第2話 卒業試験ダンジョンへ
――卒業試験前日。
学校から渡された受験票を手に、わたしは布団の中で丸まっていた。
「……吐きそう……」
試験に落ちたら留年。一年間の努力がパー。
恐怖と緊張で、朝から胃がずっと音を立てている。
実技試験の会場は、学校が管理している人工の小規模ダンジョン。
初心者向けとはいえ、モンスターは本物で、普通に命を取られかねない。
「……死なないよね? 死なないよね? 私……?」
布団の端を握りしめて震えていると、部屋のドアがコンコンと叩かれた。
「お姉ちゃん、起きてる?」
「……生きてる……」
「え、生きてるは違くない?」
梨花が呆れた声を出しながら入ってくる。
そのまま布団のわたしの横に座り、受験票を覗き込んだ。
「明日だね、卒業試験」
「うん……もう……怖すぎて……ほんとに無理……」
「無理って言いながら、ちゃんと受験票持って寝てるじゃん。かわいい」
「かわいいでどうにかなる問題じゃ……」
「なるなる。お姉ちゃんはやればできるタイプ」
「根拠は……?」
「お姉ちゃんが二年間ずっと頑張ってたの、知ってるから」
その一言で、胸の奥がじんと熱くなる。
梨花の言葉はどうしてこうも、わたしを弱くするのだろう。
「……ありがとう……」
すると梨花は笑って、ゆっくり立ち上がる。
「じゃ、今日くらいは早めに寝なよ。明日、がんばれ!」
「がんば……る……」
がんばるしかない。
怖いけど。
本当に怖いけど。
布団の中でもぞもぞしながら、わたしは半泣きで決意を固めた。
そして翌朝。
吐き気と戦いながら、学校の試験会場へ向かった。
敷地の奥にある地下階層。
そこには、大小さまざまな人工ダンジョンがいくつも並んでいる。
少し暗い照明と、石造りの壁が妙にリアルだ。
「うわぁ……ほんとにダンジョンだ……」
見学では何度か来たことがあるが、今日は“本気の本番”。
心臓の鼓動がいつもの三倍の速さで暴れている。
「受験生は列を作ってくださーい! 試験官の説明を始めます!」
白いジャケットを着た教員が声を張り上げる。
周りの受験生はみんな緊張した面持ちだが、なぜかキャラ濃い人が多い。
「よっしゃあ! 今年こそ受かる!」
「スライム? 余裕ッショ!」
「おれ昨日徹夜したんだよね~頭回らね~」
みんな元気すぎる……。
どうしてそんなに明るくいられるの……?
列に並びながら、わたしはこっそり手を握り拳にする。
震えが本当に止まらない。
「えっと……新垣優愛≪あらがきゆあ≫さん?」
試験官がわたしの受験票を確認しながら名前を呼んだ。
「は、はい……!」
「(声ちっちゃ。)……ではあなたの担当エリアはこちらです」
渡された地図には“試験用ダンジョン1-B”と書かれている。
階層は一階のみ、制限時間は六十分。
討伐目標は――。
「ス、スライム……!」
最弱モンスター。
だけど、最弱相手でも普通に負ける人がいる。
油断すると普通に死ぬ。
試験官は淡々と説明を続ける。
「中に入ったら戻れません。時間内にスライムを三体討伐し、出口の転送陣に触れた時点で試験終了となります」
「三体……」
「あなた、実技はそこそこできてたでしょ? 落ち着いていけば大丈夫」
「そ、そうですか……?」
「知らんけど」
「無責任っ……!」
近くの受験生がクスッと笑った。
恥ずかしい……。
「では、新垣さん。準備ができたらどうぞ」
ダンジョン入口の前に立つと、足が少しすくむ。
石造りの回廊。
ひんやりした空気。
奥の方でスライムの、ズルリ……という湿った音が響いた気がする。
「……怖い……」
心臓がドクンドクンとうるさい。
手が汗でしっとりしている。
だけど。
「……やるしかない。うん。」
小さくつぶやき、深呼吸をひとつ。
両手を握り直し、一歩、足を踏み出す。
人工と言っても、そこに潜むモンスターは本物。
怖い。でも――。
わたしは、わたしが選んだ道を進むと決めたんだ。
ゆっくりと、ダンジョンの薄暗い入口へ。
その瞬間。
「受験番号二十四番、新垣優愛≪あらがきゆあ≫。入場します」
試験官の声が背中を押すように響いた。
――こうして、わたしの初めての“本番ダンジョン挑戦”が始まった。
この時はまだ、この中で想定外の事態が起こることを知らなかった。
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