そこで人が死にました

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第1話

「そこで人が死にました」


 入学式から数日しかたっていないというのに、暗澹たる気持ちにさせられた。

 そのセリフを吐いたのは、間違いなく学年一の秀才にして変わり者、そして後に良き友となるスミだった。

 スミは綺麗な子だった。

 真っ黒なサラサラな髪に、太陽の光を拒絶するような真っ白な肌。

 瞳は単なる黒ではなく、どことなく冬の海のような寂しい藍色を帯びていた。

 そんな綺麗な子に話しかけられたら、普通なら舞い上がるだろう。

 だけれど、スミに話しかけられた私の感情は大きく揺さぶられた。

 舞い上がるどころか、地の底に落とされた。


 だって、自分の席を指さして人が死んだなんて言われたら誰だって落ち込む。

 怖いという感情と、気持ち悪いという感情が渦巻く。

 きっと、忌むという感情はこういうものなのだろうと初めて自覚した。


 でも、こちらも負けられない。

 別に私だってただの愚か者じゃないし、スミのようなきれいな子なら誰かをからかって玩具にしていいと思っているのならそれは間違っていると言いたくて、私は言い返した。


「そりゃあ、地球上みんなどこかで死んでるからそうでしょうね。きっと、あなたの家だってそうよ」


 私はわざと女言葉を使って返した。

 だって、自分の本当の言葉で話したら声が震えて、泣き崩れそうだったから。

 古い小説の登場人物のようなセリフを考えて誰かになって言葉を話せば、気を保っていられるのだ。

 誰かのつもりになって話すって結構大事。はったりがきく。


 そんな私の言葉を聞いてスミは、


「ふうん。正解……よく知ってんじゃん」


 そう言って笑った。

 お上品な黒髪お嬢様というイメージとは違うニシシという笑いで私は思わず、笑い返してしまった。


「そう……よく知ってる」


 私は慎重に言葉を選んで返事をする。

 内心はスミの笑顔に心がぐらついていた。だけれど、その舞い上がっているのをスミにはばれたくなかった。

 いつでも冷静で賢い人間だと思われ、一目置かれたかったのだ。


「じゃあ、気にしないんだね。その椅子、数年前に音楽室で首をつった生徒が最後蹴った椅子だったの」


 私はさっと、青ざめた。

 恐らく私だけじゃない。

 私たちのやり取りを聞いていたクラス中の人間だ。


 たしかに、この学校では数年前に生徒が死んでいる。

 音楽室で首をつって死んだのだ。

 自殺とも他殺とも言われている。

 一応、受験などに悩んだ末の自殺として処理されたはずだけれど。

 だれもが、この学校を志望する際に気にする事件だ。


 だけれど、その事件の分を割り引いてもこの学校には魅力があった。

 納得して入学したはずだった。


 だけれど、自分の座る席が自殺した人間の最後に踏みしめたものだとしたら、気分はよくない。

 変えてもらうべきだろうか……。


 悩んでいると、始業のチャイムがなって、私は人が死んだ椅子に座り続けることになった。

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そこで人が死にました ☒☒☒ @kakuyomu7

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