財前公務員は心臓を探している

きょろ

一話読切

 自然災害、疫病、祟り、戦争。

 それらが人の目に見える頃には全てが遅い。世界では常に“災い”の前兆が姿を表し、知らずのうちに人類は脅かされている。


 人ならざるもの。

 大昔から語られている「おとぎ話」の一つに、こんな言葉があった。


くだんが現れた時、災いが起こる』──と。


**


 203X年。

 変哲のない日常風景に違和感が現れたのは突然で、それは人の多くが行き交う駅の近くで起こった。


「きゃああ!?」


 忙しない通勤通学の時間帯とはいえ、響いた女性の叫び声は異質だった。反射的に、女性の周囲にいた者達が一斉に視線を動かした。

 叫び声を上げた女性の目は戸惑い、困惑、そして恐怖を宿したまま一直線にどこか──彼女の視線の先にいたのは、一人の男性だった。


 清潔感のあるスーツ姿。髪は黒色の短髪。眼鏡を掛けた三十代ぐらいの見た目。至って普通だ。これといった特徴もなかった。

 ただ一つ、「頭部」を除いては。


「ゔば……ぁッ、あああがぁ……!」


 男性の頭部が、人間のそれからどんどん変化していく。顔の骨が折れる音、顔の肉が裂ける音。とにかく不快な音を響かせると共に変化していく男性の顔は直後、人間というものから明らかに逸脱した「悪魔」の形相を人々に晒した。

 焦げ茶色の肌。髪でも髭でもない体毛。角。

 強いて言えば、牛や獣に近い見た目であった。


「く、件だ……ッ! 逃げろぉぉ!」 


 どこの誰かも分からない一人の叫びが合図となり、周囲にいた人々は皆、最初に悲鳴を上げた女性と同じような恐怖の表情を浮かべながら一斉に逃げ出した。

 人々は「件」と呼ばれた、もう人ではない悪魔に変化している男性を中心に、蜘蛛の子を散らすように逃げ去る。


 制服を着た学生、杖を突いて歩く老人、宅配業者、キャリアウーマン。様々な人が津波のように逃げ惑う中、一人のまだ幼い少女が転び、手を繋いでいた母親と引き離されてしまった。


「あ、ママーっ!」

「ゆりあ……!」


 母親が人の流れに逆らって、転んだ我が子の元へ懸命に駆け寄る。そしてすぐに立たせ、逃げるように促す。


「ハァ……ハァ……ゆりあ! 大丈夫よ、ほら立って! 今はとにかく急いで逃げないと──!?」


 刹那、我が子が映る母親の視界に、何者かの足が入った。黒い革靴、清潔感のあるスーツズボン、ベルト、ワイシャツ、ネクタイ。

 母親の視線が何者かの足から徐々に上に動いていくと、最後に辿り着いたのは悪魔のような牛のような獣のような。とにかく人ではない頭部──件だった。


「ゔがぁぁ!!」


 もう人間としての自我がないであろう件は、目の前の親子を襲おうと片腕を振り上げた。


「っ!?」


 母親は咄嗟に我が子を守るように抱き締めると、それ以上はもう何も出来ずに、ギュッと目を閉じた。

 母親は、死を悟った。


「そこまでだ、件!」


 ──ボフゥン。


 次の瞬間、件ではない誰かの声と同時に“熱波”を感じた母親は、思わずパッと目を開けた。

 すると、そこには炎に照らされた、件とは色の異なる黒色のスーツを身に纏った一人の青年と、頭部が炎に包まれた件の姿があった。


「ゔぼぁぁぁ……っ!」


 頭部が火だるまになっている件が、言葉にならない呻きと共に苦しそうに藻掻く。直後、限界に達したのか、苦しんで藻掻いていた件の動きがピタリと止まった。息絶えていた。


「怪我はないですか?」と青年。


 件の死を見届けた青年が優しい表情で振り返って、親子に手を差し伸べた。


「は、はい……! 助かりました“執行人”さん、ありがとうございます……!」


 助けられた安心感で涙を浮かべながら、母親は青年にお礼を言った。彼の手に支えられ、母親と子供はゆっくりと立ち上がる。


「おい、執行人だぞ!」

「助かった……」

「よくやったな執行局! お手柄だぜ!」


 人々の恐怖の対象であった件を仕留めた青年に対し、周囲にいた人々が歓喜や感謝の声を上げた。場は戦慄の空気から一変、絶対的な信頼と安心感に移り変わっていた。


「ハッハッハッ、俺は当然のことをしたまでです! でもまぁ確かに、俺が駆けつけていなかったら危なかったでしょう!」


 謙虚なのか褒められたいのか、どっちつかずの態度を取った青年。少なくとも、誰から見ても嬉しそうには見えた。


「でももう安心して下さい! なんたって最強執行人の俺が来ましたんで!」


 執行人──。

 それは選ばれた人間の体にのみ宿る“奥拉オーラ”という特殊な力を用いて、世界に災いを引き起こす元凶と言われる件を狩る者達の総称。彼ら執行人の役目は、件を狩って人々を災いから守ることである。

 

 件と存在が当たり前の現代において、その件を唯一排除することが可能な執行人は、なくてはならない存在。

 だからこそ、国は執行人をまとめる「執行局」を正式に設立し、しかと法律の元、執行人は国が定めた新しい“公務員”として認められ、既に世間の一般常識となっていた。


「古今東西、どこに件が現れようと、必ずやこの俺があなた達を助けに……「こちら4班。たった今、対象の件を仕留めました──」


 青年の言葉を遮ったのは、艶のある赤髪を靡かせた一人の少女。

 彼女は青年と同じ黒色のスーツを身に纏い、耳に付けられた通信機器で何かの報告をしていた。


「はい、了解しました。終わり次第、局に戻ります」


 報告が終わったのか、赤髪の少女は耳の通信機器から手を離した。

 それとほぼ同時、少女に気づいた青年が話しかける。


「どうだマリア、今日も俺は絶好調だ! 人類を襲う件は、この俺が許さねぇぜ」

「それは誰に向けての何宣言なの? そういうの厨二って言うの。恥ずかしいから止めたほうがいいわ。執行局の評判にもかかわるし」


 赤髪の少女、マリアと呼ばれた彼女はまるで日常茶飯事と言わんばかりに、呆れた表情と態度を青年に向けた。

 だが、それでも青年は微塵もへこたれない。


「だからさ、いちいち水差すなよ。俺がいつ誰に向かって決意表明したって、別にいいだろ?」 

「まぁそうね。でももう私の前では二度と言わないで。 それに何度も言ってるけど、一人で先走る癖も止めて。迷惑」


 こちらも日常茶飯事なのだろうか、マリアは淡々とした毒舌を青年に返した。


「相変わらず手厳しいぜ……。ほんと、お前といると息が詰ま──っ!」


 皆まで言いかけた青年が急に言葉を止めた。同時に、彼は何かを見て目を見開いていた。


「どうしたの?」と思わずマリアが聞く。


「なぁ、お前も“執行人狩り”の噂知ってるだろ?」 

「ええ、それは勿論知ってるけど……それがなに?」


 青年の視線は一度もマリアに向かず、ずっと同じ方向を見つめている。数秒前まで笑みを浮かべていた青年の表情が、今では真剣だった。

 なんでも、執行人ばかりを狙った同一犯の可能性が高い事件が、ここ一年で既に6件出ており、局や執行人の間では「執行人狩り」の名で噂になっていた。

 

「確か執行人狩りの目撃情報って、俺達のような黒色スーツに、剣だか刀みたいな武器を所持している。そんで左目に傷があって、長い黒髪を結った細身の男……だったよな?」

「局の情報ではね。でもそれが一体なんだって言うの……「いた──」


 今度は青年が、マリアの言葉を遮って言った。


「は?」


 マリアが一言だけ言葉を漏らす。


「だからいるって、 その噂の“執行人狩りが”あそこに……!」


 真面目に、必死に、青年は自分がずっと見ていた視線の先を指差した。

 その先には一人の男の姿。彼は建物と建物の間、狭い路地に繋がる薄暗い場所で、建物の壁に寄りかかってこちら──青年とマリアがいる方向を見ていた。

 たった今、青年が言った執行人狩りの特徴と、全く同じ見た目をした男。唯一、顔だけが影でハッキリと確認は出来ないが、一般人とは雰囲気が違った。


「嘘、まさか本当にいたの?」

「あ!」


 刹那、青年とマリアに見られていると気付いた執行人狩りの男が、路地裏へ走り去った。思わず青年が、反射的に執行人狩りを追う。


「ちょ、待ちなさいよ! まだこっちの現場が片付いて……ってもう、すぐ勝手に動くんだからあのバカ」


 マリアは愚痴を吐きながらも、自分もすぐに青年に続くことを選択。

 

「あなた達は現場の処理が終わったら、先に局に戻って報告をお願い! 彼は私が連れ戻すから!」


 マリアは自分と共に現場に駆けつけていた他の執行人に指示を出すと、急いで執行人狩りを追う青年を追った。


**


「……」


 狭く暗い路地裏を走り抜けて行く執行人狩りの男。彼は走りながら一瞬、後方を振り返る。そこには自分を追いかけてくる青年の姿が。


「待ちやがれ執行人狩り! 絶対逃がさねぇぞ!」


 必ず捕まえる、と青年が執行人狩りの男を追い続ける。

 そんな青年を確認した執行人狩りの男は走りながら、誰にも見られることなくフッと静かに笑みを浮かべた。


 その次の瞬間、執行人狩りの男の背後から突如、一つの「火炎球」が飛んできた。


「……!」


 急に明るくなった視界と、背後からの熱を感じた執行人狩りの男は、咄嗟に火炎球を躱し、そして走る足を止めた。


「上手く避けやがったな。だが、追いついたぜ」


 執行人狩りの男が振り向く。青年はさっきよりも近くに。

 更に青年は、その手に「炎」を纏わせ、いつでも攻撃を放てる態勢になっていた。


「俺からは逃げられない。観念しろ、執行人狩り!」


 青年の瞳が、真っ直ぐ執行人狩りを捉える。 手から揺らめく炎が、より強さを増した。


「待ちなさい!」


 そこへ、息を切らしたマリアが追いついた。思った以上に速い執行人狩りと青年に追いつこうとしたマリアは、呼吸を荒げている。それでも彼女はいつも通り冷静で、的確な判断を失わない。


「なにやってんの。執行人は“対象が件だと断定した時”以外、奥拉の使用は認められていないわ。例え相手が執行人狩りだったとしてもね」


 身勝手な青年に対するマリアの説教も、いつも通りだ。

 しかし、青年の身勝手もまた、いつも通り健在だった。


「関係ねぇな。こっちは局の仲間が殺られてるんだ。件じゃなくても、アイツは俺ら執行人の執行対象だろ」

「感情論ではね。でも残念ながら正論でもないし、それはアンタが自由に決められる事でもない」


 青年とマリアが口論していた次の瞬間、執行人狩りの男が背に下げていた「剣」を鞘から抜いた。


「マリア、“匂い”を嗅げ!」

「私に命令しないで」


 青年と同じ考えだったのか、マリアはなにやら鼻に意識を集中させた。

 それと同時、執行人狩りの男が剣を構えて突っ込む。青年に斬りかかった。


(速ぇ……!)


 執行人狩りの動きの速さに面食らった青年。

 だが、反応した青年は執行人狩りの男が繰り出した一太刀を躱した。そのまま一旦、距離を取る。

 しかし執行人狩りの男が再び距離を詰め、攻撃態勢に。


「アイツが人間か件かはどっちでもいい! とにかく件の匂いさえすお前が感知すれば、それを理由に力が使える! 辺り一帯を嗅いで件を見つけろ!」


 青年と執行人狩りの男が交戦する。

 マリアは変わらず意識を集中させ、辺りの匂いを嗅ぎ続ける。

 直後、マリアの鼻が件の匂いを感じ取った。

 

「──! 匂いがした、件よ」

「よっしゃ!」


 青年は、待ってましたと言わんばかりに一気に炎の火力を上げた。そして鬱憤を晴らすかのように、両手から出現させた炎を執行人狩りの男目掛けて飛ばした。


「燃え尽きろ!」と青年。


「……」


 執行人狩りの男に迫る炎。それでも執行人狩りの男は一切動じることなく、自らに向かって来る炎目掛けて剣を一閃。

 美しい一筋の銀閃によって、炎は豪快に断ち切られた。

 更に執行人狩りの男の動きは止まらず、流れる動きで青年に反撃。


「まだまだ、遅いな」


 だが青年は執行人狩りの男の剣を掻い潜り、炎を纏わせた右腕を強く振り抜いた。


「くっ……!」


 執行人狩りの男は、かろうじて剣で青年の攻撃をガードすることに成功。青年の炎の拳が剣によって止まった。しかし、まだ青年の攻撃は終わっていない。彼はそこから強引に火力を高めると、力技で執行人狩りの男の剣を弾き返した。


「っ!?」


 剣を弾かれた衝撃で、執行人狩りの男は僅かに体勢を崩し、隙が生じた。


「食らえ!」


 その一瞬の隙を見逃さなかった青年は追撃。左腕から繰り出された攻撃は、遂に執行人狩りの男を捉えた。


「ぐ……!」


青年の攻撃を食らった執行人狩りの男は、数メートル後方に殴り飛ばされた。


(いや、アイツ……俺の攻撃が当たる瞬間に、自分で後ろに飛んでダメージを減らしやがった)


 青年の感じた通り、飛ばされた執行人狩りの男は片膝を地面につくことなく堪えた。そして執行人狩りの男も再び反撃するべく剣を構え直して攻撃────かと思いきや、執行人狩りの男は踵を返し、逃走した。


「な!? 逃げんじゃねぇ、この卑怯者! マリア、やつの動きを止めろ。俺がトドメを差す!」

「だから、私に偉そうに命令しないで」


 直後、マリアが奥拉の力を解放。彼女から「冷気」が溢れた次の瞬間、逃走した執行人狩りの行く手を阻むように、冷たい氷の壁が出現。

 執行人狩りの男は完全に逃走経路を断たれた。


「ちっ……」


 想定外の事態だったのか、執行人狩りの男はこの日、初めて表情を歪めた。

 そこへダメ押しの如く、青年が業火の炎を放った。


「これで終わりだ! くたばれ、執行人狩りッ!」


 青年の渾身の攻撃。恐ろしいほどの熱波は、マリアの出現させた氷を溶かすほどの熱さ。

 しかし、マリアの分厚い氷の壁が全て溶け切る前に、青年の炎が執行人狩りの男に直撃するのは一目瞭然。


 勝利を確信した青年は、無意識に笑みを浮かべていた。


「やっと匂いが零れたわよ、“財前ざいぜん”──」


 一瞬の静寂を生んだのは、マリアの小さな一言。


 そして、なにより違和感があったのは、彼女のその一言が仲間の青年に向けたものではなく、「執行人狩りの男」に向けられた言葉であったからだった。


「やっとか。遅ぇよマリア」


 執行人狩りの男──ではなく、「財前」と呼ばれた彼がそう言うと、刹那、財前を纏う空気が一変した。


 ──ゾクッ。


 「……!?」


 次の瞬間、財前から飛ばされた突き刺さるような殺意によって、勝利を確信していた筈の青年の笑みが一瞬で消えた。

 それと同時、何故か青年の視界がぐるりと半回転。上下が逆さまに。そしてボトッという鈍い音が響くと共に、青年の視界は二度、三度と回った。

 青年の頭部は、地面を転がっていた。


「ば、馬鹿な……! 一体、何が起こった……なっ!? 待て、なんでお前が“そいつ”の隣にいるんだ、マリアァァ!」


 首の断面から夥しい血を流しながら地面に落ちている青年の頭部。

 首を切断されてもなお意識があるのか、青年は自らの視界に映った信じられない光景……味方である筈のマリアが、何故か執行人狩りの男と違和感なく並んでいるのに、非常におぞましい違和感を抱いた。

 だからこそ、頭だけでも感情的にマリアに怒声を放った。


 対するマリアは、凍てつく氷のような鋭い冷酷な瞳で、地面に落ちる青年の頭を見下していた。


「気安く私の名前を呼ばないで。ほんとに不快なのよね、あんた達“件”って──」


 マリアから冷たく放たれた一言に、目を見開いた青年。

 彼は、驚き、困惑、戸惑い、更に怒りまでもがぐちゃぐちゃに混ざった表情を浮かべていた。


「お、お前……いつからそれに気づいてやがった!? まさか人間の分際で、この俺を嵌めたのかっ!!」


「先に嵌めようとしたのはアンタ達でしょ」 とマリア。


 彼女は青年の髪を掴んで持ち上げると、自分と同じ目線の高さまで頭部を上げた。


「件は人類に災いを起こす、邪悪な存在。そんなこと、さっき助けた小さな女の子でも知っていることよ」


 直後にマリア、掴んでいた青年の頭部をポイッと宙に投げる。


「さよなら。件に災いを起こすのが、私達“執行人”の務めだから」


 最後にひらひら、と軽く手を振ったマリア。

 宙に投げられた青年の怒りは収まらない。


「っざけんじゃねぞぇこのクソ女! テメーらは必ず俺がぶっ殺してや──っ!?」


 刹那、宙に浮いていた青年の頭部が、目にも止まらぬ速さの財前の剣術によって切り刻まれた。

 ボトボトっと落ちた肉塊が言葉がを発することは、二度となかった。


「ったく、これで何体目だ? よく普通に活動してられるもんだな、執行局は」


 剣の血を払い、鞘に納めながら文句を吐く財前。

 結んでいた髪を解き、もう一度まとめ直す。


「私でも嗅ぎ分けられない件が、まだ局には紛れているわ」

「やはり末端を狩り続けても意味がない。“元凶”を見つけないと埒が明かん」 

「だからって、執行人狩りなんて言われる今のやり方はどうなのかしら?」

「国民の税金を無駄にしてるだけの、役に立たない上層部よりマシだと思うが」

「でもその上層部がこの間言ってたわよ。『執行人は公務員である。財前はそれを理解してるのか? そもそも、アイツは単独で何をしているんだ』って」

「くそ、人がいない時に好き勝手なことを……」


 財前はやれやれ、と溜息を吐いた。


「いっそあなたが辞めてくれれば、私も無駄に疲れなくて済むんだけどね」

「俺だって好きで執行人をやってる訳じゃない。あ、今は執行人狩りか」 

「どっちでもいいわよ」

「とにかく俺は、俺の“心臓”を奪った 『三つ目の件』を見つけ出し、必ず自分の心臓を取り戻す。ただそれだけだ──」

 

 財前から、並々ならぬ決意と覚悟を感じ取ったマリア。


「それまではお前も一蓮托生だぞ、マリア。お前の鼻は役に立つ」

「私をトナカイみたいに使わないで。言っとくけど、あなたが私を使ってるんじゃくて、私が件を倒す為にあなたを使ってるんだからね」


 急に勝ち誇ったようなマウントを取ったマリア。ニヤリと財前を見る。


「あ、そういえば昨日、駅前のラフォンって店のケーキプレゼント券を貰ったなぁ」


 財前が急に、わざとらしい独り言を吐いた。そしてスーツの内ポケットから、ケーキプレゼント券をチラつかせる。

 すると、それを見たマリアの目が、突如ダイヤモンドダストのようにキラキラ輝いた。


「え!? いつも行列で、なかなか買えないラフォンのケーキ!? それもプレゼント券!?」

「俺は甘いもん食わないからよ、これはマリアにあげようと思ってたんだが……どうしようかな」


 見え見えの、残念がる芝居をする財前。仕方なく家に帰ろうと歩き出す。

 しかし、マリアがそれを阻止。更に急に甘えた声を出し、財前に負けず劣らずのぶりっ子芝居で歩み寄った。


「あ~ん、もう、今のは冗談に決まってるじゃない財前~! 私はあなたに使われるのが生き甲斐なの。これからもどんどん使って、一緒に件を狩りましょう? ってか、いつからそんな冗談も通じなくなったのよ、このこの~」


 見るに堪えないマリアのぶりっ子演技。財前はなにも、こんな彼女の姿を見たかったわけではない。

 今日一番の不測の事態だ、と財前は再び溜息を吐いた。

 マリアは案外、手応えを感じている様子だった。


「現金な奴だ。三つ目の件もこれぐらいちょろければ楽なのにな……」

「って、待ちなさいよ財前。あなたもしかして、このまま帰る気? 報告書は?」

「それ、わざわざ聞くか?」


 財前は気怠そうに言いながら、またケーキプレゼント券をマリアに見せつけた。

 マリアは二つ返事で「私にやらせて下さい!」と申し出た。


「あ、でも、上層部には一応あなたのこと伝えておくわよ。こっちは耳にタコが出来るほど、『財前は公務員のくせに、どこでなにをしてるんだ!』って言われてるんだから」

「ふん、自分達のことは棚に上げて、本当にいいご身分だな」


 ケーキプレゼント券をマリアに投げ渡した財前。

 家に帰ろうと数歩前に進んだ財前は、最後にふと振り返ってマリアに言った。


「伝えといてくれ、財前公務員は心臓を探してる──と。アホな上層部共にな」

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