第2話 友達の藍川さん

 実際のところ、藍川さんとの距離を埋めるのはそう難しくはなかった。


 私が「藍川さんって可愛いよねーっ」って大声で言えば、周りのみんなは「だよね、わかるー」「モデルとかできそー」って頷いてくれた。もうわりと私はクラスには溶け込んできていたし、空気を作り出すのは簡単だ。


 私が白と言えば黒いカラスも白くなるとまでは言わないけどさ、私は『藍川さんマジ好きー』『マジ天使! 目の保養ー!』って感じに藍川さん信者として好き好きオーラを振り撒き、クラスで孤高を貫いている藍川さんのバリアを少しずつ中和していった。


 そんな私に藍川さんも最初は戸惑ったりしていたのだけど、誰が言ったか案ずるより押すが易しとはこのこと。


 私の強引なアプローチの前に藍川さんは少しずつ返事を返してくれるようになった。私の「藍川さーん、遊びに行こーよ?」に対する彼女の「遠慮しておくわ」は、次第に「今日はまだ」という含みを帯びるようになっていった。


 そんなシャイな藍川さんがマジ可愛くて、私はますます藍川さん好き好きオーラを振りまいた。


 だって、普通、あそこまで拒絶したら「なんか感じ悪くない?」って陰口の一つでも立ちそうなところだけど、そういうのが全然ないの、すごくない?


 マジ天使。マジ可愛いってすごい!


 だから私は藍川さんに猛アタックし続けた。お昼に誘い、体育でペアになり、メイクをしてあげると迫った。

 ――そんな風に私が頑張り続けて一ヶ月。ついにその日はやってきた。


「ねえねえ、藍川さん。今日の放課後って暇?」

「……ごめんなさい、私、今日も用事が」

「えー、用事ってなーに? 塾? バイト?」

「いえ、そういうわけではないのだけど……」


 ぴきーん! とその時私は確信したのです!

 いける! 今日はいけると!


 確実に藍川さんのバリアが中和され切って私は懐に入ったのを確信した。

 そしたらもう、こっちのもんだ。


「じゃあいいじゃん、付き合ってよ。美味しいケーキのお店、見つけたんだぁー?」


 そうやって腕を絡めて引っ張れば、藍川さんは少し抵抗したけど、直ぐに力は抜けた。勝った……! って心の中でガッツポーズ!

 掴んだ彼女の腕は細く、力を込めれば折れてしまいそうで、愛おしさが込み上げてきた。


「あまり長くは付き合えませんよ……?」


 そう言った藍川さんに私は笑顔満点で頷いた。


 こーんなに可愛いのに、誰とも関わらずに生きていくなんて寂しすぎる! そう確信した。藍川さんは孤高を気取っているけど、やっぱりみんなと一緒に遊ぶ方が楽しいに決まってるし、一人でいるなんて勿体無い。私が藍川さん友達第一号として面倒をみてあげよう。


 そう、心に誓った。パート2!


 そうして、私と藍川さんは、たちまち「友達」になった。周りのみんなは、私が一目惚れが叶ってよかったねーって冗談まじりに揶揄ってくるけど、私はその度に嬉しくて「うんうん!」って頷いてしまう。


 藍川さんを私のグループの輪に引き入れ、お昼ご飯も一緒に食べる。みんなに囲まれた藍川さんは戸惑いつつも、どこか嬉しそうに見えた。実際は、周りの空気に押されて、無理やり笑顔を作っているだけかもしれない。でも、私はそんな藍川さんも可愛いなって嬉しくなってしまった。



 そんなある日。藍川さんのスカート丈、なんか長いよねー。夏なのにいっつもタイツ履いてるし、足細いのに勿体なくない? って話になって、体育の着替えの時にちょっとイラズラしてみた。


 こっそりタイツを隠して、スカートを短くしてあげたのだ。


 最初、藍川さんはタイツがないことに気づいて焦っていたけど、私が「どーしたのー?」って聞いても困ったように眉を寄せるばかりで何にも言わなくて、時間もないから諦めてスカートを履いたんだけど、その時、私は見てしまった。


 普段より結構短くしたスカートの先、太ももの内側に見えるその印に。


「あれ……?」


 って腰まであげたスカート丈がおかしなことに気づいた藍川さんは少し困惑していたけど、私はその混乱に乗じて身を寄せた。


「藍川さんっていっつもタイツ履いてるから分かんないけど、足綺麗だよねー。すべすベー」って触りに行って、……確認した。藍川さんは慌てて私の手を払って怯えたような顔をしたから間違いないって思った。


「大丈夫だよ、藍川さん」


 ――藍川さんは私が守るから。


 なんてことはない。藍川さんが何故いつも一人だったのか。藍川さんが何故、いつも早く帰らなきゃいけなかったのか。

 少し調べてもらったらそれは直ぐに出てきた。むしろなんでみんな早く助けてあげなかったのー? って感じ。


 だから私はその日のうちに友達に連絡して、藍川さんのお父さんと話をつけてもらった。持つべきものは友だ。私は自分の「可愛さ」に心底感謝した。


「おっはよー藍川さんーっ!」「おはよう……」


 翌朝、登校してきた藍川さんはいつも通り可愛かった。

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