論理的自決
不思議乃九
論理的自決
鎌倉の古い日本家屋。
書斎の畳に、論理学者・神宮寺教授が倒れていた。
胸には短刀による致命傷。
だが、その短刀はどこにもない。
引き戸は内側から施錠。
障子も閉ざされた密室だった。
机の上に、遺書が一行。
我は自由意思に基づき、必然の論理として、我自身の存在を絶つ。
「先生の論文どおりだな」
警部補の明石は言った。
「行動は有か無か。
有と無の同時否定は存在しない、だったな」
自決なら凶器が消えない。
他殺なら密室が成立しない。
どちらも、論理的に不可能。
そのとき明石は、教授の指に残った墨の染みを見つけた。
「……なるほど」
教授は胸を刺し、
内鍵をかけ、
最後に短刀を飲み込んだ。
胃液に耐えられぬ金属は、やがて消える。
凶器は無い。
密室は有る。
自決でありながら、他殺の否定も成立する。
神宮寺教授は、自らの肉体を使って、
有と無の同時否定を完成させたのだ。
論理は、最後まで正しかった。
人間だけが、そこから消えた。
【了】
論理的自決 不思議乃九 @chill_mana
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