『父さんは明日から来なくていいです』娘に追放されたアラフォー無能力者は喫茶店を始める。力を抑える必要はなくなったけど、娘が熱っぽい瞳で見てくる~『ママとの想い出は、私が塗り潰しますね!』~

ひなのねね🌸カクヨムコン11執筆中

第1話 お父さん、リストラされる

霧間睦記きりまむつきさん、本日までお疲れさまでした」


 局長室に呼ばれた時点で予想はしていた。

 覚悟を決めていたつもりでも、死刑宣告にも似たその言葉を耳にすると、心臓が嫌な音を立てる。

 

「年齢は……三日後に四十三歳ですか。目立った活躍は無し、順当ですね」


 まるでゴミの分別でもするかのような手つきで書類をめくるのは、先日着任したばかりの神無透佳かみなしとうか臨時局長だ。


 年の頃は十五か、十六。

 もし僕の娘が生きていれば同じ歳くらいだが、彼女が放つのは可憐さではなく、歴戦の英雄だけが纏う鉄錆のような威圧感だった。


「薬剤適正もなし……。よく前線部隊で生きてこれましたね」


 看護師を思わせる純白の制服。

 タイトスカートから伸びる細身の足を組みなおし、彼女は僕を値踏みするように見据えた。


「は、はい。運が良かったようです」


 神無臨時局長も元々は前線で活躍していたと聞く。

 管理職の椅子に座りながらも、組織の象徴である純白のパーカーを肩に羽織っているのがその証だ。


斎賀サイガさん、書類をお渡しください」


 隣に控えていた斎賀秘書官から、A4サイズの茶封筒が差し出される。


「ありがとう……ございます」


 鉛のように重く感じる封筒を、震える手で受け取る。


 下っ端とはいえ、国家公務員として十年以上、泥水をすする思いで務め上げた。

 それが、たった数枚の紙切れで終わる。

 僕の人生はこれほどまでに薄っぺらいものだったのか。


「……不服そうですね」


 氷のような声が飛んできて、僕の身体は大きく跳ねた。

 整いすぎた美貌は、時に刃物のような恐怖を相手に与える。


「い、いえ、そんなことは――ただ、」


 自分でも滑稽なほど慌てて右手を振る。

 彼女は長い黒髪をかき上げると、僕の心の奥底にある未練を正確に射抜いた。


「――娘を探せなくなる、と?」


「……は、はい」


 なぜ、僕が行方不明の家族を探していることを知っている?

 末端職員の個人情報など、上の人間はいちいち覚えないはずなのに。


「霧間さん、今回あなたがリストラに合う明確な理由は本部から通達されていません。納得できないでしょうが、それが今の日本の現状です」


 現状――。

 かつての東京都は壊滅し、事実上、消滅した。


 新たに『燈響都とうきょうと』として復興を掲げているが、問題は山積みだ。

 無能な末端を切る理由など、いくらでもでっち上げられる。


「こう考えましょう。

 退職したからこそ、これからは安全に生活できる――と」


「ですが、僕には――家族が全てだったんです。

 この十四年、あの日いなくなった家族を探すためだけに生きてきたんです!」


 気づけば声を荒らげていた。

 職を失い、権限を失えば、一般人が立ち入れない危険区域の捜索は不可能になる。

 それは僕にとって死と同義だ。


「コホン……斎賀さん、少し外していただけますか。

 霧間さんのプライベートに触れることです」


 臨時局長の言葉に一礼し、秘書官が退室する。

 二人きりになった室内で、彼女はふと、その能面のような表情を崩した気がした。


「退職後も娘さんを探す気ですか?」

「はい」


 僕は即答する。

 娘だけじゃない。

 双子の弟も、妻も見つけ出す。


「装備を返却したあなたが、非合法に探索を続ければ殺されるかもしれない。

 ――それでも娘を探すんですか?」


「ええ、必ず――見つけ出します。この命が燃え尽きようとも」


 即答だった。

 家族を取り戻せるなら、命なんて安いものだ。


 迷いのない僕の言葉を聞いて、神無局長が微かに息を呑む。

 その瞳が、一瞬だけ揺らいで見えた。


「もし、もしもですよ。

 ……娘さんを見つけたら、霧間さんはどうする気ですか?」


 管理職にしては踏み込み過ぎた質問だ。

 だが、答えは十四年前から決まっている。


「一生を捧げて幸せにします、僕の最愛の娘ですから」


「あ、朝ごはんを作ってくれたりとか、優しく起こしてくれたりとか……?」


「え、ああ……まあそうですね。もちろんです!」


「怒らないし、部屋も掃除してくれるし、お風呂に一緒に入ったり、添い寝してくれたり……?」


「はい! ……って、ええと?」


 勢いで頷いたが、思考が追いついてブレーキがかかる。

 娘が見つかったら思春期真っただ中だ。

 さすがに一緒にお風呂や添い寝は拒絶されるだろう。


 だが、彼女の瞳があまりに真剣で、縋るような色をしていたから――否定の言葉が出てこない。


「そうですか、なるほど……そうですか」


 彼女は一人で納得したように頷くと、再び咳払いをして「冷徹な局長」の仮面を被り直した。


「――話はこれで終わりです。

 霧間さんの気持ちはよく分かりました。

 ですが決定は覆りません。

 もう二度と危険な世界に足を踏み込まぬよう。

 娘さんもそれを望んでいると思います――どうぞ、静かな余生を」


「……今日まで、ありがとう、ございました」


 僕は唇を噛みしめ、頭を下げる。

 出口で渡された退職金はずしりと重かったが、胸に空いた風穴は塞がらない。


 この時の僕はまだ知らなかった。

 三日後、絶望の底にいた誕生日。


 想像もしない「大きなプレゼント」が家に届くことになるとは。



【あとがき】=============

 無自覚お父さんと愛重娘のバディアクションです。

 よろしければお付き合いください。


 カクヨムコンテスト11の公募作品(~2026年2月2日(月)午前11:59迄)です。


 もし「好きな方向性!」「気になるかも!」という方は、【★で称える】【+フォロー】でサポートいただけると、とっても嬉しいです!


 気力の高まりにより、さらに作品の魅力をお届けしてまいりますので、お力添えのほど、なにとぞ、よろしくお願いいたしますー!

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