04 腹黒王子とビジネスパートナー
「ん」
と言い、取り分けたサラダをユリウスに渡す。
少し目を丸くした後、困ったような呆れたような顔で取り皿を受け取ると、彼は会場からつまみ出される弟の姿を満足そうに見送っていた。
「人に食べ物をわけあうなんて出来るんだね。食い意地ばかり張っていると思っていたんだけど」
「返せ! 自分で食う!!」
サラダをひったくるように取り返し、むしゃむしゃと平らげて皿をテーブルに戻した。なんだこいつ。
「自分の肉親のメンツと将来を叩き潰したわけだけど、普通もっと罪悪感のある表情するもんなんじゃないの?」
「んー、競争相手を邪魔にならない内にきっちり蹴落としただけだよリディア嬢、むしろ肉親以外だった時の方が罪悪感は湧くだろうね」
「王族ってそんなもんなの?」
「『貴族』はそんなもんさ」
嫌な世界だ。
出来れば関わらずに生きていきたい。
「でも、貴方には感謝しているよ。私がこの国の王になる為にライバルを確実に減らすことができたのは本当に助かるんだ。これからも、ビジネスパートナーとしてよろしく」
「......。」
差し出された手は無視した。
つまり、ネタバラシをするとレオが婚約破棄をこの場で言い出すことは分かっていたのだ。
パラケルス邸から逃亡して彷徨っていた私を助けるために現れたこの男は、まさにその計画を告げるために屋敷に向かっている最中であった。
彼は私を送り届けると、弟の不貞を明かし義憤に駆られたようなことを口にしながらリディア・パラケルスの名誉を守ると誓った。
屋敷の者は大層感激していた。
正直に言えば、私も少し心が動いた。
王族が自分の家族よりも正義を、伯爵家とはいえ国のために尽力している目下の者を守らんと立ち上がったというのだ。
当時、私のキャパが限界を迎えて精神的に弱っていたことを差し引いても、それで心が動かないほど乙女を捨ててはいないつもりだ。
今となっては?
もちろん、この男に感じるところは何もない。
1年前、ユリウスがパラケルス家に足繁く通っていた時期に領内で民の失踪事件が発生した。
パラケルス伯が不在だったため、私とユリウスで事件の究明に向かったのだ。
そこで起きたある事故で、こいつの化けの皮が剥がれた。
ちなみに、私の被っていた猫も剥がれた。 もちろん異世界から来ただのなんだのを共有したわけではないのだが、人となりについてはかなり精度高く見抜かれたようだった。
その時から、こいつは「もうバレたんだからどうでもいいだろ」と言わんばかりに、腹黒い本性を隠そうとしなくなったのだ。
要するに、この男は、王国の中で力をつけてきていた新興貴族の筆頭株であるパラケルス伯爵と、自分のライバルである弟が繋がっているのをどうにかしようとしていただけなのだ。
演技で涙を流せる生粋の貴族なのである。
とはいえ、パラケルス伯爵家の名誉が傷つかないようにすると確約をしてくれたことだし、レオが追い落とされること自体は家を建て直す時間を恩のあるパラケルス家に与えるという意味で、こちらとしても悪い条件ではないから話にのった。
それに、私も後ろ盾とまではいかなくても協力関係を持てる人間がこの世界にいるのは心強い。
この男の本性を知る身としても、「まぁ、民を不幸にする悪い王にはならんだろ」という確信はあったので協力しているのだ。人としてはどうかと思うが、政治家なんて大体そんなもんだろ(※偏見)。
そう、つまり先ほどユリウスが言った通り『ビジネスパートナー』である。
レオを追い落としたことで、パラケルス家は貴族の同情と王家への貸しができ、立て直しの時間を得ることで私はとりあえず明日食う飯に悩むことはない。
ユリウスは政敵の排除と同時に、弟の不貞も許さず立ち上がる正義の美丈夫という評判を得る。
その成果は、すでに出ているようだった。
貴族令嬢たちがユリウスを遠目に眺め、口々に美辞麗句を並べている。
ユリウスは視線を向けてそれを確認すると会場内の注意が自分に向かっていることを確信し、ニヤリと口角を歪ませた。
嫌な予感がした。いま思えば、この油断ならない男と仕事でもないのに軽々しく時を共にすべきではなかったのだ。
一仕事終えた後の安堵から私は油断していたのだと思う。
ユリウスは私の手をふわりと取ると、跪き、周囲に聞こえるようにはっきりとしたよく通る声で言葉を並べた。
「ずっと貴方をお慕いしておりました。どうか、私と婚約関係を結んでいただきたい。」
静寂の後、黄色い悲鳴が爆発した。
まるで、歌劇のような美しい場面に誰もかれもが頬を紅潮させ思い思いの言葉を周囲と共有していた。
物語はこうだ。
心神喪失し、右も左も分からない令嬢が必死の努力の末に社交界への再デビューを果たした。
だが、彼女を待ち受けていたのは婚約者の裏切りであった。
悪党は自らの不貞を棚に上げ、家の名まで失墜させる暴言を浴びせ、令嬢は心を打ち砕かれた。
しかし、彼女をずっと陰ながら想っていた男は立ち上がった。
彼女と彼女の名誉を守り、そして跪いて心を捧げたのだ。
女どもはきゃーきゃー言っていた。
恋愛事には目がないのは、どの世界でも共通なようだ。
翻って突如大恋愛物語のヒロインにされた私の心境はどうかといえば。
「この野郎……!」である。
心境というか、声には出さずに口の中だけで発音した。
つまり、ここまでがこの男の計画だったのである。
弟を追い落としてから、パラケルス家に恩を売り、その嫡女を取り込んでしまえばよい。
パラケルス家は王家との縁が繋がり、私は後ろ盾を得て、ユリウスは政治的なカードを一枚増やす。
誰も損をしないどころか得ばかりではないか。何を悩む必要がある。ビジネスパートナーなら分かるだろ? ということである。
おそらくは、私がそこまで思い至るであろうことも計算して。
では、ここでこの男を振れるかと問われれば難しいのである。
まず第一に会場の後押しが凄い。
何か明確な理由がなければ、周囲の空気に押し切られるのは目に見えている。では、明確な理由があるかと言われればないのだ。
下手な手を打てばパラケルス家のメンツにかかわり私の明日食う飯が危うくなる。
ここで保留にしても、王国内には『美談』として一連のストーリーが駆け巡るだろう。
つまり、ユリウスが告白をした時点で詰んだのだ。
顔の左半分は引きつっていたと思う。反対側の額には青筋が浮いていたのではないだろうか。
やっぱり政治になんか関わりたくない。
天を仰いでも、ずいぶん高い天井まで会場の熱気が届いているように感じた。
目を閉じ、私の理想の男を思い描いた。
やはり、ロッキーのような男が望ましい。
不器用ながらも実直で、友を思い、本気で女を愛するような。そんなまっすぐな男が良い。
視線をユリウスに戻すと、彼は胡散臭い笑顔で私を見つめていた。
してやったりというような顔に見えたのは、私の心が荒んでいるからなのだろうか。
笑みと共にくぐもった吐息が鼻を抜けたような音が聞こえたのだ。
ンフッwって言うな。
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