甘くないカフェオレ

与太ガラス

甘くないのでお願いします。

 仲間のお笑いコンビがネタづくりをするというので、阿佐ヶ谷にある集会所に呼ばれた。僕は作家を目指している人という立場で接しているので、二人のやりとりやネタを見てアドバイスをするのが仕事だ。しかし集まってもネタ出しをする時間はわずかで、大半は雑談をして終わる。この二人の名前を仮にA真エーマB助ビースケとしよう。


 だらだらと話しているとB助が「どうやったらA真のやる気を出させられるのか」という話題を切り出した。するとA真が「そもそも人間は寝ている状態が自然で、起きて活動しているのは異常な興奮状態なんだ」と言い出した。だからやる気がないのが普通なんだ、というのがA真の主張だ。彼は自分の経験から導き出した妙に説得力のある持論を展開するのが得意だ。僕は彼のそのトンチキな持論をニヤニヤしながら聞いているのが大好きだった。


 彼らは互いに屁理屈をこねくり回した挙句「A真はオムライスを食べるとやる気が出る」という結論に至った。そんなやりとりで二時間半が過ぎていた。二人の会話を聞きながら、僕はただ笑っていた。今の会話をそのまま漫才にすればいいのに、と思っていたあたり、僕は作家失格かもしれない。これを彼らに直接伝えてしまったら、本当に作家失格になりそうだ。


 お笑い芸人と付き合うようになって、これは仕事なのか遊びなのか、判別できない時間を過ごすことが多くなった。たまにそのことに不安を感じる。でもその度に、そもそもお金を得るためだけに時間を費やすことに疲れたから会社を辞めたのだ、と自分に言い聞かせる。僕にとってこれは、きっと「いい時間の使い方」なんだ。


 サラリーマンをやめてから、お金に直結する会話ではない会話の大切さを強く感じる。取り留めのない無駄話の中にこそ日々があり、おもしろのタネがあふれている。


 借りていた集会室の時間が来てしまったので外へ出る。時刻は午後三時半ぐらい。冬の始まりの時期だけど、日の当たる道は少し暖かかった。話し足りない二人についていく形で、僕は阿佐ヶ谷パール商店街へと足を踏み入れた。案内されたのはアーケード街に入ってすぐのところにあるパーラーエルだ。階段を登って二階のお店に入ると、タバコの匂いの染みついた昔ながらの喫茶店の雰囲気が漂ってきた。


 A真が当然のようにオムライスを頼む。B助はアイスカフェオレを頼んだ。すると店員のおっちゃんが「甘いのでいいですか?」と聞いてきた。


 彼は「はい、甘いので」と答えた。


 僕は「僕もアイスカフェオレで、甘くないのでお願いします」と注文した。


 店員のおっちゃんは「甘くないのね」と確認して厨房へと去っていった。


 ここでも無駄話は続いた。もうすぐM-1グランプリの決勝という時期で、まだ発表されていない審査員の話題になった。自分が考えるベストな審査員は? とか、審査員はお笑い芸人だけでいいのか? とか、じゃあ芸人以外だったら誰だろう? とか、自分の未来と地続きにあるかもしれない遠い世界の話を空想していた。


 文化人だったら弁護士があるんじゃないか? だったら本命は橋下徹弁護士? そりゃすごい、タイタンから初めてのM-1審査員誕生だ。なんて話も出た。


 そんな中「現役の総理大臣が毎年必ず審査員になる」という案が出された。ここからの展開が良かった。そしたら誰にM-1審査員になってほしいかでみんなが選挙に行くようになる、めっちゃ投票率上がりそう、M-1の影響力だけで政権交代が起こっちゃったりなんかして。それで結局、総理大臣が高比良くるまになるっていうね。……もう審査員やりたくて出馬してる。


 しばらくして店員のおっちゃんが「カフェオレは?」と言いながら出てきた。手にはカフェオレのグラスが二つ。


 三人なのに覚えてないのかと思いつつ、B助と僕が手を挙げる。すると「甘いのどっち?」と聞くこともなく、おっちゃんは二人の前にカフェオレを置いた。見た目では甘いのがどちらなのかはまったくわからない。


 ストローが付いていたので、一口飲んでみて違ったら交換すればいいかと言いながら、二人はそれぞれの前にあるカフェオレにストローを差した。


「あっまい!」と隣から声が上がる。僕はまだ口をつけていない。


 ということは……。僕は目の前にあるカフェオレのグラスにストローをつけて、ゆっくりと吸った……


「あっまい!」


 甘かった。


 一瞬でも甘くないと思った僕が甘かった。おっちゃんが二人を区別していなかった時点でわかりきっていたことだ。注文した時点で僕の負けは確定していたのだ。


 しかしその場は笑いにあふれた。



 僕は甘いカフェオレが好きじゃない。


 でもミルクの入っていないブラックコーヒーも好きではない。


 無糖の(アイス)カフェオレは大好物だ。


 随分わがままな奴だなと思われるかもしれないけど、好みだからしょうがない。僕から言わせれば世の中が甘い物好きに甘すぎる。スーパーやコンビニに行っても、無糖のアイスカフェオレが缶やペットボトルで売られていることはまずない。稀に発売されたら僕は重宝して愛飲するんだけど、すぐに消えていく。


 そのくせ、微糖、甘さ控えめ、カロリーオフ、甘くない、などの謳い文句で売り出される商品は山のようにある。そして、そのすべてが甘い。


 たぶん僕の舌は飲み物に少しでも砂糖の味がすると「これは砂糖だ」と認識するみたいだ。砂糖の味を感じてしまうと、もうコーヒーの味も牛乳の味もわからなくなってしまう。僕は砂糖ドリンクを飲むことはできない。


 僕はもうスーパーやコンビニでコーヒー系飲料を買うことを諦めた。僕に合ったコーヒー系飲料がいつか生み出されるだろうという甘い考えを持つことはやめた。売り出されてもすぐに消えるということは、需要がないということだ。需要がなければ商品は作られない。それは制度や法律も同じだ。多数派が消費の中心になるこの社会では、切り捨てられる人々がいる。マイノリティはこうして生まれていくんだな、と僕はそのとき気づいた。


 僕は二人の無駄話に笑いながら、甘く切ないマイノリティの悲哀を味わっていた。


 そして考えていた。うちに帰ったらコーヒーを淹れよう。そして氷を入れて牛乳を適量入れて、甘くないカフェオレを作るんだ。舌に残った砂糖の甘ったるさを洗い流すように。

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甘くないカフェオレ 与太ガラス @isop-yotagaras

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