間が確かにそこにあった。
それにしても恋……か。
正直、齢14の自分にはまだまだ未知数の世界だ。
もちろん、いつかは恋愛小説にあるような洋菓子のように甘い恋をしたいという憧れはあるけど……。
今は、まだ学校にいる友達や、そして、家族と一緒にいる時間が舞香にとってはなによりも大事なことなのだ。
「あ、ごめんなさい。私、ちょっと出かけてくるけん」
舞香はそう言って思い出したように立ち上がる。それを心配そうに母が声をかける。
「あら、もうすぐ暗うなってくるばい?」
「すぐ戻るけん。ちょっとそこの街まで行くだけやけんさ」
「そげんならよかばってん、もうすぐ〝
「わかっとるって。その前には、ちゃんと挨拶するけん」
すると、父がそれを聞いて嬉しそうにする。
「いやー、河郎と飲むとも久しぶりたいな! そっちのほうも楽しみばい」
河郎おじさんとは、父と幼少期からの大親友だ。
きっと朝方までお酒を飲みかわすのでつもりなのだろう。
すかさずに母からツッコミが飛んでくる。
「ちょっと、今日は夕が主役なんやけん、そっちのほうは忘れんでくださいね」
「わかっとるって。とにかく舞香、気ばつけて行けよ?」
その時、葉太郎の表情が変わった。
「夜になると人もあぶねえが〝妖怪〟もあぶねぇ。暗がりの道にはできるだけいくなよ」
「はーい、お父さん」
妖怪――。
この日本で生きていればその存在自体は聞くし、学校の授業や小説などの物語でも聞くが、実際に見たことはない。
いや、存在を疑っているわけではない。
日本には〝妖怪〟という、怪異な生き物は実在する。
だが、平安時代の時に人間の手でほとんどが駆逐されており、現存している妖怪のほとんどが絶滅危惧種であるのだ。
さらに普段は人がいない暗いところにおり、見る機会が限りなく少ない。
おそらく普通に人間社会に生きていれば妖怪と遭遇することはほとんどないだろう。
ただ人と妖怪が混ざり合った存在はまた別だが。
そんな心配する両親の間を横切っていくと「おねえちゃん!」と舞香は妹に引き止められた。
「早う戻ってきいね!」
「うん!」
夕焼けを背後にニカッと笑う夕は、我が妹ながら本当に可愛いなと舞香は思った。
〇
舞香の父は、『夜蛾砿業』という炭山開発事業をする会社を経営している。
文明開化に時代に変わり、鉱山解放令が出されたことがきっかけに祖父が炭鉱業を乗り出したところ一山当てたというわけだ。
要するに、舞香は裕福な家庭のお嬢様ということもあり、その家柄や美貌も相まってかひとたび街を歩けば「噂の炭鉱小町だぞ!」と衆目を浴びる日常を送っているのだ。
まあ、彼女はそうやってみんなから言われるのは妙な重圧があるから逆に肩身が狭い気持ちになっているのだが。
「お嬢様! いらっしゃい!」
舞香が奥ゆかしい花屋の前に立ち止まると、木綿の着物をした店主が手揉みをしながら現れた。
「お、お嬢様はやめてくださいよ……。恥ずかしかけん……」
「おっと、こりゃ失礼しやした! あ、これ、予約しとったもんたい!」
そう言って店主が持ってきたのは白い和紙が根元に巻かれて鮮やかな青紫色に咲いている花束だった。
「わぁ! きれいかー! これが
「へい! 西洋から伝わった、まさしく最近流行りの粋な花束たい!」
「うん……よか匂い。たしかに日本の花にはなか、とってもよか香りがするね」
舞香は目を閉じてその青葉のような清々しさがありつつも、どこか蜜のような芳醇さがあるその香りを楽しんだ。
「妹さんへの贈り物ですってね?」
「はい! 妹はとっても花の香りが好いとるけん」
「よかおねえちゃんたい。きっと喜ぶばい」
「そげんやったら嬉しかです。ありがとうございました!」
舞香は行儀よく頭を下げて店をあとにした。
まさに文明開化の花の象徴でもあり、東京府の女の子はみんなこぞってこの花を愛でていると聞く。
おてんば娘でいつも舞香の後ろをちょこちょことついてきては抱きついてくる可愛い妹の夕は自分と一緒で流行りモノが大好きだ。
そんな彼女を驚かせるために内緒で用意していたのだ。
憧れの都会のこの花を――夕はきっと喜んでくれるに違いない。
そんな笑顔を想像しながら舞香は帰路についた。
――陽は山並みの向こうへ落ちていく。その木漏れ日のような夕照だけがまだ彼女の足元を照らし続けていた……。
片腕少女とあやかし隊 〜鬼のあやかしに家族を殺され、片腕を食われた私は復讐と死に場所を求めて明治警視庁の邏卒になったけど、屯所にいた年上あやかし達から妹のように溺愛され、少しずつ生きる希望を貰ってます 葛岡隼人 @tabook
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