第2話 失礼な貴族

 アウリス様からもらった地図を頼りに、街の中心部を歩く。ひときわ目をひく大きな屋敷には花々が咲き乱れ、主人はどれだけの財産を持っているのだろうと想像してしまう。

 ここが、次の依頼主が住んでいる場所。少し浅くなる呼吸を感じながら、私はきらびやかな門を潜った。

 

 次の依頼はどうやら「魔法の天才」と呼ばれる若い伯爵、ライセ・ルースト様直々のものだそうだ。彼について話を聞くと、アウリス様からは「喧嘩しないことを祈っているよ」の一点張り。なかなかに厄介者の貴族であることに間違いはなさそうだ。

 

 召使たちに「あなたが例の画家なんですか!?」と驚いた表情で見られつつ、屋敷に通される。案内された部屋は、豪華絢爛としか言いようがなかった。魔法の天才が暮らす部屋にふさわしく、装飾の凝った杖が何本も飾られている。

 

 「こんにちは、ルリネさん」

 凛とした声にはっと振り返ると、若い男性が部屋に入ってくるところだった。青い髪は毛先にかけて緑色を混ぜたようで、両耳に大きな耳飾りをつけている。穏やかな微笑みと、なぜか白衣を身に着けているその立ち姿に、私は少し息をのんだ。

 「こんにちは。……失礼ですが、あなたは?」

 「僕はレネー・クーラルと申します。以後お見知りおきを」

 「ええと、ライセ様はどちらに?」


 私の質問に、彼は首を傾げてまた微笑んだ。白い手袋を口元に運び、「何から説明しましょう」と小さく呟く。

 「ライセ様とお会いする前に、少しだけ僕の話にお付き合いいただけないでしょうか。彼の身に関わる大切なことでして」

 「はい……?」

 彼の黒い瞳は、その時急に鋭い光を帯びた。私に向けられる表情は固く、召使たちは静かに部屋をあとにする。

 

 「この肖像の依頼は、彼の人生に関わるものです。どうか、ライセ様のことをよろしくお願いいたします」

 「それって、どういう――」

 突然のことに何も返せずにいると、廊下から少し大きめの足音が響いてくる。


 「何を話している。密談は僕の部屋では許可しない」

 黒いマントを翻して、金髪の青年が部屋に足を踏み入れた。桃色の瞳は厳しく、冷たい光で照らされている。

 その一瞬で、この人がライセ様なんだ、と確信した。


 どれだけ厄介な人なのかと背筋をこわばらせる私に対して、レネーさんは再び笑顔を作る。

 「すみません、ライセ様。彼女にお茶でもと思いまして」

 「そうか。……お前の淹れる茶はまずい」

 「それは残念です。――それでは、僕はこれで。素敵な絵が完成しますように」

 

 居心地が悪く視線を送ると、レネーさんは私に目配せして出て行ってしまった。……部屋に取り残されたのは、私と怖い貴族の二人ということ。

 「おい、画家」

 「――はい」

 「突っ立っていないで早く描け。時間がもったいない」

 ……普通に怖い。

 イーゼルに大きめのキャンバスを立てかけ、油絵の具を取り出す。真っ赤な絨毯に絵の具汚れが付かないように、ゆっくりとパレットを広げた。

 

 筆を動かし始めてから一時間程度。私たちの間に、一切言葉はない。

 さすがに気まずい空気に耐え切れず、私は口を開く。

 「ライセ様はどうして今回――私に依頼を?」

 彼はふっと私を見たのち、興味がないという表情でまた目を逸らした。


 「――呪われた画家だというからだ」

 どういうことかさっぱり分からない。私が首を傾けていると、「手を止めるな」と、苛々した様子の声が飛んでくる。

 「さすがに呪いにかかっただけのことはあるな。天才画家なんて言われていたが、早さはこんなものか」


 私は手を止めた。……なにか、すごく失礼なことを言われた気がする。

 「……呪い、呪いとおっしゃいますが、左目が見えないことで腕が落ちたとは思いません」

 「そうか。世間からどういう評判か、少しは考えたほうが身のためだ」


 世間は呪いに厳しい。呪いは「汚れ」として忌み嫌われるし、呪いにかかった人は遠巻きにされる。

 ――でもそんなの、私が一番よく知っている。

 だからこそ、片目の視力を失っても絵を描き続けた――負けない、ただそのために。


 「私にも画家としての矜持があります。呪いが私の絵を衰えさせたかどうか、作品を見てから教えてください」

 言い返されると思っていなかったのか、ライセ様は少し目を見開いた。私たちの間には、再び沈黙が流れる。


 数時間で軽くデッサンをし、最悪の空気の中部屋をあとにした。

 伯爵ともなれば会える機会もそうそうないし、肖像画はアトリエで描けばいい。

 これからまた平和な日々に戻れる――そう思っていたのに。


 なんと、私はまたあの屋敷に呼ばれたのだった。

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