第6話


 御影は自分の表情が強張ったことを自覚する。

 思わず藤原を見ると、彼は指先でテーブルをトントンと叩いていた。


「彼女はアパートのベッドで、まるで眠っているかのように見つかりました。遺書はなく、自殺の可能性は低い。外傷も争った痕跡もなく、事件性も考えにくい」


 その言葉で、脳裏に過去の記憶が無理やり引き出される。

 珠代が死んだ。三年前に突然そう告げられたのを覚えている。そのまま戸羽を伴って参列した。深くは考えないようにしてきた。見て見ぬふりをしてきた。ただその事実だけをありのままに受け入れようとしていた。死因も曖昧なままにして、研究という現実に逃げ込んだ。


「当初は事故ではないかと調査を進めていたわけですが……それにしては不可解な点が多すぎた。特に、遺体の状態が少し――普通ではなかったのです。解剖の結果も奇妙でして、人間らしさがどこか抜け落ちている。……のような状態でした」


 珠代の死に顔が脳裏に浮かぶ。死化粧を施された彼女は、まるで生きているかのようだった。御影はそれを見て、棺越しに花を手向けるだけだった。その場をただ通り過ぎることを願っていた。


「馬鹿げて聞こえるでしょうが、医師はそう評しました。事故や自殺で片づけられる状態ではなかったんです。我々はこれをとして扱っています」


 御影の指先がわずかに震える。昨夜のバーでの戸羽の声と表情が、頭の隅でちらつく。

 無意識に煙草を咥え、火を灯していた。立ちのぼる微かな香りとともに、空気が張りつめる。


「……三年も経って、ですか」


 吐き出した煙が視界をぼやけさせ、その向こうに焦燥と疑念が絡み合っていく。なぜ、今になって蒸し返すのか。胸がかすかに乱れ、内側にひどく冷たい苛立ちが広がる。


「なぜ、今になって――」


 これは誰に言っている言葉なのか。自分かそれとも目の前の刑事か。御影には判断がつかなかった。ただ、胸には決して埋まることのない虚空だけが存在している。

 絞るような御影の声に、藤原はかすかに俯いた。表情の変化はほとんどない。だがその静けさが、圧力に思えた。


「……当然の疑問です」


 藤原は一度だけ頷くと、静かに淡々と話を続ける。


「でも最近、珠代さんとよく似た不可解な死が相次いでいるんですよ。どれも人間らしさを欠いた精巧な状態で見つかっている。外的要因もほとんどない。事故でも自殺でも説明できない」


 その言葉が発せられた瞬間、店内の空気が一変した。ほんの数秒の沈黙が、まるで時間が引き伸ばされたかのように重く感じられる。


 御影は無意識のうちに息を呑んだ。藤原の言葉が、ただの調査の結果に過ぎないとは、どうしても思えなかった。言葉の一つひとつが、どこか凍てついた現実を突きつけてくるようで、胸の奥が冷えていく。


「まるで、そう。そのまま時間が止まってしまったかのような、時間だけを切り取ったような遺体が相次いで発見されています」


 その言葉は、まるで何もかもが終わった後の世界から響いてくるようだった。遺体が発見されたときの光景が、まるで映像のように次々と頭に浮かぶ。

 見たこともないほど整然としていて、どこか人工的な完璧さを持ったその遺体たちは、まるで死後の静けさが精密に刻まれたように見えた。


「現実を直視し続けねばならない刑事として、私もどうかしているとも思います。しかしながら、そう表現するほかないのが今回の事件の現状でして……。正直、申し上げて我々も頭を抱えているのです」


 御影は軽く頭を振り、視線を藤原の顔に向けた。そこにあったのは、刃のような鋭い決意。何かを知っている目だ。だがその決意には、疑念や恐れが微妙に混ざっているように感じた。


「なので、我々は珠代さんの件も含めて再調査する判断を下しました。本事件は、連続した事案として扱う必要がある、と。そして何よりも、少しでも事件解決のために」


 藤原の声は静かだった。

 感情の起伏はなく、告げる内容だけが冷たく机に落ちる。御影の胸の奥で、細い針が軽く刺すような緊張がじわりと広がっていた。


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