第25話 相棒
「
「いえいえ、とんでもないです」
その言葉の後、黛はヘリの荷物を下ろし始めた。
「それと黛──」
「はい、どうかしましたか?」
黛は手を止めて、七瀬の方を向いた。
「──
「わかりました」
そして、黛は何やら大きな荷物を抱えて、直霊本部の中へと入っていった。
「七瀬。鎮の一件以降、灰音は頑張り過ぎだと思わないか? まるで、後を追いかけるように……」
「灰音は現状で何が最適か、考えながら行動できる捜査員だと思う。しかし、そこに自分への負担や危険性が考慮されていることが少ないのが問題点であると、私は感じる」
七瀬の言葉の後、千里は深く溜息をついた。
「……同感じゃ。本人は自己を犠牲にしても、誰かを救いたいという正義の心で動いているつもりなのかもしれないが、余には死に急ぐ理由を求めているようにしか見えん」
「直霊の捜査員として死ぬのが本望なのは良いことかもしれないが……」
「むしろ、それに囚われているのが、今の灰音だと余は思う」
屋上ヘリポートにいる二人には、冷たい風が吹き当たっている。
「とりあえず、中に入るか」
「ああ」
それから、千里と七瀬も直霊本部の中に入っていった。
「ところで、ずっと気になっていたが、千里は黛のヘリで島に来たのだよな?」
「ん、七瀬が元々、黛に帰りの迎えを頼んでいたのだろう? 余はそれに乗せてもらっただけじゃ。客船より圧倒的に速いからな」
「私は黛に地上の安全を確認するまで上空で待機という命令を出していたはずだが?」
七瀬の言葉には、圧力が感じられる。
「黛を危険に晒すような真似はせん。後で、狗骨に怒られるのも嫌だからな。余が上空から落下傘で降下しただけじゃ」
「千里、お前が地上から撃ち落とされる可能性もあっただろう?」
七瀬は真剣な眼差しで千里を見つめている。
「そんな怖い顔をするな。もちろん、地上の様子は観察してから、安全に降下したぞ?」
「それは絶対ではない。そして、そもそも遅れるな。今後は、気をつけてくれ」
「……はい」
直後、千里は少し俯いて歩き始めるのだった。
その後、直霊本部の中では、事務室を訪れる黛の姿があった。
「お疲れ様です、
「お疲れ、
部屋には狗骨がいた。
「はい。灰音さんも命に別状はないと思います」
「そう、良かった。頼んでいた件は?」
「回収した遺体はいつもの場所に運びましたよ」
黛の報告に、狗骨は少し笑みを見せた。
「ありがとう、助かる……」
「それで、白さん。一つ聞きたいことがあるのですが、良いですか?」
「え、どうしたの?」
黛の言葉に、狗骨は身構えた。
「
「なるほど。確かに、結が直霊に入る前のことだから知らないよね……」
「はい。先ほど、七瀬さんから私も知っていた方が良いというようなことを言われました」
狗骨は少し悩んだ後、話す覚悟を決める。
「七瀬の言う通りかもね……」
「ぜひ、聞きたいです」
「簡潔に言えば、今回と同じ流れだけど、回収に向かった直霊の捜査員が全滅したという話だね……」
狗骨の言葉に、黛の目が見開いた。
「……全滅ですか?」
「うん。同じく神器を狙う謎の人物と遭遇してしまったらしい。そのときは警察も同行していたから、それも含めると全滅ではないけど……」
「そんなことが……」
黛の表情が暗くなっていくのがわかる。
「それで、鎮の事件で殉職した一人に
「灰音さんの相棒ですか……」
「元々は、灰音もこの作戦に参加するはずだった。でも、他の仕事が入って外れることになった。だからこそ、灰音は刹那の死を聞いたとき、悔しかったと思う……」
その後、黛は黙り込んでしまった。ヘリの機体内で七瀬が全てを話さなかった理由を理解したのだ。
「というわけで、灰音の前で鎮に関する詳しい話はしない方が良い。これがまず初めに大事なこと……」
「……理解しました。ちなみに、鎮は海に消えたのですよね?」
「無事に帰還できた警察の話によると、鎮が敵の手に回った後、それを奪おうとして、逆に刹那は鎮によって体を貫かれてしまった。でも、刹那は最期の力で、敵と鎮を道連れに海に沈んでいったらしい……」
つまり、刹那は敵と相討ちになったと言えるだろう。そして、敵の正体も判らずに終わってしまった。
「最期まで直霊の捜査員だったということですか……」
「そう。だから、刹那以外の捜査員の遺体は回収、そして埋葬もされたけど、刹那の遺体は鎮と一緒に行方不明になってしまった……」
「……それは悲しいですね」
黛は俯いてしまった。
「……今回もそうですけど、皆が命懸けで戦っている中で、私ってこのままで良いのかなと最近思います」
「適材適所の結果だよ。戦闘向きの術を持たない人物は戦場に出ない。それが摂理……」
「それはわかっているのですけど……」
自分だけが安地にいることに違和感があるのも、当然の感情なのかもしれない。
「結にしかできないことは沢山ある。今回だって、ヘリの操縦という役割が──」
「別にヘリの操縦なんて、他の方でも良いじゃないですか……」
「ん?」
狗骨の表情が一瞬固まった。
「えっと、直霊でヘリの操縦ができるのは、結だけということは当然わかっているよね?」
「え?」
今度は、黛の表情が固まった。
「知らなかったの……」
「私、皆さんも自家用ヘリで操縦には慣れていると思っていました」
「結、普通の家にそんなものはない……」
黛は自分にヘリの操縦が任されていた理由を理解していなかったようである。単純に手が空いている人に声がかけられた程度に思っていたのだろう。
「やっぱり、結はもう少し外に出た方が良いかもしれない……」
「では、白さん。今度、どこか連れていってくれますか?」
「わかった……」
その言葉を残して、狗骨は部屋を出ていくのだった。
一方、病院のベッドには、検査を終えた後の灰音の姿があった。そして、灰音がいる病室の扉を叩く音が響く。
「……入って良いよ」
「失礼します」
部屋を訪れたのは、焔だった。
「……あの、結果どうでした?」
焔は恐る恐る灰音に尋ねた。
「心配要らないよ、大した怪我じゃない。お医者さんも来週には退院できるだろうって」
「……それは良かったです」
「だからさ、そんな顔をするのは止めよ?」
深刻な表情をする焔を見て、灰音は笑顔を向けた。
「私、船の方に向かった灰音さんを最初は止めようと思っていました。結局は、灰音さんに身を任せてしまいましたが……」
「うん、わかっていたよ。だからこそ、強引にでも行こうと思った」
「……私、灰音さんに自ら危険に飛び込むような真似はしてほしくないです」
焔の瞳が灰音を一直線に見つめている。
「そんなことをしているつもりはないよ。私はただ直霊として──」
「嘘言わないでください。今回の件でわかった気がします。灰音さんを突き動かす何かがあるのでしょう?」
「……」
灰音の言葉を遮るように、焔が核心を突いた。
「やはり否定できないようですね」
「……」
「それって、鎮とかいう神器が関係ありますか?」
焔の質問に、灰音の体が一瞬固まった。
「……もしかして、誰かから聞いちゃった?」
「いえ、七瀬さんが鎮という単語を出したとき、灰音さんの表情は明らかにおかしかったですよ」
「……よく見ているね」
焔の観察眼も侮れない。
「話してはくれないですか?」
「直霊で私の同期以上の人は皆知っているよ。暇なときに尋ねてみたら?」
灰音は焔の目を見つめ返す。
「灰音さんが話してくれるまで、私は知らないままで良いです。灰音さんの口から聞かなければ、意味がないような気がするので」
「……私は一生、話さないかもよ?」
「来世でも待ち続けます」
焔の答えに、灰音はなぜか笑い始めた。突然の行動に、焔は少し困惑しているようにも見える。
「最後に一つだけ、聞いても良い?」
一通り笑い終えた後、灰音が焔に尋ねた。
「はい。何でしょうか?」
「どうして、私の口から聞くことに拘るの?」
灰音が真剣な表情に変わった。
「上手く言葉では表せませんが、私は灰音さんが抱えるものを、ほんの少しだけでも一緒に背負いたいだけです」
「……そっか」
その後、灰音は窓の外を眺め始めた。
「では、私はもう本部に戻りますね。一刻も早い回復を願っています」
「うん、ありがとう」
そして、焔は病室を後にしていった。
「刹那とは正反対な性格だと思っていたけど、言っていることは同じだね……」
焔がいなくなった後、灰音は独り言を呟いた。
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