カプセル刑事

みぞじーβ

第1話 風間覚醒

深夜二時の取調室。

湯気だけが生き物のように蠢いている。

風間刑事(48)は、カップラーメンに湯を注ぎながらぼそりと呟いた。

「三分……待てねえ男が、刑事やってられるかよ。」


そこへ、若手の南巡査部長がドアを開ける。

「風間さん! また残ってるんすか? もう午前二時っすよ!」


「……お前、刑事が寝てる間に犯人も寝てくれると思ってんのか?」


「いや、思ってないけど……。ほらこれ、鑑識から。変なモン出たって。」


南が差し出した袋には、ビー玉ほどの銀色のカプセル。

昨夜、暴走車の運転席から見つかったものだ。

「未知の金属らしいっす。しかも——」


言い終わる前に、風間はそれを指でつまんだ。

「ほう。これが例の政府実験ってやつか?どれ、味見でも——」


「食べちゃダメっす!風間さん!!」


だがもう遅い。

カプセルは風間の口の中に吸い込まれるように飛び込み、喉奥で「カチリ」と音を立てた。

「……ん?ミント味か?」


次の瞬間、風間の全身がビリビリと震え、青白い光が皮膚の下を走った。

静電気が空気を裂き、取調室の蛍光灯が一斉に明滅する。

カップラーメンの蓋が風圧で吹っ飛び、湯気が渦を巻く。

南が慌てて後ずさる。

「な、なんすかその光!?」


風間の目が青く発光し、背中の筋肉が異様に膨らむ。

机の上の警察手帳がバチバチと静電気を放った。

「……南。俺の中で何かが、動き出してる。」


「なにが!?」


「正義だ!」


そう叫ぶと、風間は取調室のドアを蹴破り、夜の廊下を全力疾走。

監視カメラが一斉にノイズを走らせ、蛍光灯が点滅した。

——その五分後。

深夜の新宿。ネオンが雨を弾き、裏通りにだけ風が吹いていた。暴力団の運び屋トラックが逃走していた。

だが、前方から人影が立ちはだかる。

「止まれぇぇぇぇぇぇぇ!!」


風間刑事。全身から青白い光を放ちながら、素手でトラックのフロントを受け止めた。

鉄が歪み、タイヤが爆ぜ、運転手が悲鳴を上げる。

「な……なんだ、こいつ!?」


「警視庁捜査一課・風間だ!スピード違反、並びに人体実験の容疑で逮捕だ!」


そう言って、右手で車体を持ち上げる。

その腕の筋肉の隙間で、銀色のカプセルが微かに脈動していた。

数分後。現場に駆けつけた南が呆然とつぶやく。

「……風間さん、どうやってこれ持ち上げたんすか。」


「さあな。だがこれだけは分かる。俺の中に、“政府の正義”が入ってる。」


「え、それ怖くないすか!?」


「正義は時に怖いもんだ、南。」


風間はタバコを咥え、青く光る瞳で夜空を見上げた。

カプセルが、また一つ喉の奥で「カチリ」と音を立てた。

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