かませのワイは全力でこの世界を生き延びる
富竹15号
プロローグ 『そんな始まり方ある?』
───一番最初に感じたのは、痛みだった。
目を覚ました…そう自覚した瞬間にやってくる耐え難い激痛…身を捩り、やってきた痛みに悲鳴を上げて、痛い痛いと叫ぶことすら許されずただただひたすらにやってくる痛みの激流にのた打ち回る。
痛い、痛い、痛い、痛い…終わらない痛み、ゴロゴロと無意識の内に転がり回り、本能的に痛みを発する部分を抑えようとする…が、そもそも何処からやってきているのか分からないからそれすら出来ない。
何時終わるのか、何時になったら終わってくれるのか…そんな思考すらも、次の瞬間には痛みによって掻き消される。
終わってくれ、頼むから終わってくれ…瞳から涙が滲んだのを自覚しながら、俺はただただそう希い続けた。
どれくらい経ったんだろう、時間の感覚は曖昧だった。
内から響いてきていた激痛は、何時の間にか収まり始めていた…何時からだったか、数分前か数秒前か…曖昧になった時間の感覚はそんな少しのことすら俺には教えてくれない。
身体を起こして時計に目を向けようとする…何時も丁度目の前に来るように置いてある自宅の時計に、何時もそうしていたのと同じように目を向けようとする……けど、それが出来なかった。
「─────────」
息を呑む…とは、きっとこの事を言うのだろうと…なんとなくそう思った。
身体を起こして視線を上げたその先…そこに居たのは、異形だった。
異形…そう、異形…紛うこと無いほどの、異形。
見上げるほどに大きな身体、数字にすれば2mは確実に超えているだろう程の体躯にそれに見合うように存在する引き締まった太い四肢に、額から生えた二本の大きな角。
それは鬼だった、世間一般的に言うような鬼…赤黒い髪を靡かせ、何処かオーラのようなものを纏っているようにする見えるソレは、紛れもない鬼であった。
それが、椅子に座っていた…大きな椅子に、玉座のような椅子にどっしりと腰掛けて、ジッと俺のことを見つめていた。
息を呑む、我を忘れる…その瞳の奥にある獄炎を思わせるような真紅の瞳が俺を見つめている…その事実に俺は蛇に睨まれた蛙のような心地になっていた。
恐怖も絶望も通り越して、まず感じたのは一つの諦め…あぁ、俺はこれから死ぬんだという根源的な生の諦め、死への享受…それら二つが纏めてやってきていた。
「……どうだ、生まれ変わった気分は?」
ふと、声が響いた。
低い声、恐ろしさと共に威風すら感じさせるような、そんな堂々とした声が耳に届く……それが、目の前の鬼が発した言葉であることを自覚するのに俺は少しばかりの時間を必要としていた。
「…えっ…?」
飛び出したのは困惑の声、俺の口から半ば無意識の内に漏れ出ていたその言葉と言うにはあまりに短いその声に、鬼は肘をつきながら言葉を続ける。
「生まれ変わった気分はどうかと聞いている…爽快なのか、窮屈なのか、それとも何も感じないのか」
一つ一つ、落ち着いた様子で言葉を紡ぐ鬼、気分を害した様子もなくただ淡々とした様子でそう問いかけてくる鬼に対して、俺は何も言えないでいた。
…いや、言えないでいるというより、そもそも何を言われているのかがまるで分からないというのが正しいのかもしれない。
生まれ変わった気分はどうだ…そう問われた、そう問いかけられた…そして俺は、その問いかけに酷く困惑していたのだから。
生まれ変わったとは何だ? どういう意味だ? どういう意図で以ってその言葉を口にした?
俺は昨日普通に寝ていたはずなのだ…翌日の準備を済ませてアッサリ眠りに付いた、本当なら今頃ベットの上でゴロゴロとしているはずなのに、目覚めてみたら今この状態だ…混乱するなという方が難しい、当然そんな状態で質問に真っ当に答えるというのも無理だと思う、少なくとも俺には無理だ。
何時まで経っても口を開かない、問いに答えようとしない…そんな俺の様子に、鬼はふと何かに気が付いたかのように、何かに思い至ったかのように、あぁそうか…と、その口を開いた。
「分からないのか、自分が今どうなっているのか」
その言葉の意味も考えるだけの間も置かず、鬼はパチンッと指を鳴らした…瞬間、俺の目の前に現れる水晶のような物体。
目の前にふよふよと浮かぶ水晶、綺麗な四角形を取っているソレは俺の目の前に何をするでもなくただポツンっと浮かんでいるだけだった。
「覗いてみろ」
肘を付いて此方を見下ろす鬼、状況を理解出来ていない俺はその言葉におずおずと従うしかなかった。
立ち上がり、ふらふらと水晶の前へと足を進める…大した距離じゃない、数歩歩くだけで簡単に辿り着けるような距離だ、辿り着くのは簡単だった。
ふらふらと腕を水晶へと付ける…近場で見て分かったが、どうにもこれは鏡らしかった。
ひんやりとした心地の水晶の鏡…ふらふらと、一体何にそんなに疲れているのかと、鬼に言われた言葉通りに俺はその鏡を覗き込み───
「───はっ?」
瞬間、絶句した。
鏡を覗き込んだその直後、鏡の向こう側に映り込んでいたのは異形の姿だった。
腕に生えた獣を思わせる黒い毛皮、鏡に手を添えるその手から鋭い爪が生え伸びていて、此方もやはりと言うべきか、人と言うよりかは獣に近い状態だった。
無意識に下半身にも目を向けてみれば、当然と言うべきか下半身もまた上半身と同じような状況になっていた…足先に近づけば近づくほどにその様相は黒毛の獣に近づいていっており、足の先からは鈍くギラつく鋭い爪が存在していた。
どうしてこれほどまでの変化に気が付けなかったのか、どうして立ち上がろうとした段階でこの変化に気が付けなかったのか……そんなことはどうでもよかった。
俺は絶句していた、驚愕していた…けどそれは、俺の身体が異形に変わっていたからじゃない、俺の姿が俺の良く知る人間の姿から変わっていたからじゃない。
では何故なのか…端的に言うなら、鏡の向こう側に立っていたのが俺じゃなくなっていたからだ。
自身の頬へ…自身の頬だったものへと手を触れる。
黒く伸びた髪に鋭い瞳、ギラギラと瞬く琥珀色の瞳はまるで灼熱を思わせるような輝きを放ち、その奥に鎮座している縦に割れた瞳孔は、この人物が既に尋常の身では無いことを暗に示していた。
均一に分かれた顔のパーツ、整っているか整っていないかでは言えばまず整っていると誰もが答えるような容姿…温和な顔立ちに見えるそれはしかし、俺からしてみれば悪党らしく笑っているのが良く似合う顔立ちだった。
…知っている。
知っている…そう、知っているのだ…俺はこの顔を良く知っている、飽きるほどに良く知っている。
だって見ていたのだ…悪党らしく悪どい笑みを浮かべ、小物らしい言葉を口からぽんぽんと引き出し、最後には無様に地面を這い蹲っていたその姿を…最後の最後までその性根を改めることの無かった、そんな小悪党の姿を。
そうだ、こいつの名前は───
「…八坂……徹…?」
知らずと呟いたのは、その男の名前…俺の好きだったアニメや漫画に登場していた、登場人物の名前……瞬間、俺の目の前から水晶が消え失せた。
「現状は理解出来たか?」
鬼の声が響く…そんなことがあり得るのかと、そんなことが起こるものなのかと、そんな思考の渦に落ちようとしていた俺の意識は一気にそちら側に引き戻される。
視線を鬼へと向ける…変わらず玉座に腰掛け、肘を付きながら俺を見下ろすその姿…それを見て、俺はまたもや無意識的に呟いていた。
「…鬼神……マガツ…」
呟いたその言葉が耳に届く、無意識的に呟いてしまったその名前が、無意識的にそう認識してしまったその事実が…俺にある確信を抱かせるに至った。
そんな訳がないだろう、単なる夢に決まっている、寝言も大概にしろ…そんな言葉が脳裏を過るが、目の前から降りかかる圧力がそれを否定する、目の前の存在感がこれを夢だと否定することを許さない。
認めよう、認めるしかない、認めるしかないのだ。
俺は転生した…いや、正確に言えば憑依したと言うべきなのだろう。
俺が前世にて愛読及び愛聴していた漫画及びアニメ作品『イノチガミ』の世界…その世界にて登場した、かませ役として。
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