06 気晴らしに出て面倒事を拾う
「地下闘技場に出る? あんたが?」
「そうだよ! そこの女が出場料を出してくれるはずだったんだ! 勝ったら報酬は折半でいいから、あんた代わりに出せよ!」
この世界でもそういう娯楽があるのは別に不思議だとは思わないが、意外にも、その手の担い手は男ということなのか。
『男に神秘は宿らない』とは、貴族階級、とりわけ騎士出身の家系で盛んに言われる言葉であるのは知っていた。
魔法の存在するこの世界では騎士と戦争の担い手は女である。それが、貴族階級における世襲を”女性”性が受ける理由であり、このライオン社会を形成する最大の原因となっているのだろうことも理解している。
だが、やはり魔法を使わない肉弾戦の見世物なら男の肉体の方が望ましいということなのだろうか。私個人の趣向は別としてそれは構わないのだが。
「そんなこと言われてもね……。」
色々と言いたいことはあるが、一度考えを巡らせてたのだ。
「その闘技場に出場経験はあんの?」
「あるよ!」
意外な答えであったが。
「じゃあ、勝ったことは?」
「……ないけど。」
まぁ、こっちは予想通りだ。
「そもそも、あんた何歳?」
「……15。」
嘘なのだろう。少年は目をそらして答えた。
つまり、成人を迎えていないのだ。
「で、その闘技場って合法なやつなわけ?」
「……関係ねぇだろ。」
あるだろ。
思いっきり。出資するなら。
「んー……。」
どう考えてもアウトだ。
ギャンブルの類としては勝ちの目が薄すぎる。
そもそも、法的にアウトな会場に法的にアウトであろう子供を送り出すことになる。
もはや、関与すること自体がリスクでしかないのだ。普通なら話を打ち切り立ち去るところであるのだが。
横目に白目をむいて倒れている女の姿が映るのだ。
私としては正当防衛のつもりだし、憲兵に突き出されても正面から言い張ってやる覚悟はある。この女をのしたこと自体には全く罪悪感は感じていない。
だが、社交界を飛び出した着の身着のままで平民をぶっ飛ばした、というのはどう考えてもスキャンダルになるのではないか。
ことによっては、『そんな粗野者であるからレオは他の女に走った』などとはなるまいか。
そして、目の前のこの少年である。
明らかに手入れがされていないボサボサの髪に襟口や袖が破れた襤褸をまとった姿というのは流石に同情心が沸いてしまうのだ。
私とて、この世界の文化水準や社会構成からそういった格差があること自体は察していた。広く考えれば日本にだってそういう子もいただろうし、海外ならさらに多いだろう。
だから、哀れな生い立ちの子供なのだから助けようなどとは思わないのだ。私にだって私の解決せねばならない問題がある。
だが、そんな子を目の当たりにして行きがかりとはいえ、関わってしまって『お互い辛いよね、頑張ろうね。さよなら。』というのは流石に胸の奥にあるものが許さないのだ。
なんとか自分を納得させることができるだけの行動を考えた。
「少年を諭す?」
論外である。説教でこの子の生活が改善するなら苦労しないのだ。
「むしろ憲兵に連れて行くとか……。」
伯爵令嬢として口効きして保護を願う、というのはどうだ?
一瞬考え、すぐに自分で首を横に振った。
ここは王都だ。田舎のはずれにあるスラムとは違う。
浮浪者がいるのは、政治の対処能力を超えているからなのだろう。現在の女王は聡明で知られている。無意味にお膝元の街の治安悪化原因を捨て置いているとは考え難い。
「そこの倒れてる女の財布を盗って、この子に渡すのはどうだ……?」
もともと女は出資をしようとしていたわけだし、アリといえばアリなのだが。
「あとで、憲兵に報告されるよなぁ……。」
この少年が報酬を持ってくることはまずない。それはもう悲しいほど確信がある。
たとえ奇跡的に勝ったとしても、その場に出資者がいなければ報酬を独り占めして逃げるだろう。この生い立ちであるならそうするのが当たり前なのだ。
となれば、女は財布を失った状態で起きることになる。少年も闘技場とやらで負けて帰ってきて「あなたが気絶してる間に金をすってきた」と報告するほど義理堅くもあるまい。
そうなれば、憲兵の出番だ。
ただでさえ、こんな路地で目立つ格好をしている上に、ユリウスのせいで会場の全員の注目が集まる中飛び出してきたのだ。状況証拠を合わせれば確実に足がつく。
そうなれば、『気晴らしに外に出て平民から追い剥ぎをした伯爵令嬢』になってしまう。
「ダメだな……。絶対だめだ」
淀んで溜まった思考を頭から追い出すように息を吐いた。
もうしょうがない。大人としてどうかと思うが、これが一番まるいであろう。
「ほら、受け取りな」
言って、自分の財布を放った。
「なんだよ。話せば分かるじゃんか。闘技場まで案内するぜ」
少年は緊張が解けたのか、強張った顔が少し緩んでいた。
「闘技場には出なくていい。それが条件。」
言葉を短く切り、あえて突き放すように言った。お互いに変な情が生まれても困るのだ。
「どういうことだよ。」
声がこわばった。少年の緊張が戻ったのだ。
私の意図を理解できないゆえに警戒しているのだろう。賢い子だ。
「わたしは、その闘技場とやらに関わりたくない。
そもそも、出場しても負けるだけでしょ。だったら、そのお金をちゃんとした使い道で使って、地道に稼ぎなさい。それが条件。」
「……っ!」
言葉が届くと同時、少年の髪が猫の毛のように逆立ったように見えた。
肩がしゃくりあげるように一瞬揺れた。
「貴族のお嬢様が『地道に稼げ』だって?」
腹の底が震えるような。そんな声だった。その瞬間、自分がやらかしたのだと察した。
「いや、わたしは__」
弁解をしようとしたのだ。内容を考えないまま。
しかし、言葉の途中で鈍い痛みに遮られた。
「痛った、ぁああ!!!??」
脛を蹴り上げられたのだ。負い目を感じて歩み寄ろうとした瞬間であった。
悶絶して膝から転がり落ちると、次の瞬間に額が鋭い痛みに打ち上げられた。
「ぐへぇあっ!!」
間抜けな声であった。できれば自分のものではないと思いたい。
「てめぇみたいな苦労知らずのバカ貴族の金なんてこっちから願い下げだよ!! 二度と顔見せんな地味髪ブス!!」
財布を顔めがけて投げつけ、捨て台詞を残し少年が足早に去っていった。
「ぶ、ブス!?」
顔は、まぁ、自分のものでもないのでギリギリ許すが、日本人として黒髪を地味髪ブスと言われたのが堪えた。
「なんだよ……。こっちだって精一杯歩み寄ったじゃんかよ……!」
流石にこんな仕打ちを受けるのは理不尽ではあるまいか。疲れもあり、ぐつぐつと今日一日の怒りが再燃した。
本当にあいつもこいつも、どいつもこいつもなのだ。
そもそも、ここまでされる謂れはないのだ。私だって身寄りもなく精一杯やっているではないか。と。
「あぁああ!! もうっ!!!」
怒りの咆哮である。誰も聞いてくれるな。
月明かりが薄く届く路地でノロノロと体を起こし、ドレスについた泥を払って靴を鳴らした。
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