30年 語らい

 ──翌日


 太陽の日差しに起こされる。

 思ったより深く眠っていたようだ。

 同時に、目が覚めても見慣れない屋根が目に入って、このタイムトラベルは夢ではないのだと気付く。

 

 何やら荷造りをしているヨシュアが明るい笑みで話しかける。


「お、起きたか。んじゃ、オレは仕事行ってくる。お前たちはくつろいでてくれ」

「え、あ……」


 こういう時は手伝った方がいいのか? しかし下手にそうしても足手纏いになるのでは?

 あれこれ考えているとヒスイがあくびをして、伸びをしながら起きる。


「あ、ヒスイ、どうしよう」

「え、なにが?」

「その、ヨシュアの仕事手伝うべきか」

「決まってるじゃない、手伝うわよ!」

「わりいな、ありがとよ!」


 そしてヨシュアの作業場へ同行した。しかし作業はどうやら思ったより複雑で、軽はずみに手伝うことを提案した事を後悔し始めていた。

 彫像を削るといっても力加減がわからない。


「なんだ? お前らこんなことも出来ないのか?」

「いやいや、よそ見しながら出来る芸当じゃないわよ!」

「まぁ人には向き不向きがあるって言うからな……」


 この時代の人ならたとえば現代人がスマートフォンを操ることのように当然のことなのかもしれない。

 しかし突然スマホを渡されても何も出来ないように、古代へ飛ばされた自分には不可能な芸当だった。


「よし、オレが教えてやる! いいか、肩の力を抜いてやるんだ。こう!」


 自分の手を取り、ヨシュアは力加減を教えようとする。試しに力を抜いて削ろうとするが削れない。


「違う、こうだ! 力を抜きすぎだ!」

「えっと、こ、こう?」


 カツン、と小気味良い音が響き、ぽろっと石が削れる。


「そうだ、やれば出来るじゃないか! お前をオレの弟子にしてやるぜ!」


 ヨシュアは心底嬉しそうに笑った。それに釣られ自分も笑う。ヨシュアの笑顔は人を惹きつける魅力があった。

 そんなやり取りをしているとヨシュアが昨日パンを分けたほっそりした男が歩いてくる。


「俺も手伝わせてください」

「ありがとな、でもお礼ならオレじゃなく別のヤツにやってくれ」


 ヨシュアは遠慮するもすぐに女性が歩み寄ってきて言う。


「私にも手伝いをさせてください!」


 やはり昨日ヨシュアが助けた女性だった。

 いや、その女性だけではない。次々とヨシュアに助けられたという人たちが駆けつけてきて恩を返そうとしている。

 その人数は両の手指で足りないほどに達していた。


「うーん、弱ったな……よし、みんな手伝ってくれ!」


 無論嫌がる者はいなく、みな恩を少しでも返せる事を心から喜んでいた。


「クラウディウスは研磨、コルネリウスは食料を、クィントゥスは水を汲んでくれ!」

「分かりました」

「キツかったら言ってくれよな」

「せっかくあなたのために働けるのですから、むしろもっとキツい仕事をくださいよ」


 ヨシュアの慕われ様に自分は言いようのない感動を抱いていた。


「こんなに多くの人を助けてきたのか、やはり俺が見込んだだけあるな」

「鳥居は何もしてないでしょ」


 そう言いチョップするヒスイ。そうして少し休んでいるとヨシュアが話しかけてきた。


「な? 隣の人に優しくすればそれは結び付きになるんだぜ」


 確かにヨシュアの為に少なからぬ人が集結して手伝いをしてくれている。

 ヨシュアは互いに手の取り合える世界を目指していたが、この場に限りその世界が実現していた。


「……確かに立派だ。情けは人の為ならずってやつか……」

「そうね。最初は空想論を述べてるばかりだと思ってたけど……この光景は本物ね」

「おい、そう言ってサボろうとしてないか?」


 ヨシュアに注意され、3人で笑い合う。しかし……


 ──そこの貴様! 着いてきてもらおうか!


 平和はローマ兵により唐突に破られてしまう。

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