第20話 Y氏への審判

 Yさんは七十八歳でこの世を去った。

 孤独な最後だった。

 彼には家族がいたが、妻とは十八年前に離婚し、息子と娘は母親についていった。

 それ以来、家族には会っていない。

 Yさんはなぜ妻が離婚をきりだしたか、理解できなかった。

 彼は妻と子供たちのために一生懸命はたらいてきたつもりだった。

 だが、なぜか妻は話さなくなり、最後にはわずかな荷物と息子と娘をつれて、出て行った。気難しいところのあるYさんにも友達はいた。だが、その友人たちも時がたつにつれ、疎遠になっていった。


 ついには彼は孤独に死を迎えたのだ。


「やあ、お疲れ様ですね」

 どこか陽気な口調でその目の細い女は言った。

 ぴったりとしたでデザインの黒スーツをきた女だ。体のラインがはっきりとわかるデザインであった。出ているところは出ていて、ひっこんでいるところはひっこんでいるスタイルを彼女はしていた。

「私は細井瞳という。本来は違うのだけど今は死神のようなことをしているの」

目の細い女はかすれた声でYさんにそうつげた。


 目のまえの若い女が死神となのったことにYさんは違和感を覚えなかった。

 この女がそういうのならそうなのだろうとYさんは思った。


「それでですね、Yさん。あなたには地獄にいくか天国にいくかの審判をうけてもらいます」

 細井瞳はジャケットの胸ポケットから煙草の箱をとりだす。

 一本口にくわえる。

 そうするとどうだろうか、勝手に火がついた。

 細井瞳はうまそうに煙をはきだした。

「一本どうですか」

 細井瞳にすすめられ、Yさんは煙草を一本もらう。

 咥えるとこれまた自動的に火がついた。

 煙草は医師にとめられていたが、死んだ今はもう関係ないだろう。

 煙草の銘柄はしんせいであった。


「あなたがこれまでの人生で出会った三人の人物にいわば裁判員になってもらいます。あなたが善行をつんでいたら、まあ、天国にいけるでしょうね。それでは時間がおしいのでそれでは始めさせてもらいますよ。こうみえて、私も忙しい身なのでね」

 そう細井瞳はいうとビジネスバックから大きめのタブレットを取り出す。

 電源をつけるとそこには一人の女性が映し出された。

 若いコンビニ店員であった。

「それではおききします。このかたは地獄にいくべきか、天国にいくべきか?」

 細井瞳がそう言い切る前にコンビニ店員は口を開いた。

「地獄で決定でお願いします。この人有名なクレーマーなんですよ。煙草の番号は言わないし、有料のレジ袋にグダグダ文句言うし、カップコーヒーのカップは変えさせるし、本当に困っていたんですよね。死んだんですね。せいせいします」

 そう言うとコンビニ店員はタブレットの画面から消えた。


 Yさんは反論しようしたが、口から声がでない。

「うふふっ、まさに死人に口なしですね」

 可笑しそうに細井瞳は笑う。


 次に映し出されたのはとある航空会社の地上職員であった。

「ああっこの人ですか。覚えていますよ。地獄行きでいいと思います。この人ですね、自分が電車乗り間違えて空港に遅れたのに、ずっと我々のせいにしてカウンター業務を停滞させたんですよ。対応していた同僚は泣いてましたね。もう一度言います。地獄に行ってください」

 言うだけ言うとその地上職員はタブレットの画面から消えた。


「あらあらツーアウトですね。でも、まだいけますよ。一人でも天国行きを言えば良いのですからね」

 細井瞳はタブレットをタップする。


 映し出されたのは白髪の老婦人であった。

「あら、最後はもと奥様ですね。さすがに身内には地獄行きなんて言わないでしょう」

 細井瞳はにやりと微笑む。


「ああっこんな人もいましたね。この人はね、子供か熱をだしても怪我をしてもほったらかし。私の話も聞かないし、料理にも一回も美味しいって言わなかったんですよ。それに比べて今の旦那は顔は良くないけどいつもありがとうありがとうって言ってくれるんですよ。子供たちも今ではお父さんって呼んでくれてるんですよ。あっそうですね。地獄でも何でも連れて行ってください。そして二度と私の前にあらわれないでください」

 その老婦人はYさんのことを一度も見ることなく、タブレットから消えた。


「残念でしたね、Yさん。思いやりを持って生きていたらこんなことにはならなかったかも知れませんね。反論があれば地獄の官吏にでも言ってください。私はこれからパンケーキを食べに行くので、それではさようなら」

 細井瞳は背をむけて、何処かに消えた。

 Yさんは奈落の底に消えた。

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