第8話

「ただまー」

「おじゃまします」


 安栖あずみに続いて、藤咲ふじさきも靴を脱ぐ。安栖あずみがポイポイと脱ぎ散らかすようにした靴を直しつつ、藤咲ふじさきはきちんと靴を揃えてから部屋に上がる。


 短い廊下を抜け、キッチンと居間部分が繫がっているやや広めな部屋に入る。

 ……と、藤咲ふじさきの眉間にビキッと皺が寄る。


「相変わらずのごちゃつきようね」

「あ、ははは……そろそろ片付けないとなー、とは思ってたんだよ……」

「思うだけで行動に移してない時点で、あんたは自堕落な人間よ……」


 はあ……と重々しく溜息をつく藤咲ふじさきだった。


 シンクには洗わないまま放置された食器がごちゃごちゃしているし、室内の床にはコンビニの袋や空き缶、空のペットボトルが散らかっている。

 洗面所を覗けば山積みになった(きっと洗っていないであろう)衣類。風呂の湯船は辛うじて清潔な状態だが、排水溝には溜まった汚れや髪の毛(きちゃない)。


 大学の春休み期間であった藤咲ふじさきは、直近の二週間、北海道の親戚の家に顔を出していた。藤咲ふじさきが不在のたったそれだけの期間で、ここまでの汚部屋をつくり上げる安栖あずみには、もしかしたら何かの特異な才能があるのかもしれない。


 ——少しでも目を離せばすぐに生活が乱れてしまう彼女には、やはりわたしがそばにいてあげないとけない。

 ——彼女が自堕落な生活を手放すには、やはりわたしという存在が必要だ。


 自分が必要とされているという感覚に、素直には認めたくはないけれど、どこか嬉しさや喜びを感じつつ——けれどけれど、そんな自分本位な感情は決して安栖あずみには悟られないように、あくまで厳格な態度を突き通す。


 藤咲ふじさきはピースサインをつくるように指を二本立て、


「二時間。わたしも手伝うから、二時間で全部片付けるよ」

「えー……」


 明らかにめんどくさそーな顔をする安栖。

 そんな安栖あずみに本気でキレそうになる藤咲ふじさきだったが、色々堪え、


「これ以上破綻した生活は見過ごせない。いいからわたしのいうこと聞きなさい」

「ふぇーい……」


 まずは洗濯から、と指示する藤咲ふじさきに、不承不承手を動かし始める安栖あずみだった。

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2025年12月28日 16:30
2025年12月28日 17:00

自堕落を手放し自立せよ! 戸森可依 @todokakushi

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