幼馴染達にさよならを

菜花

傲慢幼馴染達

 白川琥珀しらかわこはくは一日でも早く自立したかった。そして故郷を出たかった。

 どうしてそう思うのかというと、琥珀の育った環境が最悪だったからという他ない。


 母は琥珀が二歳の頃に死亡。正直ろくに覚えていないので悲しみようがないのだが、四つ年上の兄はそうでないらしく「お前を生まなかったらお母さんは今も生きてた」 と事あるごとに言った。

 父はというと、共働きだった母がいなくなった以上、一馬力で家族を支えないといけないのでとにかく働いた。休みの日は一日中寝ていた。琥珀にとって世間の両親にあたる存在といえば祖父母だったといえる。

 だから祖父母は大好きだった。兄みたいにしょっちゅう嫌味言ってきたりしないし、父親より構ってくれるし。

 なのにそれをよく思わない人間達がいた。


「どうしてあんたのところお母さんがいないのよ? 普通両親揃ってるものでしょ? 変なの!」


 星野李夢ほしのりむ。同じ地区に住んで同じ学校に通う女の子でいわゆる幼馴染……なのだろうが。


「……病気で亡くなったって聞いた」

「えー、でもその子供のあんたは元気じゃん」

「……そりゃそっくりになる訳ないだろ。別人なんだし」

「は? なにその生意気な言い方。ってか母親のことなのに他人事すぎて引くんだけど」

「二歳の時のことなんて覚えてないよ」

「そんなことない! 愛があれば覚えてるはず! あんたは心が冷たいのよ!」


 こんな風に度々訳の分からぬつっかかり方してくるものだから、琥珀はすっかり参っていた。普通に接してくるなら幼馴染カテゴリーになるんだろうが、正直琥珀にとっては他の少女同様、知人以下の認識しかない。

 そう、他の少女……。


「李夢ちゃんどうしたの?」

 そう聞いて来たのはセミロングの少女、真穂。

「聞いてよ! 琥珀くんったらお母さんのことも覚えてないのよ!」

 利夢の言葉に答えるのはポニーテールの少女、エリカ。

「何それ薄情すぎるでしょ! アタシのお母さんが言ってたけど、琥珀くんは母親そっくりなんでしょ? 鏡見てて思い出さないの?」

 エリカの言葉に追従するのが、綾美。

「お母さんそっくりっていいじゃん! お母さんに似てるって嬉しいでしょ? いつも傍にいてくれる気持ちになるんじゃない? 守ってもらえる気分になるんじゃない? 昨日漫画で読んだキャラがそう言ってたよ! そうなんでしょ? ね? ね?」


 五人の異性の幼馴染にたたみかけるように言われて、琥珀もついイラッとして言ってしまう。

「だから覚えてないって。それに早くに亡くなった人に似てる似てるって言われても全然嬉しくねーよ。何か? 俺も早く死ねってか?」


 琥珀がそう言うとその四人の少女達は目を吊り上げて「何その言い方! サイッテ―! こっちは心配してあげてるのに!」 と一斉に糾弾する。



 そう、琥珀の住む地区は、琥珀の同年代は琥珀以外が全員女性だったのだ。

 それを小学校にあがってから同級生に言おうものなら「ハーレムだハーレムだ!」 と囃し立てられるのが嫌で嫌で仕方なかった。


 自分一人がアウェイな状況だぞ? 幼児期の子供なんて異性は宇宙人と同じで未知の存在だぞ? ひたすら居心地悪いだけだっつの!


 何度そう説明しても「そんなこと言ったって、どうせ女の子達から取り合いされてるんだろ? 兄ちゃんの部屋にあった漫画では、そういう状況だったら女の子のほうが言い寄って来るもんだって描いてあったんだからな。変な嘘つくなよ」 と言い出す。綾美と同じ近視眼的なやつは多かった。お前らハーレム的な状況に夢見すぎだろ。


 実際この状況は苦痛でしかなかった。小学校時代の通学班登校は自分以外女の子しかいないわけで、知らない高校生くらいの兄ちゃんに口笛吹かれて冷やかされたり、通行人が通り過ぎたと思ったら戻ってきて二度見されたこともあった。その際に「へえ~へえ~」 と言われながらニヤニヤされたり。

「こんな見世物みたいな扱い受けるのは全部あんたのせい!」 と真穂に引っ叩かれたことがある。

 じゃあどうすればいいんだ。小学生が一人で歩いて学校行けってか。それとなく「もう学校までの道は覚えたから、一人で行きたい」 と祖父母に言ったことはあるが「自分が何歳だと思ってるの。危ないから皆で行きなさい。不審者は一人でいる所を狙うんだからね」 と言われるだけ。あまりに正論だった。


 地域の催し物は地獄だった。特に運動会。何故なら他の地区なら一人一回走ればいいものを、琥珀のところは男子が一人しかいないから琥珀が二回走ることになる。

「あー! あいつ二回も走ってる! アタシ達はちゃんと一回だけなのに! あれズルじゃないの!?」 と走ってる最中にエリカに叫ばれたこともある。

 幸いというか、エリカの親が「うちの地区は男の子が一人しかいないから琥珀くんが二回走るしかないんでしょう。聞いてなかったの?」 と諌めてくれたが。

 それでも なんか知らんが女の子からズルしたと叫ばれてた子→ズルしたかもしれない子→ズルした子 と連想ゲームが起きて、次の日からのあだ名が「ズルくん」 になったのはトラウマだ。人は真実よりも自分が見たいものを見るということをこの年で学んでしまった。

 運動会のあとの慰労会は、地区の大人達が「ちょっとした小旅行に行こうね」 と提案してくれた。「一番頑張ったのは琥珀くんだから、琥珀くんのリクエストを聞くよ」 とまで言ってくれた。

 頑張りを認められるのは素直に嬉しかった。が。大人達の一人がとんでもないことを口走った。恰幅の良いおばさんだった。

「でもねー、正直女四人に対して男一人じゃん? 女の子メインのツアーにしようって案もあったんだけど、それじゃ普通の子の倍働いた琥珀くんにあんまりってんでナシになったんだよねー」

 と笑いながら言ったことで空気が変わった。

「何で男一人のために女子四人が犠牲にならなきゃいけないの!? ちょっと琥珀! 何であんた生まれてきたのよ! ほんっっとに同地区の子に迷惑しかかけないやつなんだから!」

 李夢がそう怒鳴った。綾美も追従して大人達に訴える。

「日本は多数決の国なんでしょ? 一人しかいない琥珀くんの意見なんか聞く必要あるんですか?」

「琥珀のためにアタシ達四人を不幸にする気なんですか!? 琥珀一人が大事なんですか!?」

「こっちは琥珀くんのために苦労してるのに!」

 と一斉に訴えた。事の発端を言ったおばさんに琥珀はこう言うしかなかった。

「……俺は旅行に行きません。家にお金もないし。どうぞ、女の子メインのツアーにしてっやってください」

 おばさんは自分の言葉で騒ぎになったことに対し、琥珀に謝るでもなくひたすらそっぽを向いて気まずそうにしていた。私はちょっと軽口言っただけもん、こんなことになるなんて思ってなかったもん。態度全体がそう言っていた。そうしていたら渡りに船とばかりに琥珀が折れたので、これ幸いとその提案に乗った。


 家に帰ると兄がいて「おー、お前の旅行先どこになった?」 と聞かれたので「知らない。女の子向けのところになったっぽいけど、俺行かないし。俺がいると他の皆に邪魔なんだってさ」 と答えた。兄は笑って「女の子達、頭良いな。お前本当邪魔だもん」 と楽しそうに言った。


 小学校時代も暗黒だったが、中学校に入ってからも暗黒だった。何せその年ごろの男子ときたら端的に言ってエロガキなのだ。琥珀がハーレム的な環境で育ちましたとどこからか漏れると一気にからかわれた。

「何人食ったんだよ」「この曜日は誰々ちゃんとかあるの?」「女の扱い上手そう」 とニヤニヤしながら言われることが何度もあった。

「やめろよ、そんなんじゃねーよ」 とその度に訂正していたものの、この会話を中途半端に聞いた李夢に「そうやって根も葉もないこと言って私達を貶めてたわけ!? このゲス野郎!」 と殴られたことがあった。聞いてきた男子は「リアルツンデレw」 と笑っていたが、琥珀は頬に痣が残り鼻血まで出た。

 琥珀は人並みに漫画を読むが、展開が複数人から好意を寄せられるいわゆるハーレム展開になると気持ち悪くて読めなくなってしまうことが多々あった。現実はそんなんじゃねーよと叫びたくなるというか。姉がいる人間はリアル姉がよぎって姉萌えはしないというし、逆に妹がいる人間は妹萌えはしないというが、自分もそういう状況になっているのだろうかと思う。


 とにかく、義務教育である中学校までは我慢するしかなかった。

 だから卒業の日は本当に晴れやかな思いだった――帰る時に先生から「女生徒達が中心になってクラスの卒業文集を作ってくれたぞ! 青春って感じでいいな!」 と言われるまでは。

 琥珀は単純に「へえ、良い思い出になりそうだな」 と思っていたのだが、中身を見て愕然とした。「どすけべ人間ランキング一位 白川琥珀」 「非常識な人ランキング一位 白川琥珀」 「将来犯罪しそうな人ランキング 白川琥珀」 などが載ったおまけページが存在していたのだ。

 琥珀は思わず幼馴染達を見た。彼女らは李夢を筆頭にニヤニヤ笑ったかと思うと「琥珀くんが睨んでくる! こわ~い」 とわざとらしい声をあげた。

 他の生徒達は「こら! 事実を言われたからって逆切れはよくないぞ!」 と琥珀を注意した。

 先生はこれを分かって作らせたのかと担任に問うと「何で今それを言うの? 今日で終わりなんだよ? 幼馴染なんだから気が付く機会なんていくらでもあったでしょ? 大体、こんなに書かれる君にも問題があるんじゃないのかね。君は知らないかもしれないけど、苛められるほうにも原因があるんだよ」 と暗に琥珀が全て悪いかのように言った。

 琥珀は、故郷に未練がなくなった。




 そんなこんなで高校は他県の寮付きの学校を選んだ。故郷にいる限り、幼馴染の影を感じて生きていかなければならなかった。今はそれがない。何て楽なんだと琥珀はやっと息が出来た気がした。


 高校は偏差値が高く、一流大学に進む人間を何人も排出したいわゆる名門校だ。あいつらと離れたい一心で勉強して良かったと思う。

 あえて難点をあげるとすれば、数年前までは男子校だったということで女子が少ないことだが、むしろ自分には利点と思い気にならなかった。

 が、それは見方を変えれば女子には苦痛な環境になり得るということ。


 琥珀が選択したある授業では、希望制だったために男子二十名に対し女子一人という男女の偏りの激しすぎる結果になった。

 琥珀が咄嗟に思ったことは「女の子は大丈夫だろうか。昔の自分みたいに居心地の悪い思いをしてないだろうか」 だった。

 が、同級生達はええかっこしいが多かったらしく、一人しかいないその女性――今井和紗いまいかずさをちやほやしまくっていた。傍から見れば完全にオタサーの姫状態だ。

 最も、和紗の反応は「私は勉強しに来たの。そういうのいいから」 とクールなものだ。

 男達は「美人で女王様気質とかたまんね~」 とその様子すらも崇め奉る勢いだったが、中間テストでそれが変わった。先生が皆の前でこう宣言したからだ。

「この前のテスト、今井和紗が一位だったぞ! 他の男子は全員何をやってるんだ、たるんどる!」

 琥珀は単純に「有言実行の女の子だったんだな。すげえな」 と思ったが、他の男子達は違ったらしい。

「男の世界に勝手に入り込んできたくせに自分達に恥をかかせた」 と手の平返しをした。


 ある日、和紗の宿題のレポートがビリビリになって机に置かれていた。和紗は無言でそれを手に取るとそのまま提出した。

「何だねこれは」

「宿題のレポートです」

「ボロボロじゃないか。こんなものを提出する気か」

「席を外している間にこうなっていました。私のせいではありません」

「……時間をやるから直してきなさい」

 琥珀は眉をひそめた。この先生は、先日の成績結果ばらしといい、どうにも無神経なところがある。苛めを受けているのかと心配するでもなく、特例で直して無かったことにするつもりなのかと。長年男子校の先生してて感覚おかしくなってるんじゃないか。今井さんが気の毒だ。

 しかし琥珀の心配をよそに、和紗の態度は堂々としたものだった。

「直す? 提出期限は今日までのはずです。皆そのつもりで提出したのに、私だけそんなズルみたいなことするなんて虫の良いことはできません。どうしても言うなら他の先生方にも事情を説明して、私に非が無いことをはっきりさせてください」

 先生は舌打ちして受け取った。おおごとにしたくないという気持ちがありありと琥珀に伝わって来た。



 琥珀は教室の前に佇んでいた。名門校なだけあって宿題での提出物は多い。また今井さんがあんな目にあったら、と思ってこっそり見張っていたら、案の定クラスメート数人が和紗の机の中を漁る光景に出くわした。

「またビリビリにしてやるんだよな?」

「そうだよ。当たり前だろ」

「大丈夫か? 何回もやったら流石に……」

「ばーか。あのすかしっぷり見ただろ? こんなんでダメージなんか受けねーよあの冷血女は。俺達は悪女に天罰を与えてやってるんだ。男しかいないクラスで一位とか身の程を知れっつの」


 性別で差別するのは琥珀にとっては地雷だった。クラスメートの前に飛び出す。

「何やってんだよ」

「え!? ……ああ何だ白川か」

「何やってんだって聞いてるんだよ」

「おいおいお前だって分かってるだろ。あいつがいなくなれば俺達が繰り上がるんだぞ。大体さ、女は結婚って逃げ道あるくせに男より上に立つとか生意気だろ」

「ふーん。実力で勝負する気がないんだ。……だっせーやつ。もうその時点で今井さんに負けてるんだよ! つーか俺は、お前らみたいに性別で判断するやつが大っ嫌いだ!」

「何だと!」


 ぼこられる覚悟はあった。途中で隠し持った防犯ブザーを鳴らして多数が一人を苛めているという図を大勢に見せる。そういう策略だった。

 が、不意に掃除用具入れが開いて、今井和紗が出てきてしまった。これには琥珀も驚いた。

「今の録音したから。動画もあるよ」

「は!? てめえ……」

 拳を振り上げた男子に向かって和紗は冷静に言う。

「予定の時間までに戻らなかったら先生が来てくれる手はずになってるの。どうする?」



 結局、今井和紗の働きかけにより、器物損壊で三人は選択授業を途中で変更することになった。中途半端な時期にそんなことになったら……まあヒソヒソされるけど、それだけで済むなら温情ってものだろう。


「白川くん、ありがとう」

 今井和紗はそう言ったが、琥珀としてはただただ居たたまれない。既に今井和紗が手を打っていたところに余計なことしただけじゃないかと。

「俺は大したことしてないよ」

「そんなことない! 嬉しかった。とっても……。あ、その、で、お礼したいから、家に来ない?」

「いや、あんなことでお礼なんて……」

「両親に言ったら、それは是非お礼しなさいって言われたの。義理人情を大事にする人達なんだ。何もしなかったら私が怒られちゃう」


 実家を離れて長いこともあり、ちょっとホームシック気味なところもあった琥珀は、軽く話す程度ならいいかと和紗の家に行った。

 まさかの大豪邸だった。大企業の創業者一族の家というのだから驚きしかない。


「和紗から聞いているよ。ろくに話したこともない同級生の苛めに身体を張って立ち向かってくれたと」

 和紗の父親がそうやってなんか高級そうな飲み物を勧めてくる。広すぎる家にふかふかのソファといい、築何十年の実家と違いすぎて感覚がない。汚したら弁償とかないだろうな。つか何で父親と二人きりなんだ。

「い、いえ、そんな……」

「娘は私達が言うのもなんだが、勉強一筋で他人に興味がなくてね。しかも人一倍優秀なものだから、そのせいで今までもトラブルに巻き込まれることが多くて。でもその度に一人で何とかしちゃうものだから。ハハハ」

 これは笑っていい話題なんだろうか。琥珀は分からない。

「けど、娘を庇おうとしてくれた人は白川琥珀くん、君が初めてだ」

「え……」

「娘を君に頼みたい」

「ええ!?」

「ボディガードとして」

「あ、はい……」



 大企業の一族の一人娘なんだからまあ妥当な判断なんだろうなと琥珀は思う。

 帰りは和紗が車で送ってくれた。道中、和紗は意味深なことを口にする。

「父は何か言ってた?」

「え? ああ。今井さんのこと心配してたよ。大事にされてるんだね。良いことだよ」

「父も『今井』 なんだけど」

「え、ああそうだね。でもこの場にいないし……」

「もう鈍いんだから……」

「???」

「私のことは名前で呼んでってことよ」


 それから二人はとんとん拍子で付き合うことになった。特に何も貢献してないのに何が琴線に触れたのかは琥珀には分からない。 

 だが和紗からしてみれば、生まれて初めて自分のために苛めっ子達に立ち向かってくれたヒーローなのだ。しかも性別で判断しないという発言は高評価でしかない。何故なら和紗自身も性別で苦労してきたから。こんな良物件逃すものかと和紗の猛アピールで恋人になった。



 琥珀の故郷の幼馴染達は、逆に転落の人生を歩んでいた。

 原因は他でもない、男への見下し癖。

 最初は純粋にただ一人男がいることで迷惑を被ることが嫌だった。

 それについて一つ文句を言うと、琥珀は押し黙った。何故なら琥珀自身にはどうしようもないことだったから。かといって男一人女数人という状況で皆が迷惑してることが分かっているから、変に反論して余計傷つけるつもりはない。

 一つ文句を言って何も言い返してこなかったから、彼女らはまた文句を言った。琥珀はやはり何も言えなかった。自分の存在が迷惑をかけているという自覚はあったし、何より一対多数で圧をかけてくるこの状況が怖かったというのもある。

 その状況を見て、彼女らはまた文句を言った。琥珀が反論した時もあったが、その時は他の幼馴染と一緒に叩きつぶした。

 そして彼女らは目覚めた。一方的に人を糾弾する楽しさに。

 自分達は被害者で、あいつは加害者だ。これは正当な糾弾だ。そう思いながら。

 その様子は正義のためなら人はどこまで残酷になれるというのを体現していた。


 そんな考えのまま高校まで来て、ようやく自分達がおかしいことに気づいた。

 李夢は高校で初恋を迎えた。が、その人は幼馴染の少女と付き合っていた。

 李夢からすれば意味が分からない。何故よりによって幼馴染?

 少女には幼馴染なんて兄妹みたいなものだから恋愛感情が湧かないのが普通だと嘲り、初恋の相手には「男の人って幼馴染に幻想を抱きすぎじゃない? 私も男の幼馴染いるけど恋愛関係になんてなってないよ」 と説得した。

 少女には「誰を好きになろうが自由だろう。何様だ。強く言えば他人を従えられると思ってそうで気持ち悪い」 と言われ、初恋相手には「それは君に好きになるほどの魅力が無かったってだけでは」 とミサイル級の一言を放たれた。


 他の少女達も同じようなものだった。真穂は異性と付き合ってもふとした時に琥珀にやっていたような暴力が出てしまう。何それーと笑いながら頭スパン! ばっかじゃないのと呆れながら肩どつき。本人は「関西のツッコミみたいなもんだから」 と誤魔化していたが、ここは関西じゃないし、何度もされれば愛想が尽きる。肌が弱い人間に至っては普通に痣になった。やめてくれと言っても「私は気にしてないのに? 男がこれくらいで?」 とずれた返事。何度も暴力が原因で別れるものだから、次第に暴力女と噂されるようになった。

 エリカも琥珀にやっていたような物言いが身に沁みついており、付き合ってる側からすればモラハラとしか言いようのない言葉にうんざりして結局別れることが多かった。別れた男達は一様に「エリカの前で少しでも愚痴を言えば二言目には『それは自分に問題あるんじゃないのか? 男のくせにみっともない。我慢しろ』 で会話終了。相手の気持ちに寄り添う気が微塵もみえない。付き合ってると疲れる人だった」 と語った。

 綾美は一人の男と長く付き合ったが、おしゃべりの最中にふと過去の話が出て「そういえばあの頃は私もやんちゃで~」 と幼馴染の男を気にいらなくてちくちくいびったことを話した。これくらい普通だよね? 皆やるよね? 私のは可愛いからかい程度だよね? というノリで。最後まで聞いた彼氏は「ごめん無理。結婚して男が生まれたら平気でいびりそうで無理。地雷物件と結婚したくないよ」 と離れていった。


 これだけの目に合えば琥珀のことを後悔するかと思いきや、そこは苛めっ子。

「あいつが大人しくサンドバッグになってたから悪い。そのせいで私達が変な学習してしまった。あいつがちゃんと抵抗してればこうはならなかった」 と責任転嫁した。

 そんな四人が雑誌に「美人過ぎる有能女社長! 秘訣は理解ある夫?」 と和紗と琥珀のツーショットが載っているのを見てしまった。和紗は「夫と出会えたのは人生最大の幸福かもしれません」 とのろけているし、琥珀にいたってはインタビュアーが「自分の三歩後ろを歩くような女性に憧れたりはしなかったの?」 と下世話な質問を投げつけられるも、「そういうのはよく分かりません。女性として意識したのは和紗が初めてだったもので」 とこちらものろける始末。

 私達を不幸にしておいて自分だけ幸せになりやがって! しかも私達は女性じゃなかったっていうの! と思った四人はそれぞれSNSで呟いた。

「雑誌に載ってた白川琥珀ってやつは最悪だ!」 とないことないこと書き散らした。嘘でも百回言えば本当になるような気がしたのだ。


『今井和紗は悪女だから言いなりになる男と付き合ってるだけ』

『好きで女の下になりたい男なんていない、絶対普段は暴力と家の力で黙らせてる』

『今井和紗ってよく見たら彫りが深い顔立ちだしガイジンっぽい見た目じゃない? 通名だったりしてw』

『金の力に屈服する白川琥珀と男をゴミだと思ってる今井和紗は超お似合いだわw』


 せめてぼかして書けばいいものを、名指しでそんなことすれば普通に名誉棄損である。

 訴えられて裁判沙汰になり、四人の評判は著しく下がった。

 SNSで他人の評判を害していた彼女達だったが、今度は自分が「いつかやると思ってた」「付き合ってる時これこれこういうことを言われていた。普通に最悪」 などと言われることになった。

 裁判で琥珀と会った時に「私達、幼馴染でしょ? 友達だったよね?」 と情に訴えたが「幼馴染ではあったけれど、友人だったことは一度もありません。昔僕に何で生まれてきたんだと言いましたね。あれが友人に言う台詞ですか?」 と言われて撃沈した。ついでに何度燃やしてしまおうかと思ったか分からない卒業文集を幼馴染達がいかにおかしい人間かという証拠として出した。

 これには裁判長も同情したのか「中学生ともなれば人の嫌がることが想像できるはず。それなのによりにもよって記録に残るものにこんなことをするなんて。ましてやその経験を踏まえてなお被告を罵倒するなど。精神が幼児で止まっている」 とまで言ってくれた。


 その琥珀は裁判所から帰る時に「幼馴染を訴えるなんて、不快になる人は不快になるだろうな」 と呟くと妻である和紗は「誰であろうと私の愛する人を馬鹿にされたら私は嫌よ」 と言ったので救われた。

 もう、琥珀の人生に彼女らはいない。さよならだ。


 幼馴染四人はあまりの暴言と、名指しで批判するという頭の悪さゆえにすっかり有名人になった。まとめサイトに「幼馴染♂を集団でいびる四人組www」 というタイトルでスレが載るくらいには世間に受けた。

 四人はカースト上位を気取っていたから知り合いが無駄に多かった。ので一度叩かれる存在になると見てるほうが引くほど叩かれた。それだけは気の毒だと琥珀も思ったくらいだ。

 昔から悪目立ちしていた四人だからか、その四人の知人を名乗る人間達がスレに四人の所業をちょくちょく書き込んでいくのがまた、ただ傍観している人間からすれば面白かった。


『通学班登校中、男だから先頭にいろって命令して、そんで石投げの的にしてたの見たよ。あの時は子供のすることだし、こんなことする子供の親に関わるのも嫌だしって助けなかったけど、白川くんには悪いことしたな』


『私は近所に住む人間なんだけど、小さい頃にお前がいなければ旅行が完全に女性向けになったって余計なこと言うおばさんがいて、それを聞いた四人が琥珀くんに何で生まれてきたって切れてたの見たよ。人の心がない人しかいないのかこの地区って呆れたね。つかあの時は子供が感情的になるのは仕方ないって思ったのに、大人になってもあんなノリで生きてるとか。あ、ちなみにそのおばさん、他の学年の子にも同じこと言ってその子の親に怒鳴られてました。最近の親はモンペが多いって言ってたけど、お前がモンペにさせてんだよって思いましたね』


『学校同じだったけど暴力ヒロインみたいな四人だなって思ってた。自分はあんなのと一緒とか大変だなって思ってたけど、キモオタの見本みたいな人達が羨ましがるし、からかいにいくんだよね。本当に気の毒だったよ』


『白川くんの父親って放任主義だし、兄はなんつーか弟は奴隷みたいに思ってる人だった希ガス。弟のせいで母親が死んだって聞いた時はネタで言ってるんだよなって思ったけど本気っぽかった。結婚寸前で何人にも逃げられてるらしいけど、そりゃあなあ……。弟嫌いすぎて家族に紹介する時に幼馴染の四人のほうが真実だって言ってるんだと。そんなのちょっと調べれば事実が分かるじゃん? やべーやつってなって逃げるんだよ皆』


 たまたま見たまとめサイトに書かれた自称知り合いのコメントは、びっくりするくらい正確だった。こんなに見てくれた人がいたのかと感慨深くなる反面、一番つらかった時に何もしないで苛めっ子が落ち目の時に言うんかいと呆れもする。

 横で一緒に見ていた和紗が「琥珀、あなた小さい時にこんな目に合っていたの? 何て酷い……」 と目を潤ませていた。

「昔の話だよ」 と笑って慰めるくらいには、今が幸せだった。

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幼馴染達にさよならを 菜花 @rikuto

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