魔法使いの弟子、のはず ~その依頼、魔法を使わず解決します~

プロローグ

呪われた畑(1)

 昔々、とある森に魔法使いとその弟子が暮らしておりました。


 そんじょそこらの魔法使いではございません。世界屈指の魔法使いにして、剣と魔法の国・オズテリアの魔搭主として魔法使い達の頂点に君臨していた本物の実力者です。

 そんな華々しい経歴の持ち主が、なぜ人里離れた山小屋に住んでいるのか。

 冤罪や無能と誤解されての追放といった、よくある展開ではございません。

 単に激務に嫌気がさして「田舎でスローライフするぅ!」と、辞表叩きつけて飛び出したのです。


 一文で説明できてしまう驚くほど浅い理由ですが、二週間どころか二十年間も、

「引退したい」「若い者に後を任せたい」「後任を探してくれ」

……と、辞職の意思を表明し続けたラファエロに

「いやいや、魔法のおかげで肉体は若いでしょ。経験豊富だし、あなたの他に筆頭魔法使いに相応しい人なんていませんよ」と、周囲はまともに取り合いませんでした。


 自分で望んだならともかく、他人に生涯現役を強制されるなんてたまったものではありません。



 見た目は青年、中身は老人。

 とうに還暦を過ぎたラファエロですが、外見年齢は二十歳前後の若者です。

 しかも無駄に美形。

 一日の大半を職場で過ごし、食事は基本テイクアウト、深夜に帰宅した日には風呂キャンセルして魔法で汚れを落とすという、独身勤め人サラリーマンあるあるな生活を何十年と送っているにも関わらず、肌も髪も艶々です。

 漆黒の髪とトパーズのような瞳はまるで夜の闇と月のようだと褒め称えられますが、ちっとも嬉しくありません。

 何故なら彼はモテたくて若々しい姿を保っているわけではないからです。


 むしろ色恋に関しては、昔から大の苦手でした。

 ――大魔法使いは、そっちの意味でも大魔法使いなのです。


 ちなみに周囲はラファエロの外見から、若い頃から遊びまくっていて、今更結婚に価値を見いだせないのだろうと勝手に解釈してるので、訂正せずに乗っかっています。

 実際は独身貴族を謳歌どころか、気がついたら独居老人になっていただけです。


 人の身でありながら無尽蔵の魔力を持つラファエロは、成長するにつれ魔力過多傾向になっていきました。

 放置すれば面倒なことになるので、魔力を消費すべく肉体を自動回復する術を常時発動しています。

 術の効果で生物としての全盛期を保とうとした結果、擬似的な不老状態になっているだけで、本人の意識は年齢相応。

 彼自身はアンチエイジングなんて、単語すら知らないお爺ちゃんなのです。



「ここに来る前はのぅ。面会希望者が午前八十人、午後百人とか明らかにおかしな数字だったものじゃ」

「師匠。確認しようのない過去の自慢話をされても『へぇ』としか言えません」

「弟子が冷たいっ。わし、師匠ぞ。とっても凄い魔法使いなんじゃぞ!」

「はいはい。退職前に比べると、今は多くても一日二人くらいですから、むしろ暇を持て余しているのでは?」


「今の方がずっといいわい。前の職場なんか『なんか忘れてる気がする……』と頭の片隅で思いながら働いて、退勤後に『あ。わし、喉が渇いてたんじゃった!』と気付くレベルの忙しさじゃったんだぞ。好きな時にお茶を飲みながら、のんびりお前さんに稽古つける今の生活は天国じゃ~」


「お願いですから、まだ旅立たないでくださいね」


 ミカエルは俯いたままラファエロをあしらいました。

 紫水晶のような瞳は手元の本に釘付けで、敬愛する師匠には銀髪のつむじを向けたままです。


「生返事止めい! 人と話すときは目を見て話しなさい、と言っとるじゃろ!」


 師匠に叱られ、ようやくミカエルは顔を上げました。

 妖精が仲間だと勘違いしそうな愛らしい顔立ちですが、今は鬱陶しそうな表情なので台無しです。


「なにを熱心に読んどるのかと思えば、農業の指南書? 昨日持ってた法律の本はどうしたんじゃ?」

「オズテリア皇室典範ですね。とっくに読み終わりました」

「嘘じゃろ! 枕にできそうな分厚さじゃったぞ!」

「たかだか二千頁ですよ。以前読んでいた法令集は六千頁だったので、半日あれば余裕です」


 どちらにせよ九歳になったばかりの少年が読むものではありませんが、それを指摘するような常識人はこの場にはいませんでした。


「ところで昨夜、酔っ払って前職の愚痴を零していましたが、【特別刑法第二十四条 王室にまつわる守秘義務】に触れるので注意してくださいね」


「ほわ!?」


「業務上知り得た王族の個人情報ならびに王室の情報を外部に漏らしたら、執行猶予なしの懲役刑です。師匠の場合は実刑という名目で、強制的に魔搭に連れ戻されますよ」


「でででももう十年以上前の話じゃぞ。時効じゃ時効!」


「特別刑法に時効は存在しません。守秘義務の契約署にサインしていなくても、業務に携わった時点で自動的に対象になり生涯有効となります」


「知らんかった……」


「知らなかったでは通じないのが法律です。家の中でも気を抜くなとは言いませんが、外でうっかり口を滑らせないように注意してくださいね」


「……うむ」


 このままでは面目丸潰れだと思ったラファエロは、おほんと咳払いすると話題を変えました。


「勉強熱心なのは感心じゃが、魔法使いの弟子なんじゃから、せめて魔導書を読みなさいよ」

「魔導書なんて、そこらの魔法使いが持論を書いただけの代物じゃないですか。そんなものよりも師匠の講義の方が何百倍も価値があります」

「そ、そう?」

「最高の先生に師事しているのですから、他の魔法使いから学ぶことはありません」

「しかたないのぅ」


 ラファエロが満更でもなさそうな表情になったのを確認すると、ミカエルは読書を再開しました。



 ラファエロのように強い力を持つ者は、往々にして身に余る力に振り回されたり、人間関係に苦労するものですが、彼はそんなトラブルとは無縁に育ちました。

 ドラゴンが生まれつき己の力を使いこなすように、ラファエロも幼い頃から誰に習うこともなく自分の力をコントロールしておりました。

 そして善良な木こりだった両親は「うちの子天才!」と鳶が鷹を生んだと素直に喜んだのです。

 おかげで超越した力を持ちながら、すくすくと育ったラファエロは、魔搭主というていのいい肩書きで社畜になったり、七十歳も年下の弟子に簡単に転がされてしまう、素直なお人好し爺さんになったのでした。



 その日の午後、ミカエルは薬草畑の手入れをしていました。

 魔法薬の材料になる草花ですが、ラファエロに任せると枯らしてしまうか芽が出ないかの二択になるので、専らミカエルが世話をしています。

 水やりを終えた少年が玄関に向かうと、そこには二人の男性の姿がありました。


「やあ、ミカエル。ラファエロ様はご在宅かい?」


 こざっぱりした短髪に黒縁眼鏡が特徴的な青年は、ミカエルと目が合うと軽く手を上げて挨拶しました。焦げ茶色の髪と常磐色の瞳はまるで森のようで、温和な雰囲気と相まって包容力が半端ありません。


「ジョンさん。こんにちは。師匠はいつも通り暇してますよ。刺激がない毎日のせいで、ボケやしないかと心配です」


 少年のあけすけな物言いに、麓で貸本屋を営むジョンは苦笑いしました。


「そりゃよかった、と言っていいのかな。今日はお客さんを連れてきたんだ。あとこれはいつものやつ」


 ジョンは小脇に抱えていた紙袋をミカエルに渡しました。中身は弟のお下がりの服です。

 この小屋に住む師弟は容姿に恵まれていますが、二人とも衣服というかお洒落に頓着しないので、放っておくとすり切れるまで同じ服を着ています。

 見かねたジョンは、もう弟たちが着なくなった服をたびたび持ってくるようになりました。


「ようやく暖かくなってきたと思ったら、季節が逆行したような日が続いているからな。ここは森の中だし、雨の日や夜はかなり冷えるだろう」


 暦では初夏ですが、まだ寝るときには毛布が手放せません。

 この辺りの土地はよく言えば一年を通して涼しく、悪く言えば肌寒いのです。

 特に師弟が住む小屋は、やや標高が高い場所にあるうえに、立派な木々に囲まれているので一層体感気温が低いのでした。


 眼鏡の位置を直しながら、ジョンは世間話の定番である天候の話をしました。

 古着の差し入れは以前から定期的に行っていましたが、これからする頼み事への報酬の意もあります。

 ジョン自身の困りごとではありませんが、紹介者として手ぶらというのは気がひけたのです。


「いつもありがとうございます。一緒にいる方は、はじめましてですよね。どなたですか?」


 ジョンと連れ立った男を、ミカエルは見上げました。

 この辺りでは見かけない垢抜けた雰囲気の男性です。

 ミカエルは、顔ではなく首と手――年齢が出やすい部位に視線を走らせました。

 そしてジョンと同年代だと判断しました。


「ああ、パウロは俺の幼馴染みなんだ。村を出て隣町で働いていたんだが、二年前に戻ってきたんだよ。村はずれで農業を営んでいるから、会う機会が無かったんだろうな」

「ふうん。ジョンさんのお友達なら安心ですね」

「付き合いが復活したのは最近だけど、いいやつだよ」


 ジョンの実家は、子沢山の大家族です。

 祖母が健在だったころは、母が妊娠する度に子供たちを祖父の家へ預けていました。

 パウロと出会ったのもその時でした。小さな集落なので子供も少なく、祖父のところに滞在するたびに農家の一人息子だったパウロと連日遊んでいました。

 祖母が他界した頃には、長男だったジョンが弟たちの面倒をみれる年齢になっていたので預けられることもなくなり、パウロとの交流も自然と途絶えました。

 数年後にジョンが貸本屋を継ぐために村にやってきた時には、パウロは既に家を出た後でした。


「そうですか。では、パウロさん。ひとつ忠告しておきます」


 真剣な顔で告げられて、気圧されたパウロの喉が上下しました。


「師匠と話すときは言葉に気をつけてください」

「あ、ああ。もちろんだとも」


 パウロは助けを請う立場です。

 元より礼を欠くつもりはありませんでしたが、念押しされるということは、扉の奥にいる大魔法使いは相当気難しい人物に違いありません。



 高名な魔法使いであるラファエロの元には、噂を聞きつけた人が相談や依頼をしにきます。

 本日の客人である、パウロもその一人です。


 かの有名な大魔法使いが近所に住んでいると聞いていたものの、実際に会うのは初めてでした。

 こぢんまりとした山小屋の中には、素朴な空間に不釣り合いな美麗な男がロッキングチェアに腰掛けていました。

 ラファエロと目が合った瞬間、パウロは神聖な生き物と相対したような迫力を感じました。


「パウロさん。家に入る前に、ぼくが言ったことを覚えていますか?」


 師の側に立つミカエルに、パウロは神妙に頷きました。


「見ての通り、うちの師匠は全力で若作りをしていますが、中身は棺桶に腰掛けたご老体です。語彙が半世紀前から更新されていないので、今時の言葉が通じません。話していて『あ、わかってないな』と思ったら、表現を変えて言い直してください」


「そっち!?!?」



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最初の事件は前菜のようなものなので、本日中に解決します。

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