芝刈り機転生 ~芝刈り機がモンスターを耕して草生える異世界転生~

七渕ハチ

芝を刈る者

 芝刈家の歴史は江戸時代にさかのぼる。草を刈らせれば右に出る者なしと謳われた初代、草次郎は将軍家に召し抱えられて芝刈の名字を拝領した。


 以降、屋敷などの庭園を手掛けるまでに活躍の場を広げる。現在には日本で有数の造園会社として様々な仕事を引き受けていた。


 しかし、年々その量も減ってくる。生活様式の変遷に合わせた新事業も激しい競争率で順調とは言いづらい。労働環境も炎天下や雨天の作業が当たり前で人手不足に直面中だった。


 自分も芝刈家に生まれながら将来へ不安を感じて、造園と無関係の仕事に就く。元より期待されていなかったのか、家族間でのトラブルは起こらず拍子抜けした。


 ただ、芝刈の名は珍しいため職場でも話題になる。従業員が五十人を下回る会社で社長との距離も近く、家へ招かれる機会が訪れると自慢に庭を見せられた。


 これもコミュニケーションかと、手伝いで身に付けた技を披露しようとしたところ。用意されたのはエンジン式の手押し芝刈り機で戸惑ってしまう。


 まずは手鎌で魂を学ぶ古い教育方針により、文明の力に触れてこなかった弊害だ。さすがに道具の問題で断れる空気ではない。なんとかスターターを引き、動かしてみると獰猛なエンジンが唸り声を上げて牙を向く。


 ハンドルの握り方を誤ったせいか、単純に力が入りすぎたせいか。想像を超えた推進力で前方に転ぶ。その勢いで芝刈り機が宙を舞って綺麗に引っくり返った。


 回転する刃は無情にも、下へ潜り込むように倒れた間抜けな人間を耕す。新鮮なトマト顔負けの鮮血が人生最後に見た光景だった、はずなのだが。


「おぎゃあ! おぎゃあ!」


 ぼんやり霞がかった白黒の視界に赤ちゃんの泣き声が聞こえてくる。身体の自由が利かず病院に運ばれてきたと考えるしかなかった。


 あの大参事でよく生きていたと振り返るも、すぐに勘違いだと気づく。信じられないことに赤ちゃんの鳴き声を発したのが自分だった。


 まさかと否定したところで意識の浮き沈みが短い間隔で繰り返されるだけ。前世の記憶を持つ子供の事例はテレビで見た覚えがある、というのもまた前世に置いてか。よりによって芝刈りが得意なんで、と引き受けて自分を耕した馬鹿とは。プギャーと指差し笑われる失態を何度も思い出し、ギャン泣きする日々が続いた。


 そして、どうやら俺は捨てられたようだ。余計な記憶の分、他の赤ちゃんと差異が生まれて気味悪がられたのかもしれない。不幸中の幸いか孤児院を兼ねる教会に拾われたので命は助かった。


 歳を重ねるうちに新たな知識が蓄積されていくと驚きの事実も判明する。前世の記憶が全て別世界の内容だった。


 こうなると異常者に磨きがかかるけど、見かけ上は普通の人間。それに教会が町外れの森に建つため、芝刈りのスキルは役に立つ。子供とはいえ衣食住で世話になっている以上、何かしら仕事をしなければならなかった。


「シバ兄、草を取るの早いよね!」


「まあな」


 いつしか自分よりも年下の子供が増えてくる。言葉を話せるようになった頃、なんと呼ばれていたか記憶にあるか、と聞かれてつい芝刈と名乗るも。シバと略されるのが日常になった。


「おいシバ、お前もそろそろか」


 十二歳も目前になると、教会を任された敬虔なシスター気取りのヤニカスヤンキーが木剣を渡してくる。


「暴力を知らねーと、すぐ野垂れ死ぬからな」


 何事かと思えば戦い方を教えてくれるらしい。この世界には動物と一線を画すモンスターが存在し、人里離れた場所は危険地帯だった。


 教会では独り立ちが十二歳と定められているので、最期の特別授業だ。ここで世話を受けて以来、そんなかわいがりを見たことなどないのに。心の中でのヤンキー呼ばわりが癪に障る感覚で伝わった説はある。


「おら、打ち込みが甘い」


 オレに向かって攻撃しろという物騒な指導も、同じ木剣で簡単に防がれる。


「ぐっ!」


 しかも容赦なく反撃がくるドエムに嬉しい仕様ときた。目覚めさせてどうするつもりなのか。


 芝刈りでそこそこの筋肉が育っていても、それから毎日かわいがられると疲労でよく眠れた。健康的な生活を送れて本当に感謝だな。


「今日は頼んだぞ」


 ヤンキーは午後に出かけて翌日まで帰らないことがあった。その時は最年長が皆の面倒を見る。つまりは独り立ち間近な自分の担当だ。


 一人でトイレに行くのが難しい子供もいるため、忙しく走り回る。こればかりはサボらず気を配って、夜には全員を寝かしつけた。


「シバ兄、トイレ……」


 俺はトイレじゃないとの無駄なツッコミを飲み込み、途中で起きた子に付き添う。普段はヤンキーの仕事だと考えれば眠気も覚めた。


「何か音、鳴ってる?」


「ちゃんと戸締りできてなかったかな」


 手をつないで礼拝堂に向かうと聞こえてきた嫌な音に足が止まる。


「ゲヒャー!」


 明らかに風とは違う生物的な声で、子供を抱きかかえ寝室に走った。部屋で下ろし床の金属扉を踏ん張って開ける。


「シバ兄……?」


「今日は風が強い。建物が心配だから地下室に入ろうか」


 年長組を優先で起こし残る全員を任せた。自分は壁に立てかけられた鞘付きの剣を手に礼拝堂へ戻る。皆が地下室に身を隠すまで時間を稼ぐ必要があった。


 一人なら頑張って走れば逃げ切れる、はずだ。よりによってのタイミングで発生した非常事態への文句は後回し。礼拝堂の施錠はされていて大丈夫と安心するも……。


――パリン!


「ゲヒャヒャ!」


 窓が割れて破片が床に散らばった。入ってきたのは肌が緑色のモンスター、ゴブリンだ。太い鼻に分厚く折れ曲がった耳、ポッコリと膨らむビール腹が特徴的で、身長は大人の腰程度と低いが子供には十分な恐怖感を与えた。


「おいおい……」


 不法侵入のゴブリンは二匹三匹と増えていき、九匹の団体様に膨れ上がる。教会の何を嗅ぎつけて興味を持ったのか。幼子のフレッシュな肉に誘われた、なんて嗜好は勘弁願いたい。


「ゲヒャー!」


 それぞれが粗削りな木の棍棒を握っている。覚悟を決めて鞘から剣を抜く。木剣に比べてずっしりな金属製だが、その重さで吹き飛ばしてやると気持ちを奮い立たせた。弱気になったら負けだ。


「シ、シバ兄……!」


 子供の一人が後ろで怯えた顔を覗かせる。トラブル意外に、こんな場所へ来る理由はない。


「地下室の扉が重くて……」


「閉まらなかったか」


 完全な構造の欠陥だった。開きっぱなしだと単なる袋小路で凄惨な虐殺現場の出来上がりだ。自分も部屋で立てこもれば良かったとの反省は生きてこそで、どうにか戻りたいが……。


「ゲヒャ!」


「くそ!」


 ゴブリンは待ってくれず棍棒を剣で受け止める。体躯の割りに力が強く倒されそうになった。


「ゲヒャー!」


「やめて!」


 少しでも手こずると他の個体が好き放題に動き回る。なんとか目の前の一匹を押しのけ、子供に襲い掛かるゴブリンへ剣を突き刺す。


「ゲギャ……!」


 よしと思えたのも一瞬。上手く剣が抜けず、やらかしたことに気づいた。


「シバ兄!」


 判断の誤りばかりで咄嗟に身体を動かすのが精一杯だ。剣を手放し、せめてこの子だけはと上に覆いかぶさった。


「ゲヒャヒャヒャ!」


「っ!」


 背中を殴打されながら床を這いずる。長椅子下の隙間に挟まって自分がふたになれば、ゴブリンはそのうち諦める。きっと地下室も見逃して全部がハッピーエンディングだ。朦朧とする意識を死ぬ気でつなぎ止めた。


――ドゥルルン……ドゥルルン……。


 耳鳴りの奥で流れ始めた妙な幻聴も、どこかで聞いたなと記憶をさかのぼって底力に変える。


――ドゥルルン……ドゥルルン……。


 閉じた目には小さな光が映る。そこからロープが垂れ下がり先端に付くグリップが、ゆっくり揺れた。天使か悪魔のお迎えならもはやこれまでだが。まだまだ燃やせる命はあると手を伸ばす。グリップを握ると身体に電撃が走った。


――ブイーン、バリバリバリ!


「ゲギャギャー!」


 けたたましい音に目が開く。なぜかみなぎる力に後ろを向くと、エンジン式の手押し芝刈り機がゴブリンを耕していた。


 いつか見た光景というか、前世最後のやつだった。よく分からない状況にも必死ですがる以外になく、立ち上がって芝刈り機のハンドルに飛びつく。


――ブイーン、バリバリバリ!


「ゲギャ! ギャヒー……!」


 暴れ馬と化した芝刈り機が縦横無尽に礼拝堂を駆け回る。轢かれたゴブリンどもが血をぶちまけていき、スプラッタな空間に早変わりだ。


 ハンドルを放すと今度は自分が耕かされかねない。異常な推進力に引っ張られながら、足をもつれさせても長椅子の下にいる子供は避けた。


 戻った力も徐々に失われ身体が痙攣を始めると、急に芝刈り機が消えてしまう。派手に動くなか支えがなくなり、盛大に倒れて床を滑った。


「……」


 礼拝堂がシンと静まる。耳がいかれたのでなければ、九匹いたゴブリンは全て死んだと見ていいだろう。


――ドゴオン!


 そこへ轟音が聞こえて木の破片を視界の端に捉える。これは入口の扉? まったく、次から次へと……なんて日だ。


「手荒い訪問失礼する。何か騒ぎが起こっていると思い様子を見にきた」


 人の声にまずは安堵する。


「ふむ、ゴブリンの襲撃に遭ったか。この近辺で目撃報告はなかったが」


 歩いてきたのは自分と同じ年齢ほどの二人組だ。半ズボンとサスペンダー姿の金髪少年は雰囲気が貴族っぽい。もう一方はメイド服の少女で三つ編みの緑髪が毒々しい印象を与えた。


「あの……長椅子の下に子供が一人と、地下室にも……」


「行ってこい、セレマ」


「分かりました、クソ坊ちゃま」


「クソは余計だ」


 助かったと納得できたところで意識を失う。その後、数日を寝て過ごしたとヤンキーに聞いた。結果的に重傷者が一人で済んだらしく留守番の仕事は完遂だ。


 ゴブリンは近くに新しいダンジョンが生まれた影響で現れたとか。予期せず教会が危険に陥ったため、ヤンキーが妹を連れてきて管理は二人体制になる。どちらもヤニカスなのが残念だった。


 十二歳はすぐに訪れて教会へ馬車が迎えに来る。独り立ちとはいえ子供が社会に放り出されても生きていくのは難しい。そこで商会による支援が行われた。慈善活動は真っ当な団体との評価を受けやすく、権力者との繋がりを作る手段でもあった。しばらくは下働きで得意分野を探さなければならない。


「お前は冒険者になったらどうだ。例の貴族も期待してたぞ」


 ヤンキーが礼拝堂の入り口扉を破壊した二人組について付け足す。結局、お礼すら言えず仕舞いだった。


「シバ兄、元気でね!」


「ブイーン、バリバリバリ!」


「バリバリバリー!」


 見送りの際には皆が芝刈り機の真似をする。ゴブリンに襲われたとき礼拝堂にいた子供がやり始めた狂気で、謎に流行ってしまった。トラウマレベルの記憶だと思うが、ふざけることで上書きになるのならと、自分もよく混ざっては奇声を上げた。


 あれ以来、芝刈り機は一度も現れず披露できないまま。魔法が存在する世界なので不思議は適当に流すのが正解だった。


 馬車に揺られて向かったのは王都で、無数の貴族屋敷が待っていた。つまり、庭仕事の需要が多く芝刈りでひと財産築けそうだと鎌を握る。新たな環境で芝刈家の名を轟かせるのも悪くなかった。


「おい、そこの」


 しかし、その思惑は崩れ去る。色々な屋敷を周りに回った結果、例の貴族と再会してしまう。ネガティブな理由は冒険者になり護衛を引き受けろと命令されたから。さすがは権力者、有無を言わせず強制的に庭師は廃業だった。


「ブイーン、バリバリバリ!」


 そして、芝刈り機マンに変身する術を会得しモンスターと戦う過酷な日々が始まる。人生とは、上手くいかないものだ。

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