反撃
小型ドローンが一足遅れて現場に到着する。ちょうど、男が足を止め、治安部隊員はピクリと一瞬だけ震戦し、自らの身体に戦闘を覚悟させる。往生際悪くしらを切ることも、隠れることもしない。
『私は、政府のSP兼、国家治安部隊の柱本勇夫だ。単刀直入に用件を伝える。政府に君の身柄を確保されてくれ。納得してもらえるなら、危害は加えない。君が必要なんだ。報酬はいくらでもやる。ただ、拒否権は無い。それだけ理解してくれ。』と柱本は言った。
『あちゃー…』と有識者の大元正則は呆れた。生真面目一辺倒のSPは赤裸々に身元を告白したが、そんなことはしない方がまだ効果的に彼を捕まえられることは大元にとっては言うまでもない事実だった。ただ、まだマシなだけだ。たとえそう、しなくても彼に対する勝ち目は露ほどもない。
柱本が銃を構えているわけでも、間合いを触れられるほどの距離に詰めている訳でもないのにもかかわらず、男は無防備にも両手を頭の上に挙上し、しまいには手を組んで頭の後ろに構える。そして、『多分、人間違いっすよ。柱本さん。』と言った。
『まさかそのはずはない。君が秘密裏に便利屋の仕事をこなし、日銭を稼いでいることは政府の耳にまで高らかに響いている。』と柱本は言い、眉間に深い皺を刻み、こめかみに汗をたらしながら、緊張をしている。彼は格闘を極める者として、防犯カメラに映っていた依頼者の救出映像の彼の動きに覚悟を固めていた。どう来るか、予想だにしないのだ。
かの映像には、まるで奇術のように肢体を活かし、巧みに人間を絡め取り、あっという間に数名を制圧してしまう様子が映っていた。しかし、映像によるとその手に武器一つない。つまり、現場の地形や敵の武器を流用して己の剣や盾にしてしまうのだ。
ジリジリした空気に、柱本は焦っている。無意識に、歩みが進んでしまう。それは、男による意識の外からの挑発だ。『ああ、終わった。』と大元がつぶやく。しかし、その先を集中して見たいのか、それ以上は何も言わないで画面を凝視している。
緊迫した空気に、司令官の畑山基樹の刮目された瞳が渇き、涙が落ちる。思わず目を瞑ってしまう畑山の視界の端に、動きがあった。
柱本は、思わず注射器を無防備な男に突き立てようと、触れられる距離に近づいてしまった。そして、刹那。その鎧のような身体にまとった衣服に、右手の注射器を造作もなく押し当てた瞬間だった。
一瞬竜巻が起こるほどの勢いで映像の中心人物(男)が回転したかと思うと、注射器を持った手が男の肘によって弾き飛ばされ、あわや注射器から手が離れそうになるが、柱本も虚を突かれながらも、持ちこたえる。
柱本は反対の手で肘を出し、応戦する。柱本は左手を完全にフリーにしていたわけじゃない。堅い関節である肘で応戦するべく、左手を引き気味に構え、先の手を考えていた。肘と肘がぶつかり、鈍い音を立てる。男がニヤリと笑ったのは、想定内であるからであろう。
そこから男の動きは早い。ジークンドーの達人である柱本といえど、風のような速さの男の速度に対応しかねた。あっという間に柱本は足を掬われ、踏ん張った時には手をからめとられ、後ろ手に回されている。一瞬男はバク中をする余裕を見せ、柱本を弄ぶように関節を極めてしまった。
高速回転するタービンのような動力に、回転性の動きで応戦するジークンドーの特性が赤子扱いだ。まるで、赤子の手を捻るかのように簡単に、あっという間に柱本は地面に押し倒された。
万力のような力を持っている柱本の力を持ってしても、その不利な体勢にはあらがえない。というのも、いつの間にか柱本が腰に巻いていたベルトは奪われ、両手両足を一本で縛られている。手も足も出ないとはこのことだ。
『さて、あんたの助けはすぐ来てくれるのかな?』と言って、男は不敵の笑みを浮かべ、柱本の手から注射器を奪い、一瞬で突き立て、内容物を押し込んだ。
『ア゛!はぁん…。』と言って身を震わせながら鎮静化した柱本は、まるで暴れ疲れて居眠ったクマのようにグース―グース―と寝息を立て始めた。
そして、男はドローンのカメラに向かって『あばよ。俺の好きなように生きるんだあ。』と言って去って行った。
司令官は、『救護班要請!そしてプランBだ!!』と叫んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます