第6話

 藤咲ふじさき——藤咲ふじさきりつ安栖あずみに恋心を抱くようになったのは、高校二年の頃だった。


 放課後、ファミレスでいつものようにふたりで駄弁っていると、安栖あずみがぽっと出の話題をテキトーに持ち出すように「ねえ藤咲ふじさき。私、そういえばさ」と呟いた。


 スマホ片手に藤咲ふじさきが「ん? 何?」と訊ねると。

 安栖あずみは、


「私、先週男子に告られて、それで付き合うことにしたわー」


 もう本当、びっくりするぐらい軽い口振りでそんなことを言い出した。

 藤咲ふじさきは一瞬「え?」と小さな声を洩らしつつも、


「へ、へぇー、そうなんだ。おめでとう……」


 語尾につれて、声量が落ちてしまったのは隠せなかった。

 祝福はしたつもりだった。


「うん、ありがと。あ、でも彼氏できたからって藤咲ふじさきのことがどうでもよくなるとかはないから、そんな寂しそうな顔しないで」

「は、はあっ? わたし別に寂しそうな顔なんてしないし!」

「そう? なんか、おやつ没収された子犬みたいにしゅんってしてたから……」


 どんな顔してたんだ、わたし。

 藤咲ふじさきは思わず自分の表情を確かめるように、頬や唇をむにむにする。

 試しにつねってみると、何気にその痛みだってリアルに感じた。


 痛覚があるということは、どうやらこれは夢ではないようで。

 ……自分の親友に彼氏ができたのは、夢ではなく現実の出来事らしくて。

 そこに気付くと、次に藤咲ふじさきの胸に湧いてきたのは喪失感に近い何かだった。


 自分が一番特別に思ってきた存在——安栖あずみが、誰かの特別になってしまう。


 そう考えただけで、これまで自分のそばにいてくれた安栖あずみが突如として遠い所へ行ってしまったような、もしかしたらもう二度と自分のもとへ帰ってきてくれないような、そんな切ない感覚に陥りそうになった。


 ——だけど。

 だけど結局は、自分が大切に思っている親友が下した決断なのだから。


「……別に寂しくなんかないよ。わたし、安栖あずみの恋、全力応援するから」


 藤咲ふじさきは最後には、自身の身勝手な独占欲より安栖あずみの意志を尊重したのだった。

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