勇者後方支援隊 ~生々しすぎる冒険事情と、隠れ闇属性のオッサン~
RanroA
序章:勇者後方支援隊ゼラジリアス
第1話 伝説の男『ゼイムスの手記』
『今にして思うと、あのとき自分は化け物だった。
雪山の冒険で食料が尽いて14日が過ぎ、飢えと寒さにより死を覚悟した。
風前の灯火ともいえる状況にトドメを刺すように、熊型のモンスターが突然現れた。
いつもならあいたくない相手にもかかわらず、
そのとき私は恐怖を抱くどころか、どこかの神に感謝した。
モンスターがごちそうに見えた。
街で売れば3週間は豪華な食事ができる高価な魔法アイテムを使ってモンスターを殺し、太ももを斬り取り、そのまま口にした。
硬いはずの肉はすべてが凍りつく雪山では、とろけるように感じられた。
モンスターの一部が胃のなか分解され、自分と血と肉が蘇るような感覚がした。
……久しぶりに腹を満たしたあと、さらに私は人らしからぬ行動を冷静かつ無意識に行っていた。
熊のモンスターの内蔵を取り出していたのだ。
そろそろ極寒の夜に備える必要があり、腹の中に入って暖を取るためだ。
入る直前にいったん体が止まったのは、新鮮な悪臭のためではない。
このまま入ると、防具や衣服が血で濡れてしまうと思ったからだ。
私は裸に等しい格好になり、いそいで温かい血肉にあふれるモンスターのなかへ体を滑り込ませた。
雪山で感じた、久しぶりのやすらぎとぬくもり。命のあたたかさ。
ありがたいことに、巨大な熊のモンスターであったため、
身を寄せ合えば2人入ることができた。
私と勇者ララミアは、モンスターの死肉うごめく体のなかで、血まみれになりながら、裸同然の格好で身体をくっつけあった。
ララミアがいうには、私は自分が肉を食べるよりも先に、ララミアに肉を渡していたそうだが、無我夢中だったので覚えていない。
ララミアは血まみれの口で微笑みながら、かるく脚を絡ませてきたのような気もしたが、腹と暖が満たされ人に戻っていた私は、強烈な眠気に襲わてれた。
ララミアの微笑みを、いつまでも守りたい……そう思いながら眠りに落ちた』
~冒険者ゼイムスの手記 第三巻 67ページより~
◆◆◆◆
森の中で座りながら休んでいるクロムは、木陰の涼しさとは相反する感情が込み上げてくるのを押し殺しながら、手記をそっと閉じた。
この手記は装丁された本として出版されて以降、冒険者たちのバイブルとなっている。過酷な旅で予想される危険と、乗り切る知恵が無数に詰まっている。
だが、これは手記であり物語ではない。途中で終わっている。
三冊の手記は数年前に偶然発見され、四冊目以降は見つかっていない。
だが、もし四冊目以降も発見されたとしても、やはり未完であったろう。
なぜなら勇者ララミア・エヴァーライトは魔王討伐に敗北し、死亡。
手記の著者であるゼイムスは行方不明となっている。
冒険のロマンスと悲しみを抱えた未完の作品は、どこか神秘性を持ち、人の心を掴むことをある。
手記は冒険者以外にも親しまれ、読書会が開かれてるほどベストセラーに。
読者のなかには、ゼイムスの内なる感情を考察して盛り上がる人たちもいる。
では、そんな手記は今しがた読んでいたクロムにどういう気持ちを沸かせてしまったか?
それは――
(はっず~~……)
赤くなる顔を両手で覆いながら、
(え、マジ!? 俺の手記、そんな読まれてるの? 気持ちとか考察されてんの!!?)
全身がむず痒くなるほど恥ずかしくなっていた。脚が今にもジタバタしそうである。
そう、行方不明となっている著者ゼイムスは、今はクロムと名乗っている。
手記を書いてから月日は流れ、もう彼は若さあふれるとは言い難い30歳過ぎになっていた。
(これ手記っていうか、俺からすると単なる日記だぜ。ララミアのことをどう想ってるとか、バレバレじゃん――)
内緒で書いていた赤裸々な日記を、誰かに想像してみてほしい。
顔が真っ赤になりながら「やめろ!」と止めたくなるだろう。
裸の自分を見られてしまうよりも恥ずかしいかもしれない。
クロムは転生者であり、元の世界で苦い経験もある。
中学生のころ、自分をそのまま主人公のモデルにしたファンタジー小説っぽいのをノートに書いていて、ある日、それを学校で落としてしまった。このあとは、想像が容易いだろう。
一例としては、クラス中にノートが回し読みされ、ニヤニヤされながら「よっ、黒い魔法使い」「おい、深淵劫火なんとかって撃ってみろよ」と小馬鹿にされるというものだ。
そんな忌まわしき過去があるから、クロムは余計に手記を人に見られるのがつらい。
(ったく、勝手に出版しやがってよ……)
ベストセラーになっていようと、行方不明のゼイムスが遺したものとなっており、クロムに印税などが入ってくることはない。
転生したこっちの世界でも、貯金ゼロ。
クロムは己の内面を守るように顔を覆った指の隙間から周囲を見る。
パッと視界に入るだけでも10人ほど、見えないメンバーも含めると25人以上。
彼ら彼女らが今のクロムにとって、冒険の仲間たちになる。
そんな仲間たちから、思わずクロムが恥ずかしくなるような会話が聞こえてくる。
剣の稽古をしている数人からは、
「ゼイムスの手記にあったろ! グルー・サイクロプスは目じゃなく角が弱点だ! もっと上段への攻撃を磨け!」
「はい!」
料理をしている若い女の子2人からは、
「かくにーん。レメン・トマトの種って毒があるけど、食べられるんだっけ?」
「うん。図鑑には毒があると載ってるだけだけど、ゼイムスの手記に80℃で5分くらい熱すれば無毒になるって」
「あー、そう書いてあった書いてあった」
そんな会話を聞きながら、
(いやまぁ手記を参考にして、助かる人がいるのはいいことだよ。けどさーー)
手記には赤裸々なことまで書かれている。
料理をしている女の子たちの会話は、こう続いていく。
「レメン・トマトのヘタの毒は、熱しても無毒にできないとも書いてあったよ」
「あっ♪ そのページおもしろかったよねー。ゼイムスはヘタを食べて5日も下痢になって、お尻の穴が焼けるようだったってところ。痛さの臨場感すごかったなぁ、読みながらアタシまでお尻の穴がムズムズしてきちゃったもん」
「あのっ、声が大きいかも。他の人に聞こえちゃう――」
(ああ、聞こえてるよ――!)
と突っ込んだあと、
(あんな年下のギャルっぽい女の子に、恥ずかしい過去を知られてる。尻をムズムズさせてちゃってる。なんか俺、特殊な変態みたいじゃん)
日記にはセンシティブな内容も多い。もっと恥ずかしいことも書いている。
(絶対に正体がバレたらまずい……でないと絶対イジられる。尊厳の危機だ)
と、クロムは改めて誓うのだった。
恥ずかしい思い出と一緒に手記をカバンにしまおうとしたところに、ひとりの少女が近づいてくる。
「読み終わった?」
クロムは声の主を見ようと見上げると、彼女の背にちょうど木漏れ日がさしていた。
艷やかな髪が、あおあおとした森のどの葉よりも輝いて見える。
「ヒエンカ……」
クロムが所属する部隊の隊長代理、実質トップにあたるヒエンカ・ルーサイド。
落ち着きのある性格を象徴するかのような長い黒髪と、それに反するかのような強さを兼ね備えた赤い瞳。
しかし本人は少女扱いがされるのに抵抗感を覚え始める、17歳。
「……まだ読み終わってない?」
冷たい温度の声を、クロムはそのままの受け取った。今は隊長代理から注意されていると。
だが、クロムは気がついていない。
その声は他の隊員を注意するときよりも、いささか温かい湿度がはらんでいることを。
「まったく、どうしようもない人」
呆れている、ように装っている。
むしろ彼女はどうしようもない人を「ほっておけないんだから」と思っているのだが、やはりクロムは気づいていない。
ヒエンカは17歳にして、予想外なときに予想外の相手に初恋中である。
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