第一話 普通こういうのって日常から始めるもんじゃないの?


 『イノチガミ』…という作品がある。


 ジャンルは現代異能系バトル漫画…この世に無数の災いを撒き散らす妖魔とそれに対抗する異能を宿した人間達の激しい戦いを描いたバトル物の鉄板とも言える内容の物語である。


 高い作画力に魅力的なキャラクター達、手に汗握る戦闘描写と分かり易いストーリーが幸いして人気を博した作品で、かく言う俺もそういった所に惹かれてハマった口である。


 そして…今現在の俺こと八坂やさかとおるは、そんな世界に於けるかませ役…或いは踏み台の役割を担っていた存在だった。


 八坂徹という人間を一言で説明するとしたら…優秀な兄弟姉妹に挟まれてしまった小物…とでも言えば良いのだろうか?


 実家がいわゆる良家という奴で、代々優秀な異能使いを輩出している家柄…要するに、名門の生まれなのである。


 そんな実家だから生まれてくる子供は大体は優秀で、実際こいつの兄弟達は軒並み優秀で、特に長男長女は作中全編通して見ても株が全く下がらないような上澄み中の上澄みとも言える存在だった。


 その下の…八坂徹の後に産まれた次女や三男も長男長女にこそ劣るが優秀で、ストーリー中も活躍の機会は多かった。


 では、そんな優秀な兄弟姉妹達に挟まれるように産まれたこの次男こと八坂徹はどうか…優秀だったのか、何かを秀でていた部分があったのか、作中で活躍していたのか。


 …この流れだ、分かっていることではあるとは思うが敢えて言わせてもらおう…全然優秀じゃなかったのだ、活躍らしい活躍も無かったのである。


 間違いなく才能はあった、下地もあった、そしてそれを伸ばす為の努力もしていた…だがしかし、周りの人間があまりにも強すぎた。


 何をやっても埋まらないどころか開いていく兄姉との差、気が付けば自分のことなど簡単に追い抜かしていく弟妹達、そしてそれらと自分を見比べて不甲斐ないと言ってくる使用人達…こんな環境だ、嫉妬心と劣等感を拗らせるのは寧ろ当然な訳で、結果は最早言うまでもないだろう。


 そう、八坂徹は腐った、それはもう腐れ切った…努力など意味無し、所詮才能の前には全てが無意味であると割り切ったこの男は自らの怠慢を良しとするようになった。


 それは異能使いやそれに類する人間を育てる育成機関に入った後も変わることはなく、寧ろやはりと言わんばかりに自分は間違っていないと確信したこの男は、次第に周囲の人間に対して嫌がらせという名の迷惑を掛けるようになっていく。


 そうなってくると後は簡単…そんなことばかりやっているから周囲の人間には当然見放され、次第に身内にすら見限られ、最後にはやっちゃいけないことやらかした結果として実家から追放される…まぁ、ざっくばらんに言ってしまえばそんな感じの男である。 


 そんなこの男の結末であるが…最終的には人類共通の敵であるはずの妖魔側へと寝返り、自身もまた妖魔となって主人公へと襲い掛かった挙句に瞬殺される…というのが、この八坂徹というキャラクターの最後である。


 優秀な兄弟達に囲まれたことで生まれた嫉妬心に、それと比べられるが故に生まれた劣等感、それら二つを拗らせに拗らせた結果として周囲に迷惑を掛けまくった嫌われ者…まぁ、かませ役という役回りとしてのキャラクターで言えば、良くいるタイプなのではなかろうか。




 …………まぁ、ぶっちゃけた話をしてしまえば、そんなことは正直どうでも良いのではあるが。


 ここまで長々と語っておいて何だが、ハッキリ言って先程までの語り口の大半に意味なんて無い、強いて言うなら現実からの逃避的な意味は強かったのかもしれない。


 では何故にそうも長々と八坂徹というキャラクターについて語ったのか? …何度も言うが単なる現実逃避というやつである、主に俺に訪れるだろう死の運命からの。


 先程も言ったが、こいつの最後は敵側の勢力に寝返った挙句にその敵対存在と同じ存在になった末の返り討ちである、逆恨み拗らせてこれなら勝てるぜヒャッハーッ!! と馬鹿みたいに突っ込んだ末の返り討ちである。


 そして……覚えているだろうか? 俺が現在どういう状況なのかを。


 

 そう、ズバリ現在の俺は……『イノチガミ』という作品で言うところの妖魔そのものなのである。










「…ヤッバイ…詰んだかもしれん俺」


 現実逃避のようなことを終えて、結局最後には現実へと帰結してしまった俺は頭を抱えた、出来ることなら夢であって欲しかったと嘆いた。

 

 時刻は恐らく夜、煌々と夜空に輝く満月を背景に俺は適当な岩山の上に座り込みながらも頭を抱えていた…頭に触れた自分の手の感触が、最早人間のものではないという現実に絶望しながら。


「どうしよう…本当にどうしよう…」


 呟くその言葉に乗るのは何処まで行っても絶望、どう考えても覆しようのない現状に俺は一切の希望を見出せないでいた。


 …いやね、別にこいつに転生するとか憑依するとかは別に良いのよ…いや、正直言うなら良くはないけど、するならもっと別の人が良かったけども…まぁ、いいのよ。


 けど…けどね、せめて……せめてタイミングくらいは選ばせて欲しかったなと思うわけですよこれが。


 顔立ちはぶっちゃけイケメンだし、実家もお金持ちだから色々と困らないし、就職先も上手くやれば困らないかもしれなかったし…悪くないどころか良いものだったはずなのよ、タイミングさえ良ければ。


 よしんば妖魔と戦うことになったとしてもよ、そこに至るまでにはまだまだ時間はあったはずなのよ、鍛える期間さえ取ればまだ何とかなったかもしれないのよ、タイミングさえ良ければ。


 ……でも……でも………全部終わった後に急にぶち込まれたりなんてしたら、こっちはどうすれば良いのかなんて欠片も分からんのよ普通はっ!!?


 …いや、どうすんのよお前これ、よりにもよって全部やらかした後の瞬殺一歩手前の状態とか本当にどうすれば良いのよこれ…もうこれどうしようもないよ多分。


「───受け入れられないか? 自分がそうなってしまったことが」


 そんな…グジグジと悩む俺の背後から声がした、聞き覚えのある声だった、振り向くまでもなくそれが誰なのかが分かってしまうほどに。


 『鬼神』マガツ…この世界、『イノチガミ』を語る上で決して欠かせない存在。


 登場してから最終話に至るその時まで、ただの一度たりとも格を落とさず最後の最後まで主人公達を圧倒し続けた作中最強の存在、『イノチガミ』という世界作品に於ける最後の敵…所謂ラスボス。


 そんな存在が、そんな圧倒的なまでの格差を誇る天災にも等しいはずの存在が、さも当然のように俺の後ろにいる…それに対して、俺はどんな顔を浮かべているのか…それは、俺自身にも分からなかった、何ならどう言葉を返そうかと呑気に考えていたまであった。


 何と言葉を返すべきか、どう言葉を返すのが正解だろうか……そんなこと呑気に考えていた俺の頭とは裏腹に、俺の口は勝手に言葉を紡ぎ出していた。



「…まぁ……正直な話をするなら……可笑しな話ですよね、こうなることを望んだのは俺自身だったはずなのに」


 口から出てきたのは戸惑いの言葉…自分の現状に理解が追いつかない、望んだ通りになったはずなのにそれを受け入れられない自分がどうにも理解出来ない…そんな、困惑を含んだ言葉だった。


 …きっと、これは俺自身の本音なのだろうと…何となしにそう思った。


 寝て、起きてみれば視界に映るのは知らない天井どころか知らない世界、鏡を覗き込んでみれば映るのは自分じゃなくて他人の顔で、腕と足はもうとっくに人間じゃなくなってる…これを直ぐに理解して受け入れろ…という方が難しいだろう。


 どうすれば良いのかなんて分からない、この大好きだったこの作品世界の中で俺は一体どうするべきなのか…心底から、道標が欲しくなる。


 そんな俺に、マガツはその重い口を開いた。


「ならば精々悩み抜き、答えを見つけることだ…少なくとも、俺はそうだった」


 そう言って重い足音と共にマガツはその気配を消した…恐らく、自分の居城に戻ったのだろうと、そう考えた俺はマガツに言われたことをなんとなしに反芻する。


「答えを見つけろ…ねぇ……それが出来そうにないから、道案内が欲しいんだけどなぁ」


 そう弱音を吐く俺を、ただ満月だけが優しく照らしていた。

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かませのワイは全力でこの世界を生き延びる 富竹15号 @natume2001

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