Alima-夢想断片集-

@sin_dragon2

少年と黄金の歌

「うち、来る?」

 ありふれたビニール傘をありふれることのない黄金色をしたものに、差し出した。

「……………」

 ありふれることのない黄金色は昴の瞳で少年を見返すと、小さく肯定の意を示すように頷いた。




「風邪ひいてないようで良かったよ、あんな雨の中なのに」

「……」

「平気だったって?それはさっきの時点で今の天気を想像してから言ってよ」

 窓の外は霧雨より酷く、スラムの奥のあばら家では雫を凌ぐので精一杯だった。

「……」

 黄金色は少年に不満気な顔を向けて、大きめの布で拭かれる己の体を嫌嫌と捩る。

 少年は黄金色を拭いたせいで湿った布を放り出し、机の上にある皿からパンを半分ちぎって渡した。

「あげる。俺の夕飯」

 黄金色はここで申し訳なさげな態度を取ると少年が悲しむことを感じ取り、一息吐いてから仕方ないと言いたげに受け取った。お世辞にも豪華とは言い難いがパンの中身はクリームで満たされており、甘みがたちまち広がる。

「………!」

「どう?俺のお気に入り」

 少年は頬にクリームを付けたまま黄金色に笑いかけ、黄金色も少年に喜びを示した。

「……………」

「なんて言ってるかわかんないけど、ありがとうな」

 黄金色はその夜、久しぶりに気絶せず眠ることが出来た。




 雨後の霧に霞む町並み、そこでは全てのものが等しく幻想に包まれる権利を得ている。

 ​────そのはずだった。

「…………!」

「なあに?」

 幻想とは程遠い喧騒な音が低く低く広く響き渡り、当然少年達の耳にも届いた。

「ッッッッッッッこ、これが!俺の!媒介アクセションだあああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 興奮した男の声も響き渡る。

 少年は何かよく分からなかったが、黄金色の様子と雨後とは思えない白さの町並みから危ないものであると判断し、黄金色を連れて逃げようとした瞬間、煙が、少年を、

「……!!!!!」

 巻きとって音が如き速さで黄金色の元から消えていった。黄金色は間に合わない。間に合わせるだけの力がない。だがそれでも、追いかけずには居られなかった。

「…………!」

 一宿一飯の恩義?

 →その程度ならまた探せばいい

 傘の貸し?

 →そんなの貸し借りの程度に入らん

 じゃあ何故?

 何故?

 何故?

 何故?




 それでも、追わずには居られなかった。




 暖かさが、人の形を思い出させてくれたから。




「……少年ッッッッッ!!!!!」

 黄金色の獣、黄金色の鬼、否、黄金色をした髪の人が少年の為に、昴の瞳を再び燃やし立ち上がる。

 それが、今のやるべき事であるとわかったから。

 神の為でなく、信仰の為でなく、復讐の為でなく、力に溺死する為でなく​─────




 ただ、自分のそばにあってほしかったから。




「お前かァ〜〜〜〜〜?晒し首だったアイツを隠したのは〜〜〜〜?!」

「なんだよアンタ!離せよ!」

「くく…この場所にありながら俺の存在を知らねぇとは、いい身分してるじゃねぇのクソガキがよォ」

 白い霧、煙、いや人の形を取り戻していくそれは、おもむろに少年を石畳に叩きつけると再び叫んだ。

「俺様はァ!!"走狗ハウンズ"現マスターのシラフネだァァァァァァァァァ!!!!!」

 そして周りを見渡し、

「なァ!!!!!来てるんだろ!!!!"走狗ハウンズ"前マスターにして"黄金教団ゴールデンワンダー"元教主の"黄金色の破滅ルイン"さんよォ!!!こんなチビに縋るなんてお前本当に弱っちくなったなぁ!!!!!」

 シラフネは少年を再び煙で締め上げるが、その最中にひとつのアイデアを思いついた。

「そうだ!コイツの喉を絞りながら数えさせるからその間に出てこいよ!!出てこなかったらコイツは反逆罪で絞首刑な!!!」

「ぁ……ガッ……」

「ほれほれ〜数えないとお前の寝床が無くなるぞ〜〜!!」

 弄ばれる少年。なんとか逃げようとするも、薄れゆく意識の中減っていくのは媒介の煙ではなく肺の中の空気だけだった。

「か、こひゅっ」

「お?数える間もなく刑執行か?俺はそれでも構わないぜェ」

「…て」

 煙の中でふたつの昴が揺らめく。

「お、来たか」

「待て」

「なぁ、俺達折角の再会だぜ?ちょっとぐらい余興があったっていいだろ?」

 シラフネは締め上げる手を緩めない。

「その手を離せよ」

「俺の話聞けよルイン!!!!!」

「聞くまでもねぇから離せつってんだろうがシラフネェェェェェ!!」




 瞬間、少年を包んでいた媒介の煙が解けたと同時にルインの媒介音アクセション・サウンズとシラフネの媒介煙アクセション・スモッグがぶつかり、弾け、残ったのはルインの媒介音だった。

「ッ……それでも!!!!!」

 素早くシードを放ったのはシラフネの方だった。しかし、媒介アクセションの真理を垣間見て力へと変えたルインの波は凄まじかった。

 シードが放つ煙を全てかき消し、破壊したと思った時には既に遅く、己の意識が刈り取られたと察したのはルインの放った媒介音拳アクセション・サウンズ・ナックルが頬に鈍い痛みを与える直前だった。




「……目が覚めたか」

「黄金色…の…お兄さん……?」

「そうだ。ずっと輪郭誤魔化したり黙ってたりしてて悪かったな少年」

「それより……」

 もう大丈夫なの、と少年が言おうとした時、ルインが人差し指を少年の唇にスっとあてた。

「静かにしてろ。こいつ1人だったからなんとかできたが、他にも"走狗ハウンズ"が俺を追いかけている可能性がある」

「でも……!」

「でもじゃねぇ、元はと言えば俺がきちんと教団の始末を出来なかったのがいけないんだ」

「じゃあ、どうするの」

「こいつ……さっきお前の首を絞めてた男が目を覚ましたら情報を全部吐かせて最後の掃除をして終いだ」

「そしたら、また一緒にパン食べれる?」

「ああ、またあの美味いクリームパン分けてくれ」

「……約束だよ」

「そうだな」

 じゃあね、黄金色のお兄さん。と少年が別れを告げとてとてとスラム街へ立ち去って少し、ルインがわざとらしく呟く。

「起きてんだろ、シラフネ」

「ぃっつ……寝てたに決まってるだろうがよ、ルイン」

「じゃあさっさと目ェ覚ませ、もう洗脳は解けてんだろ」

「なんだ、バレてたのかよ」

「本気のお前なら媒介煙アクセション・スモッグをシードに仕込まないで隠密に振り切ってたろ」

「へいへい、マスター殿には全部お見通しですってか」

「それよりの最後の仕事を済ませるぞ」

「そんなに気に入ったのか?この世界」

「ああ、思いっきり全力出したあとのクリームパンは美味い」

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