海辺の時間

南條 綾

海辺の時間

 海辺の空気は、少しずつ秋の香りを帯び始めていた。

昼間の暑さはまだ残っているけれど、涼しい風が心地よくて、つい深呼吸をしてしまう。

波が穏やかに寄せては返し、遠くの漁船が小さく浮かんでいる。

まるで時間がゆっくり流れるようなまったりとした午後だった。


 穂香ほのかと私は、ビーチの一角でタオルを広げていた。

もうすぐ夕方になる。少し離れたところでは、子供たちが海に入って遊んでいて、その周りを目を細めて見つめる穂香が可愛くて、私はその姿に心が温かくなる。


「綾、焼けないように気をつけてね。」


 そんな私を見ていた穂香が心配そうに私に声をかけてきた。

彼女は白いビキニに薄手のシャツを羽織っただけで、風にひらひら揺れるその姿がたまらなく艶っぽい。日焼けした肌が健康的に輝いていて、もう目が離せなかった。


「うん、わかってる。大丈夫。」


 私は軽く手を振り返すけど、正直、肌を刺すような日差しが結構キツい。

久しぶりにこんなに太陽を浴びて、肩や腕がじりじりと熱を帯びてくる。

でも、もうどうでもいいと思った。

どうせこの時間も、彼女と過ごせる日々も、夏が終わる前に全部消えてしまうんだし。

せめて今この瞬間だけは、痛いくらいの日差しも、彼女の笑顔も、全部焼き付けておきたかった。


「よし、じゃあ、泳ごうか?」


 その声に、私の心が少し弾んだ。穂香の目がキラキラと輝いていて、その瞳に引き寄せられてしまう。

私自身、自然と頷いてしまった。


「うん、でも、少し怖いかも。海で泳ぐの、久しぶりだし」


 恥ずかしさで顔が熱くなる。穂香が振り返り、心配そうに私を見つめた。


「大丈夫だよ。私も最初は怖かったけど、一緒に練習すれば楽しくなるから」


 穂香の手が私の手をしっかりと握ってきた。

その温かさがじんわりと広がり、自然と力が抜けた。心の中で、少しだけほっとした。

穂香がさっと立ち上がり、私を引っ張るように歩き出す。

無意識にその後ろを追いかけると、海の青さが近づいてくる。

波打ち際まで歩くと、潮風が肌に触れて、思わず肩が震えた。

冷たさに一瞬戸惑ったけど、穂香が振り返り、優しく微笑む。


「ほら、冷たくないでしょ?」


 彼女が私の背中を押すようにして、さらに前へと進めさせる。

波が足元を洗う感覚が、ちょっとドキドキする。

見えない深さに足を踏み入れるのが怖くて、少しだけ足を止めてしまった。


 穂香が手を引いてくれるなら、もう怖くない気がした。

彼女の手をしっかり握り返すと、その温もりが伝わってきて、少しずつ安心感が広がった。


「綾、こっち!」


 穂香が水の中から顔を出して、楽しげに笑いながら手を振る。

その笑顔に誘われるように、私は足を踏み出した。

波が少し高くなって、足元を撫でるように洗った。冷たい水が足に触れた瞬間、思わず体が震えたけど、その冷たさが気持ちよくて、身体の力が抜けていった。


「わぁ、気持ちいいね。」


 水の中で手を伸ばしながら言うと、穂香が嬉しそうに笑う。


「そうでしょ?だから、一緒に泳ごうよ。」


 水しぶきが飛ぶたびに、心が少しずつ弾んでいく。穂香がすぐに隣に来て、泳ぎ方を教えてくれる。

最初はうまく浮けなかったけど、だんだんコツをつかんで、ようやく自由に泳げるようになった。


「綾、上手だね!」


 穂香の声が、耳に心地好く響いた。胸の奥がじんわりと温かくなって、自然と顔が赤くなる。

こんなふうに人から褒められるの久しぶりかも。

少し照れくさくて、それが心地よくて、私はどんどん泳いだ。


「穂香も、すごい!」


 穂香が水中で身軽に動き回るたび、私は目を見張った。毎回、違う技を見せてくれて、私はただ驚くばかり。彼女の泳ぐ姿がまるで水の中で踊っているように感じて、息を呑んだ。


 何度も泳いで、疲れたら休んでまた泳ぐ。

夕日が空をオレンジから紫に染めていく中、私たちは笑いながら水面を蹴り、楽しい時間が流れていた。


 少し落ち着いたころ、穂香がふと私を見つめて、少しだけ顔を赤らめて言った。


「ねぇ、綾。私、こんなふうに過ごせることがすごく嬉しい。」


 その言葉が胸に響いた。

心臓が一瞬、跳ねるような気がして、穂香の顔が水面に映るのがいつもより柔らかく感じられた。

自然と微笑んで、穂香に返した。


「私もだよ。」


 私たちは再び手を繋ぎ、波の中を歩きながら夕日を見つめた。

こんなふうに二人で過ごせる時間が、ずっと続けばいいのにと、心から願った。

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