第1話 転生?

「どこだここ」


 どうやら俺は死んだらしい。

 過度なストレス?罵詈雑言や暴力の嵐で?重度の食べ過ぎ?

 まぁ「どれがどれで死ぬから」とかは良くわからないが、すべてが運悪く当たったのだろう。


 前の世界にはもう未練はない。逆に恨むという気力もなかった。

 普通の人だったら、恨んだりして復讐だったりするのだろうか。まぁそんなことはどうでもいい。


 ここは前の世界とは断じて違う。その理由として…


 俺の目の前に広がっていたのは、すごくきれいな草原だったからだ。

 そして俺が踏んでいる土の道。

 本当によくわからないが、俺は「転生」というものをしたのだろう。


 俺はその土の道をたどり、周りの草原を見つめながら進んでいくと、同時に水たまりを見つけた。

 その水たまりに近づき、俺はその水たまりを見た。



「…なんじゃこりゃ」



 水たまりを鏡にして俺の顔を覗くと、それは前居た世界の顔とはぜんぜん違う、多分「イケメン」とやらに顔がすり替わっていた。

 髪は黒色。そこまで目立った様子はないが、前の世界とはぜんぜん違うサラサラな髪質だ。

 そして顔。めちゃくちゃあったニキビはすべて消滅し、ぽっちゃりと膨れていた頬はシュッと締まっている。

 そのまま体に目を向けると、前まで突起していたお腹はしっかり収まっていた。



 これは「転生」と言えるのか?

 個人的に「転生」とは、異世界で生まれた子供に、前世の世界の人の記憶が宿ることと認識している。

 でも異世界の住人こいつは、明らかに子供ではないし、「転移」と考えるなら前の世界とは全然違う体型、違う顔…絶対に何かが違う。

 異世界の住人こいつに、俺の意識が宿ったということだろうか…?



 いや、よそう。

 最終的に俺の意識が宿っているんだ。俺の体には変わりない。

 他の人の体だとしても、その人の意識はもう無い。うん。



『何言ってんだ。あたしの意識はちゃんと残ってるぞ。』



 うん………。



「ってうおっ!???」



 俺がそう考えた瞬間、柔らかい、でも言葉遣いが少しだけ耳にツンと残る声が聞こえた。

 いや…感じた?



「え…?どこから喋ってるんだ???」



 耳から聞こえたというのは幻聴なのか、その声の持ち主は俺が周りを見渡す限りはどこにもいない。

 俺は必死に顔をぶんぶんと振り、その持ち主を探し始める。



『この声は脳に直接語りかけている。

 逆に考えてみろ。その体の持ち主はあたしなんだぞ?』


「……じゃああなたの体の中に勝手に入ったのが俺と言うこと…?」


『うーむ、まぁ半分が正解だ。

 ”勝手に”、というより、あたしが”呼び出した”。』


「呼び出した…?」



 彼女(?)はそのまま説明してくれた。

 人類で”初めて”異世界人を召喚させた結果、失敗し、間違えて自分の体を犠牲にしたらしいのだ。

 その召喚できるのは体と意識のどっちもではなく、意識だけだったらしい。

 犠牲、というより、その異世界人の体が必要だったのだ。



『…と、言うことだ。』


 彼女が説明しているのを聞きながら俺は土の道をゆっくり歩いていく。

「そっちのほうが時間短縮になるだろう」と、彼女が提案したものだ。


「じゃあこの体は?俺は少なくともこんなイケメンじゃなかったぞ?」

『それはあたしの体を少しだけ改造し、男っぽくしたものだ。

 元々「転生させるのは男」という設定をしていて、色々と用意してあげたのだ。』


 じゃあなんで意識だけが転生するってことが理解できなかったんでしょうね…と思いながらも俺は背中に装備されていた剣を抜く。


「じゃあこれも?」

『そうだ。剣より魔法杖派だったか?』



「……いや、剣の方が好きだ。」

『それはよかった。』


 鋭く光っている剣をじっくり見て、そして背中の鞘に入れた。



 俺は「異世界転生」という物語に興味が全くなかったというわけではない。

 学校で支給されていたパソコンでWeb小説を読んでいたまでだ。まぁ家ではまずまずWi-Fiのパスワードすら知らなくて、学校でしか読まなかったが。

 小説を読むくらいしかできなくて、アニメ化したと聞いてもそのアニメが見れなかったことが多かったから、最初は少しだけ戸惑って、長かったら諦めたりとかしていた。

 が、慣れていくと次第に楽しく読めていき、俺はどっぷり浸かってしまったのだ。


 その中でも最高に好きだったのが、ソードマンが主人公の物語だった。

 片手剣を駆使し、いろんな敵を倒していく。そんな姿に憧れていた。


 俺は案外想像力が豊かなのか、いろんなことを想像して読むことができた。

 主人公がどんな行動をして、どんな思いを持っていて…とこのように楽しく考えることができたのだった。



『…なるほど、そういった過去があったのか』

「……え?何言ってんだ?」



 体がなく、声しか聞こえない俺でも、呆れた表情をしていたのは手に取るように分かった。

 そしてそのまま彼女は説明を続けた。



『あたしは”口”では喋っていない。だからお前も口で喋らなくてもあたしと会話ができるのだ。』


「…は?ってことは……」



 俺は確定な証拠がないまま、頭の中で言葉を唱えてみた。

 彼女にそう言われるってことは大体察しがついたからな。いやでもこれで本当に合ってたら怖い。

 死ぬまで俺は異世界の住人こいつに脳ミソを監視されながら生きるってことだろ?絶対嫌だ。

 いやー、でも異世界の住人こいつがこう言うのなら、絶対そうだよな…



『あぁ。そうだ。お前が何か考えるたびにあたしに筒抜けだ。』

「…でしょうね」


 俺は大きな溜息を吐いて俯いた。

 そんな様子を見た彼女は『はははっ、まぁそんなに落ち込むでない』と俺を励ましてくれた。


『あたしは今、お前の世界のテレビ?とやらと同じ状態になっている。だからあたしがお前の体を動かすことはできないし、お前が望むのならあたしはなにも言わないことができる。』


 でも最終的に俺の行動を隅々まで見てるってことでしょ?俺が考えていることも。


『あぁそうだ。』



 はぁぁぁぁ…

 全然励ましになってねぇよ!と怒鳴りそうになったがここではグッとこらえ、俺は土の道を歩いていく。

 話しているうちにずいぶん経ったからか、目の前に大きい街が見えてくる。


『おっと、最初の街があそこだな。』

「なんて言う町だ?」

『ふむ、果たしてなんて言う名前だったか…』

「お前この世界の住人ならそれくらい覚えておけよ……」

『うるさいやつだなぁ、街のことなんて一個一個覚えてるわけないだろ?旅なんてしたことないんだし。』

『あっ、思い出した。あの街は…


 ”アークト”だ。』



 ◇ ◇ ◇



 街には案外すんなり入ることができた。

 服装も前の世界の服ではなく、異世界の住人こいつが用意してくれたやつだからあまり浮いてない…気がする。


 そのまま俺はこの街を歩いていく。


 うん、流石異世界。

 風景は中世ヨーロッパみたいな感じで、魔法は身近にあるみたい。

 周りのみんなは大体魔法を使い、なんなら子供でも小さな魔法だったら使えるらしい。

 んじゃ俺も使えるのかな?と考えるのが普通だが、まぁ異世界の住人こいつに時間があったら聞くとしよう。


 そのまま俺は街を歩いていると、ふと疑問に思った。

 流石に一人で喋りながらだと不審がられるよな…


『あぁ、多分不審がられるな。』

『うぐっ…だろうな…。

 ってか急に俺が思ってることにツッコミを入れるなよ…びっくりするじゃん…。』

『それで?質問とやらはなんだ?』

『なにも話聞いてないんかい。』


『まぁそんな改まって聞くことじゃないんだけど、俺はこれからどこへ行けばいいんだ?

 今は街の中をぶらぶらと歩いているだけだが』


『ウェブ?小説とやらでこの世界のことは知っているんじゃないのか?』

『Web小説ならこのまま冒険者ギルドに行って、ギルド登録とかするんじゃないのか?』

『うむ、そうだ。合っている。

 そのままお前の読んだことあるウェブ小説とやらと同じようにするんだ。』


 一瞬、Web小説の世界と同じなのか?と思ったが、それは無いと断言できた。

 あの世界はあまり魔法が普及してなく、詠唱が必要だったからだ。

 主人公も詠唱をしていて、詠唱が嫌だからという理由で剣を振ってたんだっけ?もう覚えてないや。

 この世界は見る限り詠唱がいらないように見える。わからないが。


『まぁいいや、じゃあギルドの場所を教えてくれ。』

『わかった。ギルドの場所は…』



 俺はそのまま彼女が言った通りに道を進み、あっという間にギルドに到着できた。

 その間に、飯のいい匂いだったりかっこいい防具が展示されてたりと色々あったが、異世界の住人こいつに止められてやめることにした。

 まずまずお金も持ってないしな。


 冒険者ギルドに入ると目の前に受付嬢と思われる人が見えた。

 俺はそのままその人の前に行き、「ギルドに登録したいのですが」と申し出た。


「ギルドの新規登録ですね。少々お待ちください。」


 受付嬢は一度受付の中に入り、書類を俺に提示してきた。


「それでは、ここにお名前と生年月日、性別、その他諸々、この書類に書いて提出してください。」


 ふむ、名前、か。

 俺は時間がかかると予想し、受付嬢に申し出た。


「すみません、少しだけ時間がかかるので、あの席で書いていいですか?」

「はい。全然大丈夫ですよ。ゆっくりで大丈夫です。」

「すみません、ありがとうございます。」


 俺はそのまま指を刺した席に座った。


『なんで時間がかかるんだ?』

『まずは俺の性別についてだ。お前の体を俺が使ってるということだよな?』

『あぁそうだ。まぁ男に改造したがな』

『それはもう本当に男になってるってことか?』



 いや待て…?

 こいつの体なら……股間はどうなってるんだ…???



『なら自分で調べてこい。トイレならあっちだ。』

『はぁ????』


 俺の考えを読んでいた、というかもう読んでいる異世界の住人こいつは、俺の息子を自分で確認して来いと言ってきやがった。

 まぁ別にいいけどさぁ、一応お前の体なんだぞ?少しだけ抵抗とかないんか?とか思ったが、まぁ男に改造してあるって言ってたし、良いのか…?


 一応その書類は持っていき、トイレに籠った。



『ほら、男だっただろう?』

『そう、だったな。』


 それはそれはもう前世の俺の息子よりご立派でしたよ。うん。

 立派な立派な聖剣エクスカリバー。泣きたくなってきた…

 前世の息子よ。本当にごめんな。



 俺は書類を持ってさっきの席に戻った。

 そして色々と質問をした。


『生年月日とかは前世と同じでいいのか?』

『あぁ。大体は同じにしてある。』

『あっ、あと名前なんだけどさ』

『なんだ?前世の名前を使えばいいではないか。』 

『いや、それなんだけど』


 俺は前世の名前を捨てることにした。

 理由は、あんな前世みたいな生き方をしたくなかったから。

 本当に「帰りたい」と思える、家が欲しかったから。

 そんな理由だ。

 そしてせっかくの異世界だ。すべてやり直して、俺が好きなように好きなことをして過ごしたいと思ったんだ。

 と、そのまま異世界の住人こいつに伝えた。


『なるほど。じゃああたしが名前を付けてやろう。』

『おっまじか、気が利ける』

『うーむ、じゃあ



 ”リセル”とかどうだろうか。”リセル・インサニア”。』



『おぉ、かっこいいなそれ』

『ちなみにインサニアはあたしの名前だ。クロエ・インサニア。』

『いやお前の名前かい。』


 リセル、か。

 英語の勉強はあまりやってなかったから意味は分からないが、多分良い意味だろう。不思議にそう思えた。

 あと異世界の住人こいつはクロエというのか。なんとなく良い名前。うん。


『もっと褒めるがよい』

『うるさいぞ。

 まぁ”リセル・インサニア”と名乗るよこれからは。』


 俺はそうクロエに言い、書類に書いた。

 リセル・インサニア。これが俺の名前だ。心に刻んでおこう。

 なんでか、すごく気に入った。


 そのまま書類を受付嬢に渡した。


「はい、受け取りました!

 リセルさん、ですね。ようこそ、冒険者ギルドへ!」


「ギルドの説明はしますか?」

「あ、一応お願いします。」


 Web小説と同じとクロエから聞いても、まだ違うところはありそうだから聞いておいた。

 受付嬢さんは説明が上手い。多分誰でも理解できるだろう。


 冒険者ギルドはランクに分かれていて、下から順にE、D、C、B、A、S、SSと続いており、一番高いのがSS、SSS、と続いてZランクだそう。

 Aくらいになるとどれでも依頼を受けられるそうだ。

 そしてZランクという項目を設けているが、実際にはZランクに上った人はたった一人くらいしかいないらしい。

 俺的に、懐に余裕をもって飯が食えて宿でゆったりできて、時には"ソードマン"として冒険者できればそれでよかったため、そこらへんはあまり聞かないでおいた。



「そんなところですね。まだなにか質問があれば私に申し付け下さい。」

「説明してくださってありがとうございました。」

「はい!…あっ、できたようですね。」


 受付嬢は俺に一枚のプレートのような物を渡してきた。


「これは?」

「これは冒険者プレートです。ランクが上がるごとにプレートの素材が変わっていったり、プレートを見せると宿代が安くなったり、ご飯もよりお得に食べられることができます。あとは、身分証明書としても使えますね。」

「そうですか。


 丁寧に説明してくださり、ありがとうございました!」


 俺は受付を後にした。

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