めっちゃコイバナ!!~エグいかわいいボーイッシュJKをナマナマしく攻略してみる~

XI

1.To雑色

*****


 羽田空港の到着ロビーで、きっちり兄貴が待っててくれたんやわ。


「どないしてんな、兄貴。なんや悪いもんでも食うたんか?」

「俺はそれなりにおまえのことをかわいいと思っているんだよ。だったら迎えにくらいは来るさ」

「気色悪ぅ」

「黙れ、行くぞ」


 空港ん中、すたすた、前を行く兄貴。


「調べた。目的地までは二通りの手段がある。京急? それともモノレール?」

「明らかに前者だ。コスパ、それにタイパについて、まるで調査が足りないな」


 ねずみ色のキャリーケースをからから引いて兄貴に続く。


 おぉ、そうか、第一ターミナルの京急の駅はこないにパッとせーへんとこなんか、地下やしな。

 こまいだけのえらい狭苦しいホームに出くわし、そないなふうに感じたわけや。


「兄貴が住んでたとこで暮らせって話やけど、どういうことなん?」

「本社の最寄りが東京駅になる。蒲田から通うのはいささか面倒だ」


 そないなもんか?

 蒲田かて東京なんやから、さして変わらんように思うけど。


「ホンマに蒲田なん?」

「そうだとして、何か文句でもあるのか?」

「いや、下町オブ下町なんやろうおもてな。垢抜けた兄貴らしくあらへんな、って」

「なんとなくで選んだ土地だったが、悪くなかった――いや、いいところだよ」


 まあ、兄貴がそないなふうに言うんやったら――。


 車両を前にした。


「おぉっ、まさに赤い電車や。だっさい紅色やけど、まあまあカッコええやん」

「ダサいのか? カッコいいのか? どっちなんだ?」

「まあ、どっちもってことで」

「いいから、乗れ」

「ほいさ」


 乗車したものの、それなりの芋洗い。


「ぶっちゃけさ、兄貴、さすが東京やなって思うんやわ」

「俺も最初、これだけわんさかヒトがあふれてる土地に自分の居場所ができたんだってびっくりしたよ。感慨深くもあった」

「あはははは、センチやな、ある意味、兄貴らしいわ。ところでさ」

「ある意味、なんだ?」

「なんででしゃべらへんのん?」

「敬語でへーこらしてるうちに忘れてしまったんだ。まったく怖いな、サラリーマンというやつは」


 兄貴は苦笑のような表情、浮かべたんや。

 非国民やなぁとやんわり罵ってやったんやけど、良い顔も悪い顔もせーへんかった。


 電車が出発してからそのうちのこと――唐突なことやった。

 兄貴が俺の右の肩を乱暴に突き放すと、後ろを指すようにして顎をしゃくってみせたんや。

 促されたとおり、オレは振り返った。


 そったらや。

 一目でそれとわかる、痴漢の現場に出くわした。


 茶色いブレザーに茶色いズボンなんやけど、間違いない、あれは男装の女子や。

 ぱっと見、年は俺と同じくらいちゃうかな、そないなふうに見える。


 なんせパンツルックやさかい詳細まではわからへんけど、顔の出来は窺い知れる、問答無用、かなりの、いや、いっとうの美少女や。


 相手はおっさんや。当該おっさんは人込みをブラインドにして女のコのケツ、触りまくってやる。さすったり、ぎゅっとしたり――いかにもエッロい触り方なんや。堂々としてて潔いもんやから、女のコも声を上げられへんねやろう。要するに気後れしてて、怖いんや。それとも「やめてください……」くらいは言うてるんやろか? 女のコは目をぎゅっと閉じて、精神的苦痛やろう、それに耐えてる。ったく、けなげなもんやな。


 単純にかわいそうやっておもて人込み割って、オレは痴漢のおっさんに近づいた。早速その右腕を捻り上げてやって、それから「現行犯やぞ、おっさん」って怖い声で教えたった。「なっ、なななななっ!」とおっさんは明らかに取り乱してみせたわけやけど――。


「わ、私が何をしたというんだっ?!」

「痴漢や、痴漢。一目瞭然やった。残念ながら、スマホで動画、撮らせてもろたぞ」


 それは嘘っぱちなんやけど、ビビらせるにあたっては一役買ってくれた嘘やったらしい。


「次の駅でおりろや。それとも全部を失うかぁ?」

「けけ、警察に突き出そうっていうのか!?」

「そないな真似せーへんわ、めんどくさい。おりてくれたら見逃したろうっちゅう話や」

「ぐっ、ぐぐぐぐぐ……っ」


 そのうち、「次の駅」に到着した。ドアが開いたところで、オレはおっさんこと外に突き飛ばし立った、去ねや、どあほうが死ね、ホンマ、社会的な立場を失って人非人認定されて叩かれまくって自殺したところでオレは知らんぞ、同情したったりせーへんぞ。


 おもむろにそっち向いたオレ。

 無責任な兄貴はもうあくびかましてた。


 オレはくだんの女のコのほうを見たんや。

 頭のてっぺんから爪先までさっぱりしたスタイル――余計なもんがなあんもない体躯は百七十はあるやろう。


 女のコはぽろぽろ涙、こぼしてた。

 泣くほどのことなんやろうか、そのへん、男のオレからしたら詳しいとこまではわからへんな。


 オレは上半身を前傾させて、女のコの顔を覗き込んだ。

 女のコは「助けてなんて言ってない」とか強気な、それでいていかにも殊勝なセリフを吐いてくれた。


「たしかに、俺が勝手にやったことや。せやけど、そこんとこは見逃してほしいな」


 美少女のはずなんやけど、やっぱ美少年にも見えてきた。


「それ、蒲学カマガクの制服やろ?」


 美少女が顔を上げた。

 きょとんとなったように見えた。


「なんで知ってるんだよ」不思議そうに女のコ。

「さぁて、なんでやろうね」オレはにっこり、はぐらかした。


「おっ、おまえ、思ってるんだろ」

「いきなりなんの話や?」

「あたしがイヤラシイ身体つきだって、おっ、思ってるんだろ?」


 オレは笑った。

 笑ってしもた。

 奴さんのゆうことは事実や。

 何が事実かって、「イヤラシイ身体つき」の部分が事実や。

 青少年のオカズ然としてて、ある意味、潔いなとすら考えた。


「そのへん自覚してるんやったらもうちょい身構えたらどうやねんな」

「あ、あたしは武装してるぞ、ほら、ズボンもはいてるし」

「そのエロい身体はそれくらいじゃカモフラージュできてへんねやろぉ」


 ぐっ、ぐぅぅっ……。

 悔しげにそないなふうに漏らすと、また俯き、暗い顔をする。


「オレの女になるっちゅうんなら、一生かけて守ったるぞ」

「えっ?」

「冗談やよ」オレはにっこり、笑った。「家まで送ったほうがええか?」

「そ、そこまでしてもらう理由なんてない」

「それでもなっちゅう話なんやけど」


 あ、ありがとう……な?

 ちっこい声やったんやけど、そない言うたように聞こえた。

 てへへ、てへへと照れている様子からして、その「ありがとう」に嘘はないんやろう。


 あっという間に「雑色ぞうしき」っちゅう駅に到着した。

 オレがおりるとこなんやけど、ほったら美少女もおりる駅やったらしい。


 兄貴の姿が見えへん。

 とっとと先に行ってしもたんかね、冷たいこっちゃ――空気が読めると言えんこともないか。


「ぞ、雑色が家の最寄りの駅なのか?」

「そうらしいわ。っていうか、いいかげん、どもるのなんとかならへんかぁ?」

「う、うるせーな」という物言いほど、面倒そうでもなかったな。


 駅から出るとすぐにいかにも下町然とした小さく狭苦しい交差点。

 女のコはまっすぐ進むらしい、俺は右に曲がるんや、パチ屋の前を通って帰宅したるんや。


「じゃ、じゃあな。でも、この御恩は一生――なんてことはねーからな。そうだ。薄情なあたしはすぐに忘れてやるんだっ」


 そうやかてええ。


 にしても、とことんまでに天然やな。

 自分の見た目が振舞いが、どれだけ魅力的なもんなんか、根本的にわかってへん。

 悲しいとは言わへんし、せやさかい当然むなしいなんて思わへんけど、にしたって、自分のこと、もっと高く見積もってもらいたいな。


 そないなふうに思わされるからこそ、この出会いはめっちゃ貴重で稀有なことやって思うんやわ。


 気ぃついたら、前を行こうとする女のコの左の手首を掴んでたんや。

 んでもって訊いた、「名前は?」って。


「そそっ、そんなのどうだっていいだろ? もう二度と会うことなんてないんだろうから」

「そうやとしても、教えてくれへんか? オレが女のコにこないなこと言うのは初めてやって謳っとく」

「そそっ、それはそれで気持ちがわりーんだけど?!」

「頼むわ。教えたってーや」


 するとややあってから、「……アキラ」と返事があった。

 返事をしたのち、「あ、あー、おまえ、あたしにふさわしい男みたいな名前だって思ったろーっ?」と言った。ぷいっと顔を背けると、「そうだ。あたしは男っぽいんだ。ほとんど男なんだ」続けた。


「いや、おまえ、アキラか? 強そうなええ名前やんけ。ホンマ、カッコええわ」


 女のコは――アキラは背けたままの顔を真っ赤にして――。

 向こうを振り返ると、横断歩道をやりすごして、あっという間に走り去った。


 ばかばかばか、ばーか!!

 そないなふうに、叫びながら。


「あれはカマガクの制服だ」オレの隣に並んだ兄貴が言うた、まだちゃんとそばにおったらしい。

「そりゃわかってんねんけどさ」オレは顎に右手をやった。「あのコはなんでズボンはいてたんや?」

「多様性の時代だ。女子はスカートでなければならないという決まり事と価値観はかなり古い」

「理解できる話ではあるなぁ」

「だったらそのへん、せいぜい噛み締めるんだな、愚弟よ」


 おおぅ。

 愚弟ときましたか。


「今日は泊まってくん?」

「今週いっぱいは天王洲だ。世話になる」


 せやったら残念。

 だって、女のコ、連れ込めへんさかいな。


「新しい学校は楽しみか?」と兄貴。

「そりゃあ、それなりに」オレは答えたる。「仲良くしたってや。兄貴のこと、あてにしてるさかい」

「好きに暮らせ。俺もそうやって生きてきた」

「おおきにね」

「礼には及ばん」


 オレの兄貴はホンマにカッコええなっておもた次第――。

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