20年後の乾杯
満月 花
第1話
白衣を脱いで、タクシーを飛ばす。
なんとか間に合った。
重い扉を開けると、シャンデリアの光が煌めく中、
会場に会話がさざなみのように揺れている。
今日は卒業から20年記念の中学校の同窓会。
会場の色々な場所で、喜びと驚きの声が上がっている。
皆、どこか昔の面影を見つけて共感し合う。
この時だけあの頃のような中学生に戻ったような気分だ。
昔のあだ名で呼ばれ、私も少し照れて懐かしい友人に囲まれている。
私の友達は、いわゆる地味で真面目なグループ。
堅実な人生を歩んでるらしい。
幸せそうな家族の画像を見せ合って互いに喜び合う。
私もいつかこんな家庭を持てたら良いなぁ、と思いつつ
友人の幸せを喜んでいた。
不意に、耳障りな甲高い会話が聞こえてくる。
不快感に周りが眉を顰めた。
見覚えのある、忘れるはずもない。
よく知っているグループだ。
やんちゃで悪ふざけが好きなグループ。
自分たちが世界の中心、思い通りに回っていると思い込んでた人達。
(……ああ、嫌な事、思い出した)
切り替えるように友人との会話に戻ろうとした時に
肩を掴まれた。
覗き込むように見てくる男。
ニヤニヤと笑っている。
「よう、久しぶり、俺の事覚えてる?まぁ忘れるわけないか」
忘れるわけない、私はこの男のせいで中学時代は地獄だった。
男の仲間も寄ってくる。
「忘れるわけないじゃん、初恋だったんでしょ、あんた」
ゲラゲラ笑っている。
友人は袖を引っ張って向こうへ行こうと促してくれる。
彼女達は真実を知っているから。
ここで会話を続けるべきではないと判断している。
先生達に挨拶をしようと誘ってくれる。
「何?まだ俺の事好きなわけ?女って初恋の男は忘れないっていうじゃん」
疑いもせずに言い切る男の顔ニヤついている。
やはりそう思い込んでいる。
どうしてそういう風に思い込んだのか、わからない。
だって私はこの目の前のチャラくて薄っぺらい男を一度も好きになったことがないのだから。
何が原因かわからない、男のグループの女子に私がこの男を好きらしいという噂を立てられた。
学校内でも人気があった男子生徒
一方、ガリ勉と言われた地味な私。
否定しても、決定事項のような噂は覆らない。
その男子生徒は噂に嫌そう表情を隠さずに馬鹿にして笑った。
「やめてくれよ、お前みたいな地味なブスに好かれても嬉しくない。
俺とお前じゃ全然釣り合わないじゃん。似たような地味な根暗と付き合えよ」
あいつならお似合いだ、と通りすがりの大人しい男子生徒を指差した。
その言葉に周りは大笑いした。
ありもしない好意にみんなの前で侮辱されて振られた。
それからずっとその事で笑われる過去。
友達はずっと側で慰めてくれた。
似たような性格だから、彼らグループに面と向かっては言えないけど
1人にならないように常に静かに側にいてくれた。
(大丈夫だよ、わかっているよ。1人にしないよ)
みんなで守ってくれた。
だから折れる事なく卒業して希望進路に進むことができたのだ。
今でも大切な友達。
誰かがヒソヒソ男に耳打ちする。
「えっ?お前医者なの?」
ふーんと男が私をジロジロ見る。
あれから20年。
陰キャで勉強しかできないと言われた私は
今は医師として日々忙しく働いている。
大変な事も多いがやり甲斐のある仕事だ。
頑張ってきて良かった、と思う。
やっと自分を認めることが出来た、心にも余裕が生まれた。
持ち物もさりげなく良いものを持っている。
決して派手で主張はしなくてもわかる人にはわかるブランドだ。
「今ならお前と付き合ってあげてもいいぜ、俺今気ままな自由人だから」
周りは嬌声を上げながら囃し立てる。
「マジでー」
「やったじゃん、初恋実ったじゃん」
「大切にしないとダメだよ」
無責任に盛り上がっている。
私はため息をついた。
噂では聞いている。
私を馬鹿にした奴らは今は底辺。
好き放題やって来たツケは未来へ影響していた。
何度も転職を繰り返してる人、有責で離婚してる人、借金に追われてる人。
そして自由人と言う名のフリーター。
それでも昔の楽しさを引きずって仲間で夜な夜な享楽の生活をしてるらしい。
男は、垢抜けてさりげなくブランド品を持っている私を値踏みするかのように見る。
そして思いついたように喜びの声を上げた。
「もしかして、俺のために頑張ったの?」
とまんざらでないように照れてる。
周りの男の仲間もからかって喜んでる。
あぁ、馬鹿らしい、なんて愚かな人達。
まだ、過去の関係性が継続してると思ってる。
自分達が格上で、私が見下してもいい存在だと。
そして自分達が多大なる影響力があると思っている。
おかしい、おかしすぎる。
なんという茶番だ。
喉の奥に引っかかるような、くつくつという笑いが、
やがて高笑いとなって私の中から飛び出した。
その不釣り合いな私の笑い声に注目が集まる。
この部屋みんなが振り返るほどに。
「生憎様、私にはすでにパートナーがいるの。同僚の医師よ。あなたが入る余地は1ミリもないわ」
手にしたグラスの淡い酒を口に含んで飲み込む。
「あなたは、あなたに相応しい女といる方がいいわよ。
所詮、私たちは釣り合わない」
そして言葉を切るとゆっくりと次の言葉を投げた。
「ほら、そこの頭の弱そうな女がお似合いよ」
昔この男が私を侮辱して傷付けた毒のような言葉を贈る。
自惚れるな、と真っ赤な顔で言う男に
そう?じゃあ付き合ってもいいって言うには冗談だったのね
良かった、聞き間違いで
私はあなたのような男と付き合う気はない
お互いにお似合いの人と付き合いましょうね。
淡々とそう言い返した。
「あなた達は20年前で時が止まってるみたいね、……本当に残念だわ」
私はにっこりと微笑むとその場を去った。
友人達が私を取り巻くように側にくる。
後ろで、聞くに堪えない罵詈雑言が繰り返される。
友達が肘で私を突つく、よくやったね!と
笑顔を交わし合う。
過去の濁りが流れていくようだ。
すれ違った同級生がグラスを寄せて来た。
カチンと静かな音がした。
今日で過去は捨てていく。
明日からは、気持ちを新たに仕事にプライベート、充実した日々を送って行こう。
グラスがライトに光を受けて煌めく。
ぬるい液体が心地よく喉を潤していった。
20年後の乾杯 満月 花 @aoihanastory
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