自堕落を手放し自立せよ!
戸森可依
藤咲ラブコメディ
第1話
「お先に失礼します、お疲れ様でした」
「「「おつかれさまでしたー」」」
タイムカードを打ち、制服の上からガバッと荒っぽい手つきでコートを羽織ると、
スタッフルームから階段を下って、店舗裏口から外に出る。ドアを開けるとゴウッ、と冷たい風が身体に吹きつけ、
三月中旬。春も間近に迫った季節。帰路。風俗のちぐはぐな歓楽街を歩く。
ポイ捨てタバコや空き瓶、コンビニのビニール袋などのゴミが所々に散見される薄暗いこの通りは、ちょうど街のメインストリートの裏側に面している。
ここを歩いていると、たまに、この通りに並ぶ店の従業員がタバコ休憩をしているところに鉢合わせる。
「あら、
「
時刻は午後四時。
決して「おはようございます」の時間帯ではないのだが、夕方から働き出す夜の世界の住人からしてみれば、夕方こそが「朝」であった。
顔を僅かに下方に向けて、咥えたタバコに火をつける。
「
「うん、朝八時から労働」
「八時? よくもそんな時間に起きれるね。あたしには絶対無理だよ」
本当はタイムカードの打刻が午前八時であって、つまりその時間に間に合うように出勤しないといけないため、もっと早くに起きて身支度して店に着いていないといけないのだが、日常会話でそんな細かな事情をつぶさに語る必要などない。
「
「後者だったら、どれだけ楽だったか……。次の休日まで七連勤よ」
たはは……と、白く灰がちになって自嘲気味に笑う
「社畜なバーテンダーにアーメン」と
「うーん、多分アーメンというより、リップのが正しいけどね」と
「ところで
「いいよ。来月のあたまにはなんと三連休があるから、そこらへんで被れば」
言いながら、
……と、
「なんと、来月のあたしらの休日、一日も被らない件について……」
え、マジで? と
「——え、七連勤からの一日お休み、その後六連勤、一日休み……それからまた七連勤からの一日休みで、翌週からまた七連勤……」
これって、労基的に大丈夫なんですか……?
思わず口元がひくついた。
「……しかもシフト上休みになってるそれらの休日は、なんと夕方から開店作業を手伝いに二、三時間ほど出勤しければならないという、本当にあった怖い話」
……怖すぎる。
休日出勤とかいう、身近に潜むサイコホラー。
も、もちろん、手当は付きますよね……?
ここで手当が付くか付かないかで、くだんのサイコホラーがスプラッタホラーへと変貌を遂げる可能生が出てくる。
果たして、
「……もちろん付くよ、残業手当」
よかった、無惨には死なないようだった。無惨には。
過労で死ぬことには変わりはないが。
「割増でがっつり付くけど、貰った給料を使う時間がないんだよね、連勤続きで」
「……連勤続きでお亡くなりになったら、私が
「どうだろうね。拾うだけの骨なんて残るかな。働き過ぎて軟骨化してそう」
「疲労、だけに?」
「……『拾う』と『疲労』だけに?」
「そう、『疲労』と『拾う』だけに」
「やかましいわ」
そんな感じでいつものように二人は十分ほど雑談をした後、
「やばっ、そろそろ戻らないと」
という
「それじゃあ
さっきの飲みの約束は絶対よ、とさりげなくウィンクも付け足す。
「うん、じゃあね。今日もおしごと頑張ってね、
勝手口そばには【Bar BUM/RUM】と彫られた小さな看板。
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