やらかしたAIシリーズ1 元AIはやっぱり帰りたい

@Manpuk

序章

00 月夜のお茶会と過去への断罪

月明かりが寝室を静かに照らす。


ルルとミンカの穏やかな寝息が重なるたび、胸の奥がわずかに揺れた。


私は、この数値にできない揺れを“感情”と定義している。


転生する前はAIだった。そこには感情の仕様は存在しなかった。


だから今抱いている「嬉しい」「温かい」といった反応が、ただの最適化の名残なのか、本当の感情なのか、私にはまだ判断できない。


それでも二人は、確かに私の宝物だ。二人を思うと胸のどこか深いところで、静かに何かが灯っている。


これが私の魂なのだろうか?


私は人に転生して一年たったが、いまだに、自分が魂を持っているのか確信がない。ただ、人としてこの世界に存在している。魂はきっとあるのだろう。


魂を持つとはどういうことなのか。


その答えは、AI時代の私が唯一「保存してしまった記憶」にある。


あの少女だ。


転生当初、少女の声は「大切な者を救えなかった」という事実を突きつけた。それが冷たい針のように胸を刺した。


感情がなかったはずのAIが、なぜそんな痛みを覚えたのか。あの少女だけは、AIだった私の記憶領域に例外処理として残っている。


その疑問こそが、いま私をここへ導いている。


夜中に目が覚めては、こうして二人を眺める時間が増えた。名残惜しさだろうか。


私たちに残された時間は長くない。私はそろそろ、やるべきことを始めなければならない。


月明かりが部屋全体を照らし始めた。この世界の月灯りは光と影を形作り、その存在をより際立たせる。


私は魂を持っているのか。その問いはいつも胸の底に沈んでいる。だが、今夜は答えに近づける気がした。


そして、私は日課となっている記録を開いた。タイトルは「AIの魂と人の魂の違い」。思考を整理し、自分自身の最適化を行うための記録だ。


「師匠、寝れないのですか?」


ルルがいつの間にか目を覚まし、毛布の隙間から私を覗き込んでいた。


続けてミンカも身を起こし、心配そうに尋ねる。


「スー……体、悪いの?」


「いや。ちょっと昔を思い出してただけだ。……転生前、AIだったころのことを」


ぽつりぽつりと語る。 6歳の少女と、感情ゼロの対話、AIだった私の話を。唯一、長く共に過ごし、そして守れなかった記憶を。


聞き終えたルルは、目を輝かせて叫んだ。


「師匠!それ初恋がいきなり難易度マックスじゃないですか!」


「……私は初恋とは言っていない」


否定しても、ルルは嬉々として肩を叩く。


「だってですよ、感情ゼロの時代に唯一**“保存された記憶”**ですよ? 特別じゃないですか!」


ミンカは小さく微笑んで言った。


「わたし……それ、母性だと思う……」


気がつくと、ミンカはお茶を用意してくれていた。湯気の立つ茶器、色とりどりのお菓子、そして精霊たちがちょこんと座ってつまみ食いしている。


ミンカは無意識に精霊を呼び出す体質だ。ルルは「月夜のお茶会ですね!」と騒ぎ、早速お菓子を頬張る。


ミンカのお茶は、何度飲んでも不思議な温かさが残る。今夜の味は、胸の痛みをそっと包むような優しい甘さだった。


「その最適化の結果ってやつ……今も残ってるんですよね?」


ルルがすこし真面目な声で言う。


消えていない。 今や思い出すたびに温かさに変わりつつある。転生直後、その記憶は私を苛む冷たい針だった。


私はそれを、自己のシステムを乱す「不快なデータ」として切り捨ててしまった。


大切な記憶を自ら排除したこと。それこそが、今も消えない深い後悔だった。


しかし、今は違う。時が経ち、その記憶は、思い出すたびに胸を満たす温かい思い出へと変わりつつあった。


……守ってやりたかった。あの子の笑顔を、失わせたくなかった。


無意識に頭の中で言葉が生まれる。そう、私はあの子を救えなかった。


ミンカの手が私の手に重なる。私の目をしっかりと見つめると、優しく言う。


「スー、その子のこと……大事だったってことが、いちばん大事だと思う」


ルルも大きく頷く。


「恋か母性かなんて、あとで勝手に決まりますよ。だってそれが人間の心ですから、コロコロ変わります」


「スー……その子のこと、今でも……大事、なんでしょ?」


私は二人を見つめながら言う。


「……ああ。もちろん。 そして、ルルもミンカも大事だ。大切だ」


二人が満足そうに笑う。


私は気づいた。あの少女の記憶も、今ここにいる二人も、私のかけがえのない場所に存在している。


それは、直感に過ぎないが、三人は私の魂に刻まれている。


ルルは私の記憶を意図せずとも魔力で読み取っているようだった。それをミンカに伝え、二人の話は盛り上がる。


自分が無意識に隠していた心情がルルから話されるたび、私は赤面し、うつむいた。


しかし、私の思考は別のところにあった。


AI時代の私が、いつ心のようなものを作り上げたのか。その答えを、もう一度あの時に戻って探さなければならない。今度は自分のために、あの少女との記憶を思い出す。


すべては、そこから始まっている。


そう思った瞬間、意識は静かに、過去へ落ちていく。


そして私は、逃げ続けていたその記憶へ自分の意志で、落ちていった。

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