九条 慧の診療録

SAKURA

第一章 透花大学病院 メスを置いた後の罪

第1話 メスを置いた後の罪

ある手術は、の病院長である外科教授、神宮寺 じんぐうじ とおるのキャリアハイとなるはずだった。


患者は地元の名士、宮本 節子みやもと せつこ

肝臓にできた巨大な悪性腫瘍は、複雑に主要血管を巻き込み、「」と判断されてもおかしくない難症例だったが、神宮寺は病院の権威のためにこの手術を強行した。


「血管剝離完了。続いて腫瘍摘出を行います。メッツェン。モノポーラ。」


……


「腫瘍摘出完了。ガーゼカウント。」

看護師:「問題ありません。」

「閉腹に移ります。モノフィラメント。」


……


「自動吻合器。」


……


「肝臓腫瘍全摘出終了。お疲れさまでした。」

一同:「お疲れ様でした。」

麻酔科医:「手術時間 18時間 23分 30秒。麻酔時間 18時間 46分 10秒。血圧102/63。心拍数72でサイナス。」






成功の裏には、副執刀医、九条 慧くじょう けいの比類なき技術があった。

九条の報告通り、手術は十八時間におよびながらも腫瘍は完璧に切除された。


カンファレンスルームで神宮寺は誇らしげに報告し、

「外科の責務は果たした。後は内科と看護に任せる」と締めくくった。


しかし、九条は報告書を見つめたまま無言だった。


神宮寺が

「何か異論でも?」

と九条に牽制の視線を送ると、九条は冷たい鋼のような声で答えた。


「術後の疼痛管理が不十分です。通常の鎮痛剤では、あの患者の慢性的な腰痛は緩和できません。このままでは、離床とリハビリが遅れ、手術は成功しても、患者のQOLは破綻します」


神宮寺は不機嫌に鼻で笑い、

「術後の痛みは整形外科の領域だ。君は外科医だろう、九条。完璧に切ったことに集中しろ。君の役割はそこで終わっている」

と言い放った。


九条はゆっくりと顔を上げ、冷徹な目を神宮寺に向けた。


「いいえ。メスを置いた瞬間から、外科医の仕事は半分終わったに過ぎません。私は、患者の破綻を防ぐ。それ以外に興味はありません」


九条はそう言い残し、カンファレンスルームを出ていった。


その日の深夜、宮本節子の容態は急変した。術後の慢性的な腰の激痛と、精神的なショックから完全に食欲を失い、急速に衰弱し始めたのだ。


内科の佐倉さくら医師は「高齢者の精神的なものだ」と決めつけ、マニュアル通りの鎮痛剤の増量しか指示しない。


透花大学病院の縦割り体制の中で、誰も患者をトータルで救おうとはしなかった。


九条は、病院の裏口で麻酔科医の一ノ瀬 杏いちのせ あん、リハビリテーション科医の立花 健たちばな さとると落ち合った。


「痛みの壁は杏先生が壊す。リハビリの壁はあなたが壊す。しかし、機能回復だけでは不十分だ。立花先生、あなたは今すぐ、彼女の食事のプランを設計し直せ。痛みに配慮し、一口でも食べたくなるメニューを。それは機能回復の第一歩だ」


九条の指示のもと、一ノ瀬は高度な神経ブロックを成功させ、患者の痛みを劇的に緩和させた。立花は、九条の外科的知識に基づいた全身管理プログラムに従い、特別な栄養補助食品を患者に口に運ばせる。


翌朝、神宮寺教授が回診に訪れたとき、昨日まで衰弱していた宮本節子は、穏やかな表情で立花のリハビリ指導を受けていた。


「痛みは九割方引いています。今朝、少量ですが粥を口にされました」


看護師の報告に、神宮寺の顔は硬直した。

「馬鹿な。誰の指示だ、こんな無秩序なことを!」


「私の指示です、神宮寺教授。患者の衰弱を防ぐため、外科治療の延長線上の処置を行いました。そして、佐倉医師の鎮痛処方は、不完全な処方でした」


九条は冷徹な事実を突きつけた。神宮寺は患者の容態が改善しているという結果の前で、九条の行動を罰することはできなかった。


しかし、その日の午後、九条は事務局長の黒川 雅に呼び出された。黒川は、透花大学病院の収益と規律を司る冷徹な管理者だ。


「九条先生、あなたは契約外の領域に介入し、マニュアル外の高額な処置を行いました。あなたのオーダーメイドの治療は、病院のコスト構造を破壊する」


九条は椅子に深く座り、黒川の目を真っ直ぐに見返した。


「患者の命とQOLを、誰がコストで計算できる? 宮本節子さんの再入院と再手術、そして死こそが、病院にとって最大のコストです」


黒川は九条の論理に言葉を詰まらせたが、すぐに表情を元に戻した。


「あなたは危険人物だ。私たちは、あなたの契約解除の機会を探し続けます。次は必ず、あなたは失敗する」


「どうぞ」九条は立ち上がった。彼の背中は、病院の権威や金銭に対する一切の関心を拒絶していた。


「私は、。なぜなら、私の治療は切って終わりではないからです」


九条 慧の、権威と効率に支配された透花大学医学部付属大学病院での、孤独で苛烈な戦いが、今始まった。そして、この巨大な病院には、九条の技術と信念を試す、誰も手を出せない次の難症例が、すでに運び込まれようとしていた。





これは一人の医者の物語である。

権威と効率に支配された透花大学医学部付属大学病院での、孤独で苛烈な戦いが繰り広げられる中九条の技術と信念を試す、誰も手を出せない次の難症例が、すでに運び込まれている。











皆様こんにちは!

作者のSAKURA(サクラ)です

「大好きな彼女を僕は知らない」との2本立てで連作スタートです

是非楽しんで読んでいただけるととてもうれしいです!

数年前に人気だった「ドクターX」を参考にしています

透花大学医学部付属大学病院。

実は「大好きな彼女を僕は知らない」での透花大学の医学部です笑

さぁこれからどうなるのやら…

是非最後までお付き合いただけると幸いです


九条 慧の病院名札を作ってみましたので是非ご覧ください!

https://kakuyomu.jp/users/sakura3350/news/822139841479472616

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