花火の向こう、君の夏
智沢蛸(さとざわ・たこる)
前編:花火の向こう、君の夏-rato-
文化祭も終わって数日。
9月に入ったのに、まだ夏の匂いが残っていた。
駅前のロータリーで、私は
浴衣の袖口に入る風が、思ったよりもぬるい。
放課後、職員室で
「文学で言う“祭”はね、時間の区切りなんだよ。終わりと始まりを繋ぐ儀式だ。
……さて、君は何を区切りに行くんだろうね。」
その時は、ふうん、と曖昧にうなずいただけだった。
でも、こうして待っていると、その言葉が胸のどこかに引っかかって離れない。
――きっかけは、数日前のことだった。
文化祭の片づけを終えて校舎を出るとき、圭一君がふいに声をかけてきた。
「夏祭り、行かない?」
思いがけなくて、返事が一拍遅れた。
胸の奥が、変に高鳴る。
「え、いいけど……。」
言った後で、どうしてだろうと自分で驚いた。
その瞬間、音楽室での出来事がよみがえる。
軽音楽部の練習に顔を出していたとき、
Whiteberryの「夏祭り」。
その音を聴いているうち、私は奇妙な光景にとらわれた。
夏祭りでの夜。
提灯の灯り、人の流れ。
高校生ぐらいのカップルが立っている。
その女の子を見た瞬間、胸がきゅっと縮んだ。
同じ背丈、同じ髪型。
――私だ。
一緒にいるのは誰?
顔を確かめようとしても、どうしても見えない。
靄がかかったみたいに、ぼやけている。
誰なの?
そのとき、圭一君の声が現実に引き戻した。
「みんなも誘っとく?」
わたしは思わず
「ねえ、みんなも一緒に行かない?」
素子は、一瞬だけ私の顔を見て、それからうなずいた。
何も言わなかったのに、見透かされた気がした。
「いいよ。
ほっとした。
2人きりじゃない。
――そう思ったはずなのに。
今朝、素子からLINEが届いた。
〈ごめん、今日は行けなくなった。楽しんできて〉
理由は書かれていない。
けれど、なぜか聞き返せなかった。
「おーい、待った?」
顔をあげると、圭一君が手を振っていた。
Tシャツにジーンズ。
制服でもユニフォームでもない姿が、少しだけ新鮮に見えた。
「ううん、今来たとこ。」
二人で参道へ向かう。
夜店の灯が瞬き、人の流れがゆっくりと動いている。
2人でヨーヨー釣りにチャレンジした。
「見て、取れた!」
「おう、上手いな。」
「圭一君のやってみなよ。」
「いや、俺はいいって。」
そういいながらも、圭一君もヨーヨー釣りに挑む。
でも失敗して、すぐに糸が切れてしまった。
ヨーヨーが落ちて、水が跳ねる。
「ほら。俺、こういうの苦手なんだよ。」
「あはは。」
笑ったとき、距離が少し近いと気づく。
肩が触れそうで、触れない。
――もし、あの男の子が圭一君だったら?
すぐに首を振る。
そんなわけない。
川辺に人が集まり始め、最初の花火が上がった。
赤い光が夜空に開く。
その瞬間、胸が強く鳴った。
横を見る。
花火の光に照らされた圭一君の横顔。
なぜか安心する。
(あ、同じだ。
あの時、私が見ていたのは――圭一君?)
そう思った途端、怖くなった。
でも、素子のことも誘ってたし、二人きりは偶然だよね。
圭一君が私を好き?
……ぜんぜん、そんなことない。
花火の音に紛れて、私はその考えを胸の奥に押し込めた。
帰り道、いつも通りに話して、改札で手を振って別れる。
家に帰り、髪をほどき、浴衣をたたむ。
鏡に映る自分の顔が、まだ少し赤い気がした。
たぶん、気のせいだ。
◇◆◇◆
【作者メモ】
「風の歌を聴いて」の後日談として書きました。
文化祭のあとに訪れる、少しだけ特別な夏の夜。
何かが始まったわけでも、終わったわけでもない、ただ一度きりの時間です。
高校生の頃、理由もなく胸がざわついた瞬間や、
あとになって思い出すと妙に鮮明に残っている夜――
そんな記憶の感触を描ければと思いました。
後編「花火の向こう、君の夏-nilo」は圭一視点となります。
3月6日公開予定です。
よろしければ、もう少しだけこの夏にお付き合いください。
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