第20話 紅鏡
ホテルの入口とは別方向の森林では、
今回の神器が持つ力とは、矢を刺した対象を従属者に変化させ、命令を下すことができるというものであるだろう。つまり、神器による操作状態を解除するためには、刺さった矢を抜けば良いと灰音は予想していた。
しかし、焔との戦闘中に肩に刺さった矢を除去することは簡単ではない。とはいえ、焔にダメージを与え過ぎるのも最適とは言えないだろう。
「……中々、厄介な試練だね」
灰音は独り言を呟いた。客観的な分析から、単純な力比べでは焔に負けていると灰音は考えていた。そもそも、灰音の
「さて、焔。私の本気を少し見せてあげよう」
灰音は背中の斧を手に構える。灰音が持つ両手斧の名は『
紅鏡は内部に加熱装置を搭載し、その刃先を高温状態に変化させることができる性能を持つ。故に、融点が高く、硬さも備え持つ特殊な金属を材料にするため、通常の斧よりも重量感が増している。
紅鏡の最大の特徴は何と言っても一撃の破壊力である。材質的に斧として切れ味に優れるわけではないが、千度を優に超える熱と圧倒的な重量によって、まさに防御不能の攻撃を繰り出すことができる。
「……少し熱いかもだけど、我慢してね」
直後、灰音は怜悧炎魔を発動し、紅鏡で付近の木を横に一刀両断した。灰音と焔の間を隔てるように、一本の大木が倒れ込む。更に、木の切断面が発火点に達することで、炎を纏い始める。それを見たのか、灰音に向かって一直線に突き進んでいた焔も足を止める。
焔の現在の状態は、単純命令による自動操作だと考えられる。この状態は、与えられた命令を遂行しようとする操作人形ではあるが、潜在的な意識は残っている。つまり、幾ら命令に従うとはいえ、自ら危険に飛び込むようなことはしないのである。当然、自害などの命令にも従うことはない。
要するに、焔は目の前の炎を見て、本能的に歩みを止めたのだ。また、その一瞬の隙が灰音に更なる行動を許してしまう。
灰音は紅鏡で次なる大木を斬った。しかし、今度は完全に切断したわけではない。切り込みを入れたのだ。これによって、大木は即座に倒れるのではなく、バランスを崩し、徐々に倒れ始める。
倒れる方向や速度も灰音の計算済であった。炎で足を止めている焔に向けて、大木は上から覆い被さるように迫る。そして、灰音も紅鏡から手を離し、焔へ突撃する。
まさに、一人による同時攻撃。焔は本能的に大木を受け止めたが、その瞬間に灰音の手が焔の体まで届く。焔が大木の方に集中している間に、矢を取り除くことに成功したのだ。
矢を抜いた直後、焔が正常な意識を取り戻す。
「……灰音さん? あれ、私は何で木に押し潰されそうになっているのですか?」
自分が置かれている状況に、焔は当然困惑しているようだ。
「うーん。まあ、色々あってね。とにかく、急いで
「わ、わかりました!」
灰音は紅鏡を拾い直した後、携帯の位置情報を確認し、七瀬の現在地に向かって走り出す。焔も大木を上に突き飛ばすように脱出し、灰音の後に続いていった。
一方、神器を手に逃走中の
龍宮は想たちを目掛けて、神器の矢を放つ。想たちは矢を避けようとするが、狭い一本道に加えて、足元が悪く、咄嗟の回避は難しかった。そして、高速で迫る矢が遂に命中する。しかし、それは想たちにではなかった。
突如として乱入してきた男性に、矢が命中したのである。もちろん、これは偶然ではなく、男性が想たちを庇ったと言えるだろう。
「……間に合った」
「
想が男性を褒めるように言った。
何が起きているか、龍宮にはわからなかっただろう。神器の矢が命中したはずの男性に何も変化が生じていないからである。
「予想通り、あの神器はこれには効かないみたいだね」
「そのようで助かります。悪いですが、雫さんを盾にさせていただきましょう」
「全然、気にしないで」
その後、会話を聞いていた龍宮も現状を理解したようだった。
「……既に操作済みってことか」
龍宮は言葉を吐き捨てた。それと同時に、自身が置かれている現状が苦しいことも理解した。相手が四人に増え、その増えた一人には神器の効果がない。つまり、増えた一人を盾にされる時点で遠距離勝負に勝つことは難しい。しかも、神器の矢が残り二本しかない。
そこで、龍宮は戦い方を変えることにした。神器の矢を当てることを目標にするのではなく、あくまでも相手を動かす手段として用いる戦法に切り替えようと考えたのだ。防ぐ手段が限られているということは、神器の矢の発射によって、相手の動きを限定できるということである。
直後、肉弾戦を開始するために龍宮は霊魂術を発動した。龍宮が持つ霊魂術の名は『
また、獄煉赫怒と異なる点の一つとして、取り入れた怨念の数だけ強くなることが挙げられる。つまり、龍宮には怨念のストックがあるのだ。その数は現在、九人分。もちろん、このストックは術を使用することで、徐々に消費される。
もう一つ獄煉赫怒と大きく異なるのは、取り入れた怨念を他者に押し付けることができる点である。龍宮は怨悪憑怒によって、怨念を自身の力へと変化させることができるが、他の人はそうはいかない。怨念を強制的に流し込まれることで、精神が害されてしまうのである。その結果、相手の意識を消失させる、または精神の乱れで霊魂術が使用不能になるなどの効果を相手に与えることができる。
簡潔に言えば、怨悪憑怒とは、死者から手に入れた怨念をストックし、それを消費することで、自身の強化、もしくは相手の弱化をする霊魂術である。なお、死者から怨念を取り込む、または怨念を他者に送るときには、対象の肉体に直接触れている必要がある。
ちなみに、莫大な数の怨念にも人を殺すほどの力はない。これは、死人に幾ら生命力を与えても決して生き返らないことの逆の事象である。しかし、事故物件や心霊スポットを訪れたときに、どこか嫌な感じがする、気分が落ち込むなどの現象が生じるのは、怨念が持つ負のエネルギーのせいだと言えるだろう。
「さあ、ここからが本番だ!」
龍宮が叫んだ。次の瞬間、神器の矢を放つのと同時に、龍宮は想たちに向かって、突撃した。ここからが、狩人の本領発揮である。
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