彼女が抱かれていた、私の妹に。

無銘

2025/11/24

 彼女が抱かれていた、私の妹に。


 ベッドがぎしぎしと軋む。妹の部屋の女の子らしい内装とは対照的に、淫らな水音や嬌声が部屋に響く。甘ったるい匂いが部屋には充満していて、それがいつも千穂がつけているミスディオールのヘアミストの匂いだと気づいて、吐きそうになった。


「いや……」


 私はその場にうずくまる。けれど、なぜか、千穂にのしかかって上下動を繰り返す妹から目が離せなくて、這いつくばるような格好で、顔だけを前に向けた。


 私という突然の来訪者にも、妹は、なゆたは、少しも頓着せず行為を続ける。まるで私に見せつけるように。


 なゆたの指が、微かに糸を引いているのが見えた。それは、確かに千穂の履くスカートの奥から伸びているようだった。私がまだ見たことのない場所。今、一つ年下の妹の行為を通じて初めてその存在を意識した場所。今まで触れてこなかった、肉欲の源。


『私、キスしたいとかよくわからなくて』


 私が控えめに告げると、千穂は答えてくれた。


『私はれいちゃんと一緒なら、そんなのなくても幸せだよ』


 「そんなの」が目の前で繰り広げられている。度の強い眼鏡のレンズ越し、私が望んでこなかったもの、切り捨てたもの、理解してこなかったものが広がっている。多分、眼鏡を外してもそれは同じ。視界がぼやけるだけで、このむせ返るようなにおいも、激しい水音も、千穂の嬌声も、何も変わらない。眼鏡を外した私とうり二つの顔が千穂の身体に沈み込んでいるという事実は変わらない。


 千穂は、自分の嬌声にかき消されて、私の存在に気づいてないのか、まだ私がバイト先のケーキ屋で呑気にメレンゲをかき混ぜていると思い込んでいるのか、遠慮のない声を上げる。


「なゆたちゃん、きもちいい。きもちいいよ……!」

「ずっと、こういうこと、したかったの?」


 なゆたが頬の端を歪めながら尋ねる。私は目を見開いて、その様子を見つめる。両の手で耳を塞ぐことはしなかった。


「したかった。ずっと、したくて堪らなかった。けど、れいちゃんはそういうの興味ないから。自分の欲を伝えたら愛してもらえないと思って……!」


 普段の穏やかな声とはかけ離れた、絶叫にも似た叫び。なゆたはその嬌声を助長するように問いを重ねる。


「今は気持ちいい?」

「きもちいい……ずっとこうしたかった」

「お姉ちゃんと一緒にいるときと、どっちが幸せ?」


 快楽の方に追い詰めるように、なゆたの指の動きが激しくなる。心臓が嫌な音を立てて鳴っている。断頭台へと上る罪人のような心持ちだった。


 そして、ギロチンは落とされた。魔女のような表情を浮かべたなゆたの指に導かれるように、千穂は絶叫する。


「こっちの方が好き。ずっと、気持ちいいのがいい!」


 その声を聴いて、ああ、私はずっと空っぽだったんだな。そんなことを思った。そして、そんな伽藍洞を見つめる瞳。暗がりの中、なゆたはこちらを見つめて、告げる。


「だってさ、おねえちゃん」

「え」


 その瞬間、千穂が慌てたように、身体を起こすのが見えた。普段は穏やかでふわふわとした表情を浮かべる顔には、髪が無造作に張り付いていて、口の端にはよだれが溜まっていて、特徴的な垂れ目は見開かれてギラギラと光っていた。


「れいちゃん、バイトのはずじゃ……いつから見てたの?」


 千穂は、さっきまでなゆたに曝け出していた自分の身体を両手で覆いながら尋ねる。


 急遽ヘルプでシフトに入ったこともあり、店長が気を利かせて予定よりも早く上がらせてくれた。そんな事情を説明する気力もなくて、私はぼそっと呟く。


「ずっと、見てたよ」


 そう、ずっと見ていた。だって千穂だけが、私の隣にいてくれたから。まじめで融通が利かなくて浮いた話にはてんで興味がない。なゆたとは違って根暗で運動もできなくて、勉強しか取り柄がなくて、その勉強でもなゆたに負けて。それでも、私には千穂がいるからそれでよかった。千穂が、私の全部受け入れてくれるから、それでよかったのに。


「お姉ちゃんも混ざる?」


 見つめあったまま、どうしたらいいか分からなくなっている私と千穂をあざ笑うように、楽しそうになゆたは尋ねた。私は黙って首を横に振る。千穂は尚も薄っぺらな言葉を並べる。


「れいちゃん、違うの、これは……」

「うるさいなぁ、今はわたしがお姉ちゃんと喋ってるの」


 弁解を遮るように、なゆたはぞんざいに千穂を突き飛ばして組み敷いて、再び快楽をかき混ぜる。千穂は首を振りながら、叫ぶ。


「いや……」


 そんな色に濡れた言葉が拒絶の意で放たれていると捉えるものは一人もいないだろう。なゆたは、その事実を更に浮き彫りにするように、指の動きを激しくしていく。


「ずっとこうして欲しかったんでしょ? なのに、お姉ちゃんはしてくれなかったんでしょ? ほら、お姉ちゃん見てるよ」

「れいちゃん……見ないで」


 千穂は必死に首を振りながら、嬌声の隙間、こちらに視線をやる。その瞳は暗闇の中で艶かしく光って、微かに開けられた口から唾液の糸がだらしなく延びているのが見えた。快楽に揺らめく身体は抵抗したいのか、見せつけたいのか分からなくて。その矛盾を嗜虐的な快楽に変換するように、なゆたが罵る。


「って言いながら、さっきより濡らしてるよね笑。お姉ちゃん、千穂さんお姉ちゃんに浮気してるところ見られるのが気持ちいいみたい」

「ち、ちがう……!」

「だからうるさいんですけどぉ。今わたしはお姉ちゃんとお話ししてるから。それとも、なに? 一回いかせればちょっとは大人しくなるのかな?」


 そんな言葉が放たれると同時、千穂が大きく身体を震わせる。なゆたの言動がぞんざいになればなるほど、虐げれば虐げるほど千穂の快楽の色が濃くなるのが、こちらからでもわかった。暗闇の中でも、明瞭にわかった。ベッドのスプリングがギシギシと軋んで悲鳴をあげる。


 その光景に、なぜか、昔同じ部屋の二段ベッドでなゆたと二人、寝ていたことを思い出した。どっちが上で寝るかで毎回喧嘩して、決着はつかなくて。結局二人して狭いスペースの中、ぎゅうぎゅうの状態で抱き合って寝ていた。


 今はなゆたが上になっている。下になっているのは私の彼女で、たくさんの時間を一緒に過ごした幼馴染で。私は更にその下、ベッドよりも低い位置でうずくまっている。這いつくばるような姿勢で、呆然と目の前の光景を見上げることしかできない。


 なゆたがそんな私を、満面の笑みで見下ろす。ニヤッと笑って告げる。


「もうちょっとで、千穂ちゃんは大人しくなるから。そしたら、二人でゆっくりお話ししようね♪」


 地獄というのは随分私と似た顔をしているのだなぁと、場違いにそんなことを思った。

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