学歴転移
熱海
第1話 人類滅亡
――人類滅亡の日が迫っていた。
地球へと迫る巨大な惑星。
それが、地球への衝突の軌道であるとNASAより公表されたのは、5ヶ月前のことだった。
当初、この天体はZR1と仮称され、衝突の確率は僅かであると発表されていた。
しかし、NASAや国家機関が総動員して精密測定を行った結果、針の糸を通すように地球への衝突シミュレーションと酷似する軌道をとっていることが確認された。
それから1ヶ月後の発表は、これまでと異なり深刻さを帯びたものとなった。
即ち、80%を超える確率で、地球への衝突を示唆するものだった。
それに伴い世界全土で大騒動――殺人強姦強盗暴行の類が横行したが、それは省略しよう。
人類もただ絶滅を指を咥えて眺めていたわけではない。
惑星回避を目的に、国家の境のないZR1対策国際連合が設立され、幾度とない試行が行われることとなった。
それから核兵器を用いた22度に渡る軌道修正は、表面の岩盤を僅かに削るだけであり全てが失敗に渡った。
現在においては、あらゆるシミュレーションが地球への惑星の衝突が避けられないとの結果を示していた。
多くの大学や企業の研究機関が地球への惑星衝突の影響を研究し、その途方も無いエネルギーに匙を投げていた。曰く、恐竜絶滅の数十倍の質量であり、絶滅は免れないとの結果だ。
そして現在、人類に死を齎す青空に浮かぶ赤い点は未だに健在である。
「クソッ、クソッ、クソッ。ふざけんなよ!」
ここに、一人の男がいる。
長富比学、34歳。
そして日本最難関の私立大学である早瀬田大学の1年生である。
彼は、資産家の息子として産まれ、何一つ不自由なく育った。
そして、高学歴にあらずんば人にあらずの教育を受け、受験生となった時には、立派な学歴モンスターへと成長してしまった。
親が有名大学出身で、兄妹も優秀であったのがそれに拍車をかけたのだろう。
……しかし、彼には才能がなかった。
地頭が異常に悪く、学んだことを噛み砕いて理解するまで、5度は反芻する必要があった。
現役で国立大学は国内最難関の東強大学、私立大学は早瀬田大学のみを受験し落ちた後、長きに渡る浪人生活に身を費やすことになった。
親に見限られ、妹から粗大ゴミ扱いされ、親戚からいないもの扱いされても彼の執念が潰えることはなかった。
資産家の親に寄生し、引きこもり、ただ参考書と向き合う日々が長いこと続いた。
しかも彼は、これまでの浪人生活で国立は東強大学、私立は早瀬田大学、慶王大学しか受けていない。
予備校の講師から何度も面談され、何度もE判定という現実を突きつけられても、彼は妥協することはなかった。
学歴に頭を焼かれた彼は、ここまできてこれらの大学に入れなければ、生きる価値はないと心から信じていたのだ。
そして同世代が就職や結婚、子を成したという話に焦りと劣等感を感じながらも、積もり積もった参考書に囲まれて勉学に励み続けた。
たった一つの合格が得られるまで実に15年が経過した。
実に15浪を掛けて、彼は早瀬田大学文学部地方伝承研究科に、なんとか合格した。
その頃には家族すら合格という結果になんの反応も示さなかったが、長年の浪人生活で精神面が鍛えられた彼は気にしなかった。
そして漸く始まった悲願のキャンパスライフに胸躍らせて入学式に出席した。
その僅か数日後である。
NASAより、ZR1が公表されたのは。
そして1ヶ月後、ZR1の衝突の可能性が高いことが報じられ、早瀬田大学は休校となった。
キャンパスライフを楽しむことが出来たのはたった1ヶ月であり、それもまだ手探りの状態であった。
それから現在まで、浪人時代のような引きこもり生活を送っているのが現状だった。
「これから俺の学生生活が始まるのに、惑星衝突? 人類滅亡? ZR1? なんだこのスポーツカーみたいな名前! ネーミングセンスが地帝レベルだ!」
15浪もして早瀬田大学に合格した彼からすれば、ただ滅びを待つ現状は許されるものではなかった。
オカルトに傾倒しミステリアスパワーで軌道を捻じ曲げようとしたり、国家の闇で暗躍する組織が惑星の衝突回避を阻止していると怪文書を挙げたり、アメリカと中国がその後を見据え軍事力を出し惜しんでいると批判したりと、逃れられない現実に抗っていた。
そして、衝突当日。
数々の努力は効果を成さず、為すすべもなくその日がやってきた。
その結果、迫り来る死の恐怖に物に当たり散らすほどに正気を失っていた。
発狂した結果、壁ドンされようと知ったことではない。
もうネットも諦めムードであり、変な宗教が乱立し暴動も日常となっていたが、彼はまだ諦めていなかった。
「俺はこんな終わりを迎えるために早瀬田に入ったわけじゃない! まだコンパもサークルも港区にも行かずに死にたくない!」
何を思ったか、家から出ると大学のキャンパス目掛けて走り出す。
人類絶滅間際ということもあり、窓が割れたり怒声が聞こえたりと終末を感じさせ、当然バスもやっていない。電柱に激突した車や、遠くに黒煙も上がっていたが、誰も気にしていなかった。
過ぎて行く視界で、様々なものが目についた。
全裸の不審者。血のついたバットを持った男。女に馬乗りになっている中年。木刀を振り回しているサラリーマン。落書きした下半身を曝け出している女学生。聖書を読み上げる神父。警察といった公的機関も、今日という日においては機能していないようだった。
全てを無視し、風を切って走った。取り零した青春を、僅かながらに取り戻すかのように。
そして大学の校門へと辿り着く。
「ぅ゛お゛ああああ゛ー‼︎」
閑散としたキャンパスを、雄叫びと共に横切った。
何を叫んでいるのか、声にならぬ叫びと共に全身の疲労を無視して走った。
周囲の目は全く気にならなかったし、ここに至っては発狂している人は全く珍しくなかった。
学舎に着くと、窓ガラスも幾つか割れているのを見て、彼は悲しい気持ちになる。だが、それは汚した人間が悪いのであり、少し見栄えが悪かろうと早瀬田大学のこれまで積み上げてきた実績を汚すものではない。
扉を開けると、何度が躓きながらも階段を駆け上がる。掃除も当分されてないようで、埃が散見していた。引きこもり生活の弊害で最後の方は表情だけ迫真であり、速度と勢いはそこらの通行人と大差なかった。
そして文学部の校舎の屋上に辿り着き、崖下を見下ろす。
街中の混乱と、崩れゆく人間社会が、一目にして確認できた。
彼は風を感じながらも少しの間無表情でそれらを眺めていたが、何を思ったか、努力の象徴である学生証を取り出すと、ぐしゃりと握り潰した。
内心はその歪められた表情が物語っており、硬く固く握りしめた。
そして、片膝をつくと手を組んで目を閉じ、祈りを捧げ始めた。
神頼み。
それが、彼の唯一残された人類存続の手段だった。
一心不乱に、無言で、学生証へと祈る。
一見すると間抜けに見えるが、彼は至って真剣だった。
これまでの執念、尽力を神が見ているのであれば、自分を見離さないはずだと信じていたのだ。
そして、その瞬間が訪れる。
赤い点が太陽の数倍もの大きさに膨れ上がり、地球へと到達し、着弾した。
一瞬空が真っ赤に染まり、僅か遅れて立っていられない程の激震と音圧がやって来た。
不協和音と共に大地が揺れ、地盤が捲り上がる。
地響きが彼を襲い、地割れが何本も大地を切り裂いていた。幾つもの建物が倒壊し、沈没していくのを屋上から眺めていた。
砂塵が彼を覆い尽くした。夢と希望の詰まった校舎が轟音と共に崩れていき、身体が宙空に投げ出された。
「お、落ちる! 俺のキャンパスライフがぁぁぁ!」
悲願の早瀬田大学を墓標に、彼は死んだ。
――そして人類は滅亡した。
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