第2話 上層部の影

新宿署・屋上。

夜明け前の薄い光が、風間のロングコートを揺らしていた。缶コーヒーを開け、一口。

「……薄いな。最近の正義は、みんな薄味だ。」


背後から声が飛ぶ。

「風間さん、また独り言っすか。」


南がタブレットを持って近づく。

画面には昨夜の現場映像。大型トラックを素手で止めた瞬間で止まっている。

「ほらこれ。あのあと風間さん、目からビーム出してますよ。」


「ビームじゃない。正義の閃光だ。」


「いや、完全にビームです。」


ふたりの掛け合いが続く屋上に、ギィ、と重い音。

屋上ドアがゆっくり開いた。

グレーのスーツ、黒縁メガネ、無表情の女性。

まるで霧のように静かに立っている。

「風間警部補ですね。」


「……誰だ?」


「内閣防衛生体局・情報管理室の東堂です。」


名刺を差し出す仕草は機械的で、温度がなかった。

「あなたの体内にある“カプセル因子”は国家機密です。至急、同行をお願いします。」


「いきなり連行ってのは感じ悪いな。」


「感じではなく、命令です。」


南が小声で震える。

「か、風間さん……あの人、“例の部門”っすよ。ガチ上層部の……!」


風間は煙草を咥え、青く光る瞳で東堂を一瞥した。

「上の連中ってのは、いつも現場の泥を知らねぇんだよ。」


その瞬間——。

胸の奥…いや、喉の奥で“何か”が震えた。ジジ、と微弱な電子音が体の中を走る。


《警告:生体数値上昇。モードB起動》

機械的な音声。


南が慌てて叫ぶ。

「風間さん!また…!この前みたいに暴走したら——」


「暴走じゃねぇよ。調子が出てきただけだ。」


青い閃光が風間の肩から指先へ走る。

空気がゆらりとゆがんだ。


東堂はわずかに眉を動かした。

「……前回より反応が速い。想定外です。」


「想定外?俺はいつも想定外だ。」


風間はタバコを指で弾き、火花が粉雪のように落ちた。

「俺の正義は、市民のために動くんだよ。上層部の数字のためじゃねぇ。」


東堂が無線に触れる。

「こちら東堂。第7号、完全覚醒。制圧フェーズに移行します。」


——その直後。

ビルの谷間から、赤い光を点滅させたドローン群が浮上した。

レーザー照準が風間の胸へ一斉に集まる。


南が青ざめる。

「まってまってまって!これ映画のラストのやつじゃん!」


「映画ならちょうどいいだろ。」


風間は笑った。

その足元、缶コーヒーがカランと転がる。

「踊るんだよ、正義がな!」


青い閃光。

風間の身体が一気に空中へ跳ぶ。

ドローンが次々と弾け、手すりが火花で削れ、屋上が戦場に変わった。


東堂は一歩も動かない。

むしろ興味深そうに目を細める。

「——これが第7号の本来の性能。やはり、処分すべきではなかったかもしれませんね。」


風間の蹴りで最後のドローンが弾き飛び、夜明けの空を裂いた。

屋上の片隅、転がった缶コーヒーの側面に刻まれた文字。


“N.B.D.プロジェクト 第7号:KAZAMA”


風間はその光を見下ろし、ぼそりと呟く。

「……薄味のくせに、後味だけは濃いんだよな、上はよ。」

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