中編

 電車を乗り継いで、目的の空き家へと向かう。と言っても私は場所を知らないので、A子についていくことになるのだけど。一方でA子は迷わずどんどんと先に進んでいく。当然と言えば当然か。だってA子は一度、その家に行っているはずだから。

 その道中、ふと気になったことがあって、私はA子に問いかける。


「ねえ、あの話ってさ、どこまでが事実だったのかな」

「どこまで、とは?」

「えっとね、話の空き家が本当にあったとしても、A子は架空の人物でしょ? 確かに学校はあれをイメージしたけど、それ以外は全部想像の中の話だったんだよ。A子も含めて、どこから作られたが存在なのかなって」


 少し遠くに見える校舎を指差す私に、A子は呆れたようにため息をつく。変なことを言ったかな、と首を傾げる私に、A子はそれが当たり前であるかのように説明する。


「何言ってるんですか? 『A子』は実在しています。今、ここにも」

「いや、目の前のA子はちゃんといるんだろうけど――」

「それに、空き家も元からあったものですよ。曰くがあったわけではないですけど。少なくとも、モデルは全て本当にあったんです。だからこそ、全ての偶然が噛み合って、あの話が生まれてしまった。それだけの話です」

「それだけ、って……」


 興味なさそうにA子が話す一方で。私は今更ながらに責任を感じてきていた。学校を出したのは話をイメージしやすくするためで、そこの近所に空き家があるかなんてどうでもよかった。流石に自分の高校だと嘘ってバレちゃいそうだったから、ここの地域でそこそこ有名な高校を出しただけだ。だから、あんな偶然が起きるとも思っていなかった。

 そうやって苛む私を意にも介さず、A子は歩みを進めていく。


「さっきも言いましたけど、重要なのはこれからなんですよ。起きてしまったことはどうにもできないので。つまりは、事を解決してしまえばいいんです」

「っていっても、どうするの? まさかお化けと戦え、なんて言わないよね?」

「さあ、必要とあれば戦うかもしれませんね。とにかく、私達がすることは『話が嘘であると証明する』ということです」


 聞けば、私の話は白奈が本当にあったこととして、現在この世に存在しているそうだ。それをなんらかの方法で嘘であると証明するのだと、彼女は言う。

 

「なんらかって、結局どうするのさ」

「それがわからないから現場に向かっているんでしょう。なんて、話していたら着きましたよ。ここです」


 そう言って、A子は目の前の一軒家を見据える。唐突に、そしてあっさりと現れたそれを私もじっと見つめた。

 そこまで古いわけでない。しかし一切手入れはされていないようで、綺麗な雰囲気も感じられなかった。異臭こそしないものの嫌な空気を漂わせていて、なんとなく入るのが躊躇われてしまう。その一方、A子は特に気にする素振りもなく中に入っていく。一拍遅れて、私も彼女の後を追いかけた。


 中の様子は、まさしく異様だった。酷いくらいに荒らされて、物があちらこちらに散らかっている。いくつかの窓は割れているし、壁や床もところどころが傷ついている。当然電気なども通っているはずがないから、もう少し日が落ちれば真っ暗になってしまうだろう。幸い、A子が懐中電灯を持っていたので助かったけれど。


「それで、これからどうするの?」

「勿論、この家を調べて回るんですよ。安心してください、二手に分かれることはしませんので」

「よかったぁ。てっきり各自で見て回れ、とか言い出すんじゃないかと思ったよ」

「流石にできません。単独で動くとどちらかが消えることも十分想定できますし、どちらかが欠けても解決は難しくなるはずなので」


 なるほど、確かに元の話でも一人になった子が犠牲になったんだ。バラバラになれば、どっちかがいなくなってもおかしくないもんね。

 というか、ああ見えて私のこともちゃんと信頼してくれているみたいだ。これまで私に冷たかったから、守ってくれそうで少しホッとした。


「……何か勘違いしてないですか? 白奈がいてもらわないと困るのは、貴女が語り手で作り手だからです。創作元の情報も加味するのは当然でしょう?」

「そこは嘘でも友達だから、って言ってほしかったなぁ。実際仮にもそうなんだし」

「うるさいですね。そんなことより、解決のヒントの一つでも見つけてください」


 結局変わらず、ツンとした態度でA子は探索を開始する。私もあちこち見回しながら、自分で語った話を思い返していく。

 ここは、一家心中した家という設定のはずで、それを示すように家は荒れている。そしてここに残った怨念のせいなのか、入った人間が自殺してしまう、というのが話の内容だ。それならば、どうにかして私達を殺そうとしてくるのではないのだろうか。じゃあそれを回避すれば話が嘘だと証明される? いや、ただ回避するだけじゃダメだ。もっと根本的なところからどうにかしないといけないはずだ。

 そうして、私達は家の中を回った。廊下同様に荒れ果てたリビングに、ところどころ飛び散っている血痕。特に、そこで自害したであろうお風呂場の血は酷いままに残されていた。そこにいた家族の各部屋にも行ってみたけど、そこらはそこまで荒れてはいなかった。ただ、まだ行けていない子供部屋を除いて。


「――変ですね」

「なになに、何か見つけた?」

「いえ、そうではなくて。むしろ何もないんですよ。一家心中まで起こった原因が見つからないんです」


 なるほど、言われてみればそうかもしれない。正直私も違和感はあった。確かに家中は滅茶苦茶だけど、形だけ荒らしましたって感じにも見えた。ひょっとすると、元々この家に曰くなんて無かったのかもしれない。実際「一家心中が起きた」という設定だけがなぞられれば、そこに至るまでの経緯は、少なくとも聞き手にとっては重視されない。

 であれば、全ての曰くは私が作り出してしまったんだ。なら、私が片を付けなければいけない。それなら、行くべき場所は。


「女子高生が首を吊った、あの部屋ですよね」

「A子さ、私の心読めてるの?」

「そんなことないですよ。ただ、あの部屋は見過ごせないでしょう?」


 それはそうだ。あそこが唯一、私の話で具体的に出てきた部屋なんだから。

 行き先が決まった私達は、迷わずその子供部屋へと向かう。その道中、私は考えていた。どうやってあの怪談と決着をつければいのか。それは、まず心中した一家、つまりは呪いの根源に会わなければいけないはずだ。その方法も思いついてはいるけど、確証はなかった。


 話の内容やA子の記憶を頼りに、その部屋へと辿り着く。目の前には、何の変哲もない普通のドアだ。けれど、入るには少しばかりの覚悟を要した。一度深呼吸をして、そのドアをゆっくりと開く。

 その部屋は、一見ただの子供部屋にしか見えない。勉強机やベッドがあって、本棚には教科書が差し込まれている。ランドセルがあるのを見るに、子供は小学生なんだろう。

 そして部屋の中央には、内装に似つかわしくない首吊り輪がぶら下がっていた。話に出てきた少女がいないのが不可解だけど、倒れている椅子を見るに誰かが一回吊ったのだと推測できる。


「あの子は、いないんですね」

「誰かが外したのかも。それが外部の要因なのか、この家の呪いなのかはわからないけど」

「まあ、いないなら仕方ないですかね。どうです、何か思いつきました?」


 A子は深く気に留めることもなく、私に尋ねる。話の少女のことを気にしてるのかと思ったけど、解決以外に興味はないらしい。

 ともかくとして、この部屋に来たことで私が思いついた方法にいくらかの確証が得られた。だって、こんなにもお誂え向きにロープと台が用意されているんだ。そうしろ、と言っているようなものだろう。


「……多分、どうにかできると思う」

「ほう、聞かせてもらえますか?」

「うん。それはね、おびき寄せるんだ。あれを使って」


 天井にぶらさがるそれを指差して私が言うやいなや、A子の顔に緊張が走る。今までに見ない顔だけれど、当然だ。この方法は、一歩間違えれば死ぬだろう。たとえそれをするつもりがなくとも、呪いに飲み込まれれば本当に死にかねない。けれども一方で、この家の誰かが現れてくれるという確証もあった。

 けど、A子はそれを否定した。


「それは、ダメです。危険すぎます。言いましたよね、どちらが欠けてもいけないと」

「いや、そのリスクを加味してもやる価値はあるよ。それにこれ以上、私は役に立てないと思う。私が出せる情報はここまでだからさ」

「そういう話じゃないでしょう! 貴女は、死ぬのが怖くないんですか?」


 その言葉に、心が揺れ動く。当然、怖いに決まってるじゃないか。私は自己犠牲を厭わない主人公なんかじゃない。けど、これは私が原因で始まった話だ。だから、けじめはつけなくちゃいけない。

 その思いが伝わったのかどうかはわからない。けれどA子は肩をすくめてこちらを見つめた。


「それでも、やると言うんですね」

「勿論、死ぬつもりは毛頭ないよ。首に輪を掛けるつもりもない。ただ、この家の呪いにかかった侵入者を演じるだけ。A子は部屋の外に待機してもらって、私が大声をあげたら入ってきてもらえばいい。もし私に何かあれば、その時は助けてくれると嬉しいかな」

「正直気は乗りませんが、貴女はこうなると何を言ってもダメですからね」

「昔から知ってるみたいな言い草じゃん」

「幼馴染ですからね。そういう設定なので」


 そう返されて私が笑うと、A子もつられて頬を緩めた。

 覚悟は決まった。作戦決行だ。

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