メルズーガの魔女
山崎ももんが
Ⅰ カサブランカの男達
カサブランカのホテルの部屋で、バスタブの蛇口を捻ると砂が流れ出した。黒いゴムの排水栓の周りに集まる粒を見て「これ、詰まったりしないかな」と声が出る。私の隣にアメコが駆け付けた。
「モモカ、これ、大丈夫かな」とアメコは呟いた。
「大丈夫そうだね」と私は言って、シャワーでバスタブの底に溜まっていた砂を排水溝に流してから浴槽に湯を張った。
* * *
ロンドンのガトウィック空港経由でカサブランカのムハンマド五世国際空港に到着してから、私達は激しく動揺した。アラビア語の表記を全く判読することができなかったのである。
「これ、最早、ウルトラサインだな」とアメコは溜息をついた。
モロッコ王国はローリング・ストーンズのブライアン・ジョーンズや作家のウィリアム・バロウズ、ポール・ボウルズなど、主に一九五〇年代から一九六〇年代にかけて、多くのアーティストに影響を与え続けた砂漠のイメージに覆われた国だ。美術大学時代の同級生で、画家のアメコは、現在では当時のように亡命者や同性愛者、詩人、ドラッグ愛好家は集まっていないと思うけれど、その残り香を味わいたいのだと言った。また、何が彼等にどの様なインスピレーションを植え付けたのか、できることならば、その正体を確かめたいと以前から私に話していたのだ。
「モロッコに行った知り合いに聞いたら、スーツケースだと身動きが取れないからリュックサックで行け、とか言われちゃうし、自分でも色々調べたんだけどさ、やっぱり一人だと不安なんだよね。モモカ、一緒に行ってよ」
五月のゴールデンウイークの連休に、私は彼女からモロッコ旅行に誘われた。「そんなお金無いし」と私が断ると、半年前の個展で展示した絵が全て完売し、今回はそのお金を使うので私は一銭も払わなくてもいい、とアメコは言った。流石にそれは彼女に申し訳無いと思ったので、私の飛行機代だけは自分で支払うということで折り合いを付けた。
空港からカサブランカ市街まではタクシーを利用した。予約を入れていたホテル近くの信号で停車していた時のことだ。後部座席に異国人である私達を見付けた褐色の肌をした数人の子供達が車の窓を掌で激しく叩いてきたのだ。彼等は笑顔で何かを叫んでいたのだけれど、全く意味を理解することができなかった。
「令和にギブ・ミー・チョコレートを体験するとは思わなかったわ」とアメコは言った。
* * *
砂の浴槽の次の朝、私達はホテルの外から聞こえる拡声器の声で眼を覚ました。部屋の時計を確認すると、時計の針は早朝五時の手前を指していた。流れるコーランは、子供の頃に聞いた、街に設置されたスピーカーから放送される「光化学スモッグ注意放」に音質が似ていた。
次の滞在地であるマラケシュへと明日向かう長距離バスのチケットを購入する為に私達はホテルを出た。バスターミナルはここから徒歩で二十分ほどの距離にある。マラケシュから先は宿泊先のホテルは決めておらず、バックパッカー的に現地で探すことになっていた。建物に面した大通りを歩く。数人の男達が早朝からカフェで談笑している。髭を蓄えた中年男性が私達に駆け寄って来た。どうやら自らガイドを買って出ているのだ。東京で、モロッコでは必ずガイドの押し売りが近付いて来るから上手く断るように、とアメコはこの国に旅行経験のある知り合いから注意を受けていたので、二人で「ノー・サンキュー」と何度も断った。しかしながら男は食い下がり、先回りして私達の前に立ちはだかると、私のシャツに手を伸ばした。悲鳴を上げると、男は走る車を避けて引き返す猫の俊敏さで向きを変え、走り去って消えた。シャツの胸ポケットにテンプルを挟んでいたサングラスが消えていた。「うわ、盗まれた」と小さく叫んだ後、呆然と立ち尽くしている私に、アメコは「やばいかも、この国」と言った。
「あのサングラス、結構大事なやつだよね。御免、私が誘ったから」
「あ、あ、大丈夫。ほら、アンドラで私に買われて東京で過ごして、最後はカサブランカの市場で売られる、そういう運命だったんだよ」と私は言って彼女を慰めたけれど、十年以上付き合ってきたレイバンのサングラスと、こんな形で別れを迎えることになるとは想像すらできていなかった。私は胃が鉛色に変化して、重たくなるのを感じた。アメコの
アメコの唇が小刻みに動いている。彼女は「ルミナ」と話しているのだ。幼い頃から、アメコの眼には他人には見えない存在が映っていた。その誰かを、彼女はルミナと名付けた。家族は不安を覚え、精神科の受診を勧めた。高校時代、ルミナの話がクラスに広まると、友人達は彼女を避けるようになった。しかし、美術大学に入学すると事情は一変する。私を含む周囲はルミナという存在を否定するどころか、むしろ面白がり、やがて彼女を通してルミナに人生相談を申し込む者まで現れたのである。
二人で新宿の画材店に行った帰り道、ルミナが紀伊国屋交差点に行くように、とアメコに伝えてきたことがあった。私達が信号が変わるのを待っていると「モモカ」と背後から声を掛けられた。振り向くと小学校時代の同級生の顔があった。当時彼女は山形の大学に通っていたのだけれど、この日は一日だけ東京に帰郷していたのだ。私とその同級生は連絡先を交換し、それをきっかけ連絡網が広がり、遂に同窓会が開かれることになったのだった。それ以来、私は彼女の傍にいる見えざる友人の存在を信じるようになった。
大学では「霊媒」として名が通っていた彼女に、ルミナのヴィジュアルについて訊ねたことがある。彼女によると碧い瞳を持つ、黄金の髪の美少女だというのだけれど、必ずしも特定の姿を持っている訳では無く、ルミナの話をアメコが受け入れ易いように、そのヴィジュアルを変化させているそうだ。人によってはそれが推しのアイドルの姿であったり、或いは人間の言葉を喋る猫の場合もあるらしい。アメコの唇は、微かに開閉を繰り返し続ける。ルミナと語り合うとき、彼女はいつもこの表情を見せる。やがてアメコは、ふと視線を上げて言った。
「取り敢えずバスターミナルへ行けって、ルミナが言ってる」
* * *
バスターミナルへ着くと、その向かいに五階建てのビルがある。その二階部分のベランダの手摺から吊り下げられている「モロッコガイドツアー」という日本語の横断幕を見付けた。私達二人はそこへ行ってみることにした。
扉を開けると白いシャツに緑色のネクタイを締めた、タナカという日本人の中年男性が出迎えて応接間に通してくれた。オフィスの奥の机ではヒジャーブで髪と首を覆った若い女性がパソコンに向かい指を動かしている。タナカは元新聞記者で、十数年前にモロッコを取材中に現地の女性と恋に落ち結婚して以来、この国に住みながら日本のマスコミに向けてコーディネート業を行っていた。また、日本人観光客向けに旅行代理店も経営している。私は彼にサングラスを奪われてしまったことを話した。
「それは大変な目に遭いましたね。申し訳ないです、モロッコはまだ、そういう処が残っていてね。怖かったでしょう」とタナカは言った。アラビア語の表記で溢れているこの国で、女性二人が自力で旅行するのは難しいと話す彼に従い、車でモロッコを一周するツアーを組んで貰った。
「タナカさんが運転するんですか」
「いえ、モロッコ人のコーディネーターです。彼は大阪に四年間、建築を学ぶ為に大学に留学していたので、日本語はペラペラですよ。私が一番信頼している人です。これから呼びますので」
程なくして部屋に肩幅の広い、褐色の肌を持つ長身の男が現れた。恐らく百九十センチはあるであろう。大きな瞳と高い鼻、白い歯を見せて笑うその顔を見て「バランスがいいですよね、俳優さんみたい」とアメコは男に言ったけれど、私にはその姿がまるでランプの魔人のように思えた。「ありがとうございます、モクタールです」と彼は更に大きな笑顔を見せて私達二人と握手を交わした。
タナカは私達のツアーで宿泊する全てのホテルの予約を手早く済ませた。「ホテルは全て四ツ星か三ツ星ですので、安心してください。蛇口から砂が出ることはありませんので」と言って彼は笑顔を見せた。
建物の一階のレストランでタナカとモクタール、私達の四人で食事をした。モクタールは初めて大阪に着いた時に空港で中年女性と肩が触れてしまった際に、彼女が発した「すんまへんな」という言葉に衝撃を受けたのだと話してくれた。アラビア語で「ごめんなさい」という言葉の発音は少し「スマヘンナ」にも聞こえる。彼は日本人がアラビア語を話せるのだと勘違いしてしまったのだ。
明日の朝、私達が宿泊しているホテルのロビーにモクタールが迎えに来てくれることになった。
夕方になり、歩いてホテルへ帰る途中、大通り沿いのカフェの前を通ると、時が止まっていたかの如く、朝に見たのと同じ男達が同じ場所の椅子に座り会話を続けていた。
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