第11話「再会と断罪の序曲」
リオード様の心の傷を知ってから、僕たちの絆は、さらに強く、揺るぎないものになった。
彼はもう僕の前で弱さを見せることを躊躇わなくなったし、僕も彼のすべてを受け止めたいと、心からそう思っていた。
穏やかで、幸せな日々。
このまま、この静かな時間がずっと続けばいい。そう願っていた。
だけど、運命は、僕に過去との対峙を迫る。
その日、王城で国王主催の夜会が開かれることになった。
有力貴族や大商人が一堂に会する、年に一度の大きな催しだ。黒狼商会の当主であるリオード様が招待されるのは当然として、問題は、僕もその夜会に、彼の番として出席しなければならないということだった。
「そんな、僕が、お城になんて……」
「何を言っている。お前は俺の番だ。堂々としていればいい」
リオード様はそう言って笑うけれど、僕の不安は消えなかった。
奴隷だった僕が、貴族たちの集まる華やかな場所へ行くなんて。想像しただけで、足がすくむ。
そんな僕の気持ちを察してか、リオード様は国で一番の仕立て屋を呼び、僕のために息をのむほど美しいドレススーツをあつらえてくれた。深い夜空の色をした生地に、銀糸で繊細な刺繍が施されている。それに合わせて、月の光を宿したような宝石があしらわれたアクセサリーまで用意してくれた。
「……綺麗だ、カイ。世界で一番、お前が美しい」
鏡の前に立つ僕を見て、リオード様はうっとりとした表情で言った。
彼の言葉が、僕に少しの勇気をくれる。
この人の隣に立つにふさわしい存在でありたい。
僕は、きゅっと唇を結んで、覚悟を決めた。
***
王城のホールは、豪華絢爛という言葉をそのまま形にしたような場所だった。
高い天井からは巨大なシャンデリアがいくつも吊り下がり、床は大理石で磨き上げられている。きらびやかな衣装をまとった貴族たちが、あちこちで談笑していた。
初めて見る世界に、僕は完全に気圧されていた。
リオード様は、そんな僕の手を固く握り、「大丈夫だ。俺がそばにいる」と耳元で囁いてくれる。その声だけが、僕の心の支えだった。
彼は、次々と挨拶に訪れる貴族たちに、僕のことを「俺の番のカイだ」と紹介してくれた。人々は、僕の出自を知らないから、ただ愛想よく微笑み返してくる。
その時だった。
人垣の向こうに、僕は見つけてしまった。
忘れようとしても、忘れられるはずのない、忌まわしい顔を。
「……あ」
僕を騙し、両親の遺産を奪い、挙句の果てに僕を奴隷市場に売り払った、叔父夫婦。
彼らもまた、僕の存在に気づいたようだった。その顔が、驚愕に見開かれていく。
奴隷になったはずの甥が、なぜ、黒狼商会の若き当主のエスコートで、こんな場所にいるのか。彼らの顔には、そう書いてあった。
途端に、全身の血の気が引いていくのがわかった。
手足が震え、呼吸が浅くなる。
『お前みたいなオメガ、なんの価値もないんだよ』
あの日の、侮蔑に満ちた声が、頭の中に響き渡る。
僕の異変に、リオード様は即座に気づいた。
「カイ?どうした、顔色が悪いぞ」
彼は僕を庇うように、ぐっと体の前に引き寄せた。
その視線の先にいる叔父夫婦の姿を認めて、彼の金色の瞳が、すっと細められる。
叔父は、まだ状況が飲み込めていないらしかった。彼はリオード様の権力に媚びようと、卑屈な笑みを浮かべて近づいてきた。
「これはこれは、リオード様。ご機嫌麗しゅう。……ところで、そちらのオメガは、どこかで見かけたような……ああ、そうだ。我が家の出来損ないの甥でございます。まさか、このような場所でお目にかかるとは。何か、粗相はいたしませんでしたかな?」
叔父の言葉に、僕の心臓が凍り付く。
やめて。言わないで。
だけど、叔父は続けた。
「こいつは昔からぼうっとしていて、何の取り柄もないオメガでしてね。両親が死んでからは、我が家で面倒を見てやっていたのですが……」
その時だった。
今まで黙って叔父の話を聞いていたリオード様の体から、凄まじいほどの威圧感が放たれた。
それは、純血のアルファだけが放つことのできる、絶対的な支配者のオーラ。
ホール中のざわめきが、ぴたりと止んだ。誰もが、息を飲んでリオード様を見つめている。
「……俺の番に、何か用か」
地を這うような、低く、冷たい声。
その声に含まれた怒りの温度に、叔父はようやく、自分がとんでもない過ちを犯したことに気づいたようだった。顔が、さっと青ざめていく。
「ば……番?り、リオード様の……?」
「そうだ」
リオード様は、震える僕の肩を強く抱き寄せると、ホールにいるすべての人間たちに聞こえるように、はっきりと宣言した。
「ここにいる男、バーンズ子爵とその妻は、俺の愛しい番であるカイを不当に虐げ、その財産を奪い、奴隷として売り払った大罪人だ」
彼の言葉に、ホール中が大きくどよめいた。
「黒狼商会は、彼らが犯した罪のすべてを明らかにし、相応の報いを受けさせることを、ここに誓う」
氷のように冷たい声が、死刑宣告のように響き渡る。
叔父夫婦は、腰を抜かしたようにその場にへたり込んだ。その顔は、絶望の色に染まっていた。
もう、誰も彼らに救いの手を差し伸べる者はいないだろう。黒狼商会を敵に回すことの恐ろしさを、ここにいる誰もが知っているからだ。
リオード様は、そんな彼らにもう一瞥もくれることなく、僕に向き直った。
「帰ろう、カイ。こんなところに、お前をいさせるわけにはいかない」
彼は僕を腕に抱き上げると、静まり返ったホールを、堂々とした足取りで横切っていく。
彼の胸の中で、僕はただ、強く彼の服を握りしめていた。
怖かった。
だけど、それ以上に、僕のために怒り、僕を守ろうとしてくれる彼の存在が、どうしようもなく頼もしくて、温かかった。
もう、僕は一人じゃない。
この人がいれば、どんな辛い過去も、乗り越えられる。
強く、そう思った。
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