第10話 花はかくして燃え滾る

 この禁苑きんえんで過ごすようになってから更に数日。華宴かえんもいよいよこの週に迫っている頃、咲夜さくやは早くも帰路に立たされていた。


(華宴のような競技性のあるものは力を使っていかないと、ただの人間の私には本当に何も出来ないわ)


 勿論存在しないと言われた以上、此処でも隠す事は変わりないのだが、獣族けものぞく天賦てんぷという力を前に自分だけ生身と言うのは経験不足もあるがあまりに不利だ。

とはいえ、感情や感覚そして記憶を気取る能力はどちらかと言うと正攻法とは真逆の力。使い道としては「答えを知る」「探る」という事に特化する。

 しかし催事中に「失礼します」と言って他の花達の握手するというのはおかしいし、何よりそれは狡い。そもそも意図したものを読み取れる精度が咲夜にはなかった。

 何より緊張している状態の者の感覚は普段より鋭く、激しい。読み取って咲夜の気が動転してしまっては元も子もない。


(使わない事で平和であろうとしてきた。でも上手に生きていく為には、まず自分の力をきちんと知って上手に使える事でもあるのかも)


 環境が変わった事でそう思えるようになった事は、良いことか悪いことかはわからない。

咲夜はじっと手袋をしたままの両手を見つめる。少なくとも、今回の催事において使える場面は少なそうだと溜息を吐く。

 すると杏子あんずがずいっと咲夜の視界に入り込んでくる。


「悩み事ですか?」

「わぁっ!?」

「ふふ、申し訳ございません。ずっと手を見て固まっておられたので。……その手袋、風変わりですが可愛らしいですね」

「ありがとうございます。母の着物から拵えたもので。母が父と初めて逢瀬をした時のものなんです」


 咲夜がそう言うと杏子はぱっと目を輝かせて、微笑む。

いつも余裕のある大人びた笑みで見守ってくれる様子とはまた違った愛らしさがあって、同性ながら咲夜はぽっと頬を染めた。


「まぁ素敵!いいですね、そういうの。でも折角なら着物としてお召しになられたら良かったのに」

「わ、私はそうした殿方いなかったですから」


 本当は自分には可愛らしすぎる、似合わないと思っていたからなのだが、気に入っていたのも事実だ。

だからこそせめて──と手袋にした。今はこうして無闇に力を使う事も防いでくれる、物言わぬ相棒であり母の思い出の形の一つで、後悔はない。

 杏子は「あら」と不思議そうな顔をした。


「では今度は竜胆りんどう様用に愛らしいお召し物を用意いたしますね」

「……え、えぇっ!?り、な、何故ですか!?」

「あら。だって此処の花は皆竜胆様のものですよ。貴女様も、その大切な一輪に御座いますから」

「あ、た、確かに立場上はそうですもんね……。い、いえでも今も素敵な着物をたくさん用意して貰ってますので」


 突然思ってもない相手の名前が出てきて、咲夜は思わず普段出さないような大きな声が出る。

ぎくしゃくと杏子に断りを入れつつ、頭の中には表情が少ないながらも僅かに微笑んでくれた雨の日の竜胆が思い浮かんだ。

 それだけでまた浮ついて、心がそわそわしてしまう。気持ちだけが体から抜けて何処かに行ってしまいそうな感覚に、咲夜は気持ちが飛び出さないようにとでも言うようにぎゅっと胸を抑える。


(お元気にされてると良いな)


 臣下達が畏れを抱きながらも慕い、花達が皆一様に彼の為にと励むのは今なら理解出来る。

あんなに美しくて優しさも兼ね備えて一族を仕切る人なのだから、是非隣にと思う女性は多くいるだろう。


「そうそう。華宴の件、正式に当日にやる種目が出ました。とはいえ選択性ですので、今までやってきた事は無駄にはなりません」


 そう言って杏子が一枚の紙を出す。

 刻とやる事の順序が一覧でずらりと書き出されていて、催事というのは一日をかけてこんなに色々執り行うのかと咲夜は目を丸くした。


「花は全員二種目を選択して挑戦します。そして最後に一種目。全員共通の種目をやって、総合得点で今年の勝者を決めるのです」

「共通の種目は何なのですか?」

彩占筺さいせんばこですよね杏子様!大一番の運試しで御座います!!」

「ふふ、そうです。さすが小桃こもも。でも、順を追ってね」


 掃除を終わらせた小桃がにゅっと得意げに種目の名を言って、雑巾を握りしめて目を輝かせる。

それを見て優美な所作で「待て」と手で制する様は、さながら飼い主と飼い猫のようだ。一方で咲夜は種目名と呼び方に頭が混乱した。


「さ、賽銭箱……?」


 頭の中では完全に銭を箱に投げて拝む様子を想像したが、杏子が指差す紙には「彩占筺」と記されている。

なるほど。こう書くのかと納得しつつ、この種目自体はこれまで練習もしていないもので咲夜は困り顔で杏子を見た。

杏子は小桃の喉元を撫で、小桃がごろごろと心地良さそうに鳴いている間に説明を続ける。


「やる事自体は簡単ですよ。龍仙花りゅうせんかという龍族の特別な花が筺のどれかに入っていてそれを当てるだけです」

「え、そ、それだけですか?」

「そう。天賦には当然差があって得手不得手があります。だから運試しの種目が用意されている。他の種目の最高得点は五点ですが、この種目は二十点なのですよ」


 つまり選択した二種目で五点ずつ取ったとしても、最後の種目で逆転される事がある。そしてその逆も然りという事だ。

「ちなみに龍仙花はこちら」と杏子が本物を見せてくれる。茎や葉は灰色だがその葉から紫色の美しい花が咲いている。


「綺麗……」

「でしょう?勿論侍女達が筺と花を用意する事も厳禁。最後の種目は龍宮りゅうぐうの男衆が苑外えんがいから用意した筺に龍仙花を入れるので、不正もありません」

「しっかり対策されてるんですね」

「ええ。先日の繰り返しですが、獣族の天賦は物理的な能力に特化していて人や物に干渉する能力はありません。気兼ねなく運をお試しくださいませ」


 これならば──と咲夜はぎゅっと両手を握りしめる。



(これなら私の手が使えるかも……!)



「この種目は天賦禁止なのですか?」

「いえ?使っても良いのですが、筺に変化が起こるという事が禁じられているので殆どの者は使えないかと。あくまで触れて、どの筺に花が入っているかを当てるという事ですね」

「なるほど……」

「ええ。涙鱗るいりんを授かり、人の身で此処へいらっしゃった咲夜様ですもの。我ら龍の思し召しにきっと導かれます。私、期待しておりますわ」

「小桃も当日はお傍に控えて全力で応援いたしますっ!何でもお申し付けくださいね、咲夜様」


 花達の能力は、火や水などの現象を駆使するものが多い。

これを使おうとすると筺が壊れたり、何かしらの変化が生じてしまう。催事が「運試し」と決め打っているのはそれが要因だろう。

いよいよ咲夜の淡い期待は強い希望になった。筺に触れ、龍仙花を入れた者の感覚を気取れば咲夜にも勝機は見出だせる。


(助けてくれた龍にも、竜胆様にも少しは気持ちに応えられる)


 何より初めて、この力を有意義に使える。これならば人の気持ちや感覚、記憶を無闇に暴いて相手を害したりしない。

とても平和的な使い方だと咲夜はこの手の使い道に嬉しさすら覚えた。催しの一環で、生活に役立てられるというものではないにせよ、これは咲夜には喜ばしい第一歩だった。


「ありがとうございます、二人とも。私、頑張りますね」


 練習は悔しい結果ばかりだが、選択種目も最終種目も今日より明日。明日より明後日と得点も経験も積み上げたいと咲夜は強く思った。

そして今一度自分の両手を見て、ぎゅっと握り込む。


(使わない選択肢でずっと向き合う事から逃げてきた。でも、この手ともわかり合わなくちゃ)


 そして母が教えてくれた、越えた先を見つける。

 目的のある人生は、こんなに色があって欲がある。

 今の咲夜には知らない事、知らない自分がたくさんあって、どれも新鮮でならなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

六月の花嫁は龍を恋慕う 星川とか @hskw_etc

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画