健全魔王と不適切な側近たち ~魔王になった寄生スライムは不純な魔界を規制します~

音喜多子平

第1話

「おかえりなさいませ、イム様! 魔界が誇る未来の希望、我らが支配者! 次代の魔王様!」


 派手な花火が夜空を彩り、魔界の森にある僕の実家を昼と見紛うくらいに明るく照らす。


 実家と言っても森に佇むちんけな小屋なのだが、その玄関前と周囲には大勢の魔族たちが旗を振り、熱狂的な歓声を上げていた。赤いカーペットが敷かれて楽団が盛大なファンファーレを奏でている。


 そのカーペットの先に立っていたのが…僕だ。


 理由あって人間界に出向き、三年ほどの放浪生活を終えて久しぶりに魔界へ帰省してきた。それだけなのに、この大騒ぎは一体何だ? 何なら僕、まだ実家のドアを開けてすらいないんだけど。


 すると一人の魔族の女が恭しく歩み寄ってきた。


「さあどうぞ! 次期魔王様の凱旋です。お進みください!」

「…いやいやいや、何の冗談? 僕が次期魔王?」

「左様でございます! イム様ほどの才覚と実力を兼ね揃えた方なら当然のこと。魔界の統一にふさわしい力をお持ちなのですから!」


 まるでミュージカルのようなセリフと動きで讃えられても困惑を助長するだけだ。


 僕はそれとは対照的にとても冷ややかな声で彼女の名前を呼んだ。


「アブール」

「何でしょうか、イム様!」

「ひとまず落ち着け。ちゃんと話は聞くから」

「承知しました。ではまずこの『魔王宣言書』へのご署名を…」

「しないっつうの!!」


 僕の痛恨の叫びも群衆の歓声に掻き消されてしまい、埒が明かない。とにかくこの集った魔族たちをどうにかしないと。


 そう結論付けてからは早かった。


 魔力を込めた右足を思い切り地面に叩きつける。その瞬間に一帯の土が僕に同化して水色のスライムと化し、群衆を包み込む。


 こうなってまで騒ぎ続ける輩は流石にいなかった。


 ようやく話が通じる状態になったので、僕は全員に告げた。


「とりあえず全員落ち着け。話はちゃんと聞くから」

「「はい…」」

「アブール。とりあえず部屋で事情を説明するように」

「…承知しました」


 いくら何でも百人からいる楽団全員を家に上げる訳にはいかず、どっからどう見ても首謀者のアブールを部屋に連れ込んだ。


 部屋に入ると彼女は再び傅いては挨拶をしてくる。


「イム様。改めて無事の帰省をお喜び申しあげます」

「それは…ありがとう。でも昔から言っている通り敬語は使わなくていいよ。立場とか生まれを思えば、むしろ傅くのは僕の方なんだから」

「とんでもない! 私なんぞイム様の足元に及ばぬというのに」


 三年ぶりだけど、変わんないな。改めてそんな事を思った。


 彼女はアブールと言って魔王に認められた八大貴族の一つ『マモン家』の息女だ。


 どういう訳か幼い頃から僕に懐いて離れようとしない。人間界に出る前もついて行くと言って聞かなかったのを無理やり宥めたのを思い出す。それに比べればいくらか凛々しく、そして淑女らしい顔立ちになっている。


 時たま暴走気味になるのは相変わらずのようだけど。


 とにかく二人揃ってテーブルに付けたから、いよいよどういうつもりなのかを問いただした…その時だ。椅子の仕掛けが作動して僕の体が一瞬で拘束されてしまった。


「は?」

「今です!」


 そんな孔明ばりの号令が響くと地面が鳴動した。ガガガっと家が軋み、家財道具が派手に転がり回る。するとすぐに車輪が回るような音が聞こえてきた。


 窓の外に目をやれば景色が瞬く間に移り変わっていく。もしかしなくても家が移動していた。


「僭越ながら留守中に凱旋用に作り替えさせていただきました」

「何を勝手に…」

「これもイム様が魔王に就任したことを広くアピールするため。どうぞご辛抱ください」

「…どこに向かってるの?」

「魔王城です。そこで正式に国民へ向けて魔王就任を周知しましょう」


 行き先は魔王城か。まあ家で一息ついたら帰ってきたことを魔王様へ報告に行くつもりだったから手間が省けたと考えよう。


 僕はそんな呑気な事を考えていた。


 しかし森を抜け、城下町に入ると事態は一変する。


「…は?」


 町の壁は僕のポスターで溢れ、そのいずれもが魔王就任を祝うような文言が記されている。しかもファンファーレを鳴らす一行に気が付いた町の魔族らが挙って大通りに集結し、拍手と賛辞で以て僕を出迎えてくる。


 後始末が心配になるレベルの紙吹雪を唖然として眺めながら、本当に魔王へ就任したような盛り上がりに僕は血の気が引いた。


 これは到着する前にこのバカ騒ぎの真意を確かめておかないと。


 僕はするりと拘束を解いてアブールを反対に絡め取った。


「え? 一体どうやって!?」

「どうもこうも僕はスライムだよ? 仮として人の形を取っているけど、流動体をあんなちゃちな仕掛けで拘束できるわけないだろ」

「さすがイム様! 私たちにできない事を平然とやってのけるッ…本当にすごいですね、尊敬します」

「どうせやるならキチンとオマージュしろや!」


 僕はため息をつくと乱雑に散らかる部屋の中から、ひとまず椅子だけを正してそれに彼女を座らせた。


「度の過ぎたお帰りなさいパーティかと思って深くは聞かなかったけど、あの騒ぎは何? イタズラにしちゃ面白くない」

「イム様に魔王を就任して頂くための応援隊です。私が声を掛けましたら百人から集まりました」

「うん…その人望はすごいけど。肝心なのは次期魔王がどうたらこうたらって話だよ。どういう事? 町の人たちも盛り上がってるし」

「言葉の通りです。イム様に魔王へと就任して頂きたいのです。というよりも皆はもう就任したものと思ってますよ」

「…」


 ふむ。どうやら冗談やドッキリの類ではなさそうだ。


 しかし、そうなると当然浮かび上がる疑問がある。


「そもそも今の魔王様は? ハモニー殿下は何を?」

「いなくなりました」

「…は?」

「三年前、イム様とラーダ様が人間界に向かわれてから幾日か経った頃、突如としてお姿が見えなくなったのです」

「はあ!?」


 僕はいよいよ声を荒げた。帰省早々、とんでもない事件が勃発していた。

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