江ノ上さんの同居人は、犬でも猫でもなくて、シゴデキたぬきです!

ほしのしずく

第1話 犬? との出逢い

 それは夜空に満月が輝き、木枯らし吹く日のこと。

 

 今年、二十五歳になったOL江ノ上沙也加は、半額シールの貼られたのり弁当片手に帰っていた。


「――さっむー!」


 寒暖差のある時期、過ごしやすい昼間とは違って風が冷たい。

 薄手のコートの袖を掴み思わずブルっと体を震わせる。


 沙也加は、春夏秋冬、繰り返す季節の中で、晩秋から冬にかけてがとても苦手なのだ。


 理由は――。


(こういう時って、人恋しくなるんだよねー)


 そう、どうしようもなく人恋しくなるからである。


 なんだったら、街に出るだけでもダメージを受けてしまう。

 例えば、元々人通りの多い商業施設。


 彼女だって、生活をする上で贔屓にしている。


 けれど、秋冬に控えたイベント、ハロウィンやクリスマスといったお一人様を容赦なく打ちのめすイルミネーションに装飾――そして、道行く人々のあの独特なハッピー全開な感じがどうしても苦手なのだ。


(学生の頃は、全然大丈夫だったのになー……なんでもイベントイベントって、多過ぎじゃない?)


「いや、それはさすがに八つ当たりか……」


 そう呟きながら薄暗い街灯の中、とぼとぼと足を進めていった。

 


 ☆☆☆



「うわ……もう完全に冷めてる〜! さっきまで温かかったのに〜!」


(これだったら、家に着いてから温めればよかったかも……)


 気分転換のため、なんとなく立ち寄った公園でふと袋の中身を確認して唖然。そして後悔する始末である。


 けれど……。


「まぁ、別にいっか♪ 口に入れたらなんでも一緒だしね」


 一人で食べるご飯に美味しさを見出す。

 親元を離れて、数年――その時期はもう済んだのだ。


 今は、ただお腹を満たすことができればいい。


 そんななんとも悲しいことを頭に浮かべながらも沙也加は足を進める。


 すると、突然聞いたことのない鳴き声が響いた。

 

「クゥーン、キュイ……キュキュッ」


(なに? 犬……?)


 犬のような気がする。

 けれど、それにしては少し低く籠っているように聞こえる。

 それになんだか――助けを呼んでいるような感じだ。


(捨て犬……? もしかして、衰弱してるとか?!)


 そう推測した沙也加は鉄棒を横目に、すべり台やブランコなど遊具のある場所を通って、助けを呼ぶような動物の声が響く方へと向かう。


「おーい! どこー?」


 彼女が声を掛けると、

 

「キュー……」


 と弱々しくも返事をする。

 だが、まだ少し遠い。


(もっと奥の方だ!)


 沙也加は、周囲を見渡して動物が潜んでいそうな場所を探す。


「あ、そう言えばーー」


 昔、家族と一緒に観た番組で用水路に嵌った動物を助けるというものがあった。

 周囲を見渡してもいないなら、金網の手前にある用水路かもしれない。


(よしっ!)


 探す場所を決めた沙也加は、雑木林を抜けて公園の端に位置する金網の近くまで駆けていった。



 ☆☆☆

 

 

 鳴き声を頼りに金網の手前にある用水路近くまで来た沙也加は、声をかけ続けていた。


「おーい! どこー?」


 すると、暗がりの中、もぞもぞと動くなにかが用水路にはまっているように見えた。

 

「あっ! い、いた!」


 反射的に声をあげてしまう沙也加であったが、我に返って口を塞ぐ。


(そうだ。こういう時はあんまり大きな声を出したらダメだったのよね?)


 思い起こすのは、よく見ていた迷子の猫を探す番組だ。

 あの時、迷子の猫を捜索していたプロの言葉を反芻する。


(出来るだけ優しい声色で……)


 一体どこの迷い猫対策ですか? と言わんばかりの思考ではあるが、至って真剣なのである。


「って、えーっと柴……犬?」


 近づいたことで、そのもぞもぞ動いていた存在のシルエットが少しハッキリ見えた。

 

「キュキュ……ッ」


 鳴き声、それに外見的特徴は子犬、しかしながら――少し小さいように見えて、毛色なんかも濃い気がする。


 それだけではない。

 なんかこう尻尾の辺りは、もさもさしているような気もする。だが、シルエット的に猫ではないのだ。

 

「街灯の明かりじゃあよく見えない〜! ここは――」


 たぶん犬? を何の躊躇もなく、花ざかりの二十五歳とは思えないほどの、気合の入った掛け声と、低く足腰を生かした姿勢で抱え上げた。


 その姿、大きなカブを引っ張るおじいさんである。


 いや、割った桃から桃太郎を取り上げたおばあさんかも知れない。


 なにはともあれ、その犬? らしき存在を抱え上げたのである。


「た、た、たぬき?!」


 街灯の明かりが映り込んできらきらと輝くまんまるな瞳に、密度の高いゴワゴワした毛。


 マズルの部分は柴犬より少し長くて、耳の外側は黒くて、目の周りも黒い。


 どこからどう見てもたぬきである。


(わ、私、たぬき助けちゃった?!)


 驚くところは間違いなくそこではない。

 そんなツッコミどころ満載な内省を繰り広げていると、今度はそのたぬきらしき生物が鳴いた。


「キュー……」

「だ、大丈夫……?」


 夜風に晒され続けたからか、小刻みに震えており妙に軽い。

(そういえばたぬきって、警戒心強い動物じゃなかったっけ?!)


 それは、最近流行っている野生動物の動画で見聞きした情報だった。

 たぬきは、凄く小心者で、家族で行動する動物。

 一匹でいることはほぼ無い。

 さらには特にもうすぐ冬になる季節。

 冬眠することはなくても、餌が少なくなる冬を越すため肉付きがいいはず――。

 

 それなのに、沙也加の手で持ち上げられたたぬきは、一匹だけで、噛みついたりしない。


 それどころか――。


「キューン……」


 弱々しく鳴いたかと思えば、沙也加の手を小さな舌でペロペロと舐めて何かを訴えかけてくるのだ。


(もしかして、親とはぐれたってことかな?)


「キミ、一人なの?」

「クキュ……」


 応えているのはわからない。

 けれど、


「あははっ、くすぐったいって!」 


 たぬきは沙也加の手を舐めるのを止めない。


(たぬきの習性にそこまで詳しくはないけど……犬なら――)


 まさかまさかの実家で育てていた柴犬ポチのこと、そして――。


(痩せてるしね! 絶対、そうだよ!)


 手から伝わる感触に、目で見た状態を合わせて、


「お腹減ってるの……?」


 たぬき≒柴犬という方程式を脳内で完成させた。

 確かに間違ってはいない。

 けれど、厳密にいうならばたぬきは、哺乳綱食肉目イヌ科タヌキ属であり、対して柴犬は哺乳綱食肉目イヌ科なのだ。ようは遠い親戚みたいなもの――横並びに考えていいものではない。


(って、こんなこと聞いてもたぬきが反応するわけないか〜! 変なの〜! ちょっと働き過ぎかな……)


 どう考えても正気でない。

 野生のたぬきを持ち上げて、空腹かどうか聞くかなど。

 

 だが、目の前のたぬきはその問いかけに反応するように「キュイィィー」と先程より、大きな声をあげた。


「えっ……?!」


 沙也加は、その姿に固まった。


 当然である。

 助けたのがたぬき――それだけで驚くところだというのに、まさかの日本語を理解したのか、しっかりと反応したのだ。


 しかも、今尚、彼女の目を真っ直ぐ見つめてくる。


「も、もしかして、キミ言葉わかるの?」

「……キュイ」


 本当に理解しているかは、わからないけれど、


(つ、通じてる気がする!)


 そう、なんとなくだが実家の柴犬との日々で身につけた犬力がそう告げるのだ。


 なんともプラス思考なOLである。


 なにはともあれ、たぬきと通じ合えたと信じている、お疲れOL沙也加の気持ちが伝播したのか、たぬきがクンクンと鼻を動かした。


(おお、なんだろう?)


 その視線は、彼女の瞳から移動して、脇に置かれたのり弁へと向いた。


「あ、これが欲しいってこと?」

「クゥーン……」


(うん、やっぱり通じてる! これでポチとおんなじ反応だもん!)


 犬の甘え吠えに似た声色に、手を舐める動作から、そう推理した沙也加は、たぬきを抱えて近くのベンチへと向かったのだった。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 



 本作を見つけて下さり、ありがとうございます♪ カクヨムコン11に参加中ですので、少しでも気に入って頂けましたら、評価のほど宜しくお願い致します☆


 それでは、引き続き迷子たぬきとお疲れOLの不思議な日々を楽しんでいって下さいヽ(=´▽`=)ノ

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