狂禍四魂
発戸あいす
第1章
第1話 新人
人間の精神は
幸魂は自愛に対応し、自分を愛し育てる力を持つ。
荒魂は外向に対応し、他者と積極的に関わる力を持つ。
和魂は調和に対応し、他者と親しみ交わる力を持つ。
奇魂は知性に対応し、物事に関心を持ち、探求する力を持つ。
以上を纏めて『
「
この言葉を最後に、純白の髪を持つ女性は目の前から姿を消した。あのとき、普通に見送ってしまったことが、間違いだったとは思わない。自分がわざわざ心配するほど、実力の低い人物ではなかったからだ。
ただ、違う世界線を想像してしまう自分がいるのも事実だ。もしも、自分が止めていれば──。もしも、自分が一緒に行っていれば──。
静かな一室で、灰音は目を覚ました。懐かしいけど、あまり思い出したくない、そんな夢を見ていたような気がする。
「もう、朝か。最近、職場での寝泊まりが通常運転になっているような……」
彼女の名は
「そういえば、今日は直霊に新人が来る日だったっけ。一応、情報を見ておこうかな」
灰音はパソコンの電源を入れて、共有事項を遡る。その後、目当てのファイルは即座に発見することができた。
「ふーん、二十歳ね。ん、ちょっと待って。新人研修の担当、私の名前が書いてあるけど……」
急いで時計に目をやる。予定されている時間は少しばかりか過ぎている。次の瞬間には、身支度を済ませ、部屋を飛び出した。普段着に白のカーディガンを羽織っただけの適当な格好だが、仕方ないだろう。
新人が待っている部屋まで慌てて駆けていき、部屋の前で呼吸を整える。そして、何事もなかったかのように、堂々と扉を開けた。
「お待たせしました。今回の新人研修を担当する緋桜灰音です。どうぞ、よろしく」
部屋には、赤いジャケットを着た女性が座っていた。その女性は灰音の姿を見て、立ち上がる。
「初めまして、
第一印象は、良い意味で新人らしい子だと思った。無垢な目をしているというか、何というか。
「えっと、悪いね。予定時間少し過ぎちゃって」
「いえ、直霊の方々は皆様多忙だと聞いています。私のために時間を割いていただけるだけで、非常にありがたいです」
「はは、とんでもないよ」
純粋な視線も時には残酷に感じられた。まさか直前まで知らなかったとは、口が裂けても言えない。
「よし、それじゃあ早速、新人研修を始めようかな。直霊に所属するということで、ある程度は知っていると思うけど、まずは基本的な説明からしていくね」
「はい、よろしくお願いします!」
人間の精神は流動的なものである。一時の感情の昂ぶりによって、精神構造は大きく形を変え、四魂のバランスは崩れてしまうが、時間を経ることで、やがて元通りになっていく。
ところが、遺伝的に突出した四魂が強力な感情によって更に乱れた場合に、稀にバランスが元に戻らない場合が発生する。例えば、元々幸魂の傾向が強い人物に、更に感情を揺さぶるような出来事が重なることで、幸魂が異常に増大した状態から元に戻らない場合があるのだ。
その後、変異的に増大した不安定な四魂は、自分だけでなく周囲の精神と干渉してしまう。そして、この異常な四魂によって生み出された、人間の精神に干渉する力を総称して、『
霊魂術について、幾つかのことが知られている。まずは女性にしか発現しないということ。これは妊娠時に精神を創造する女性の精神空間が男性より広く、不可逆的な四魂の増大も引き起こしやすいからと考えられている。
更に、妊娠時には強大な四魂が生命力を求めて、胎児へと移動する。つまり、霊魂術は親から子へと受け継がれるわけだが、これも精神空間の狭い男児には継承不可能であるようだ。
以上のことから、現代で霊魂術を持つ人物、霊魂術者は非常に限られている。性別が限定されているだけでなく、遺伝的要素、時には偶発的要素などが関わるからである。
しかし、絶対数の少なさは、霊魂術者が持つ影響力の少なさを意味しているわけではない。霊魂術者一人一人が、大勢を救う力、あるいは、大勢を脅かす力を持っていると言えるだろう。
「霊魂術は四魂を起源とすることから、対応する四魂に応じて、四つの系統に分類される。一つ目は、幸魂を起源とする霊魂術、『
灰音の説明を、焔は黙って聞いている。
「二つ目は、荒魂を起源とする霊魂術、通称は『
荒の霊魂術は焔にとっても簡単に理解できるだろう。所謂、精神干渉能力の代表として挙げられるものだからだ。
「三つ目は、和魂を起源する霊魂術、通称は『
「自分と相手の精神を干渉させる……?」
焔は上手くイメージできていないのか、首を傾げた。
「具体的には、
「あの、人を操るというのは、荒の洗脳とは違うのですか?」
良い質問である。そもそも荒と和の霊魂術はどちらも相手の精神に関わる力なので、混同してしまうのはよくある話だ。
「和の操作術は人間の行動を操るっていう意味だから、少し違うかな」
「なるほど」
荒と和の霊魂術の違いは、意外と奥が深い。しかし、最初はこれぐらいの説明で十分だろう。
「最後は、奇魂を起源とする霊魂術、通称は『
そう言いかけたとき、突如として灰音の携帯が鳴った。灰音は一時的に話を止め、携帯への連絡を確認した後、再び焔に視線を戻す。
「……よし、座学は終わりにしよう。事件の現場に向かおうか」
「え、いきなりですか?」
焔は驚いた表情を隠し切れていない。
「もちろん。直霊は人手不足だからね。新人の手も借りたいってことさ」
不敵に笑う灰音とは対照的に、焔は不安気な表情を浮かべている。しかし、焔の心の準備が整う前に、二人を乗せた緋色の車が直霊本部を出発していた。
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