第3話 「理想の彼氏ってなんだよ」

 ――一日目の登校を終えた放課後。


(……生きてる。俺、ちゃんと生きてる)


 教室の自分の席に座り、深くため息をついた。

 朝の視線ラッシュとヒソヒソ話の嵐を乗り越えた俺は、もはや一仕事終えた気分だ。


「お疲れさま、彼氏くん」


 背後から、軽やかな声。


「その呼び方、学校ではやめてくれ……」


「えー? でも契約中だよ?」


 白石ほのかは悪びれもせず、俺の前の席に腰かけた。

 近い。普通に近い。


(この距離感、完全に俺だけダメージ受けてるよな……)


「それでね」


 白石は指を一本立てる。


「今日でだいたい分かったんだけど、ちょっと修正点があるの」


「修正点……?」


 嫌な予感しかしない。


「“理想の彼氏”としての振る舞い。今のままだと、少し弱いかな」


「弱い!? 俺なりに頑張ったんだけど!?」


「うん、そこは感謝してる。でもね――」


 白石は少し考えるように視線を上げてから、さらっと言った。


「もっと、堂々としてほしい」


「堂々……?」


「腕組むときも、歩くときも、私ばっかりリードしてる感じだったでしょ?」


(それはそうだけど! そもそも想定外なんだよ!)


「彼氏なら、“俺の彼女”くらいの顔してほしいなって」


 心臓が、嫌な跳ね方をした。


「……そんな顔、できない」


「できるよ」


 即答だった。


「だって、私が彼女役なんだから」


(役、ね……)


 そう分かってるはずなのに、

 “彼女”という言葉が、やけに重く響く。


「じゃあさ」


 白石は机に肘をつき、身を乗り出す。


「確認しよ。理想の彼氏チェック」


「なんでテスト形式!?」


「安心して。口頭試験だから」


(余計怖い)


「第一問。彼女が他の男子に話しかけられてたら?」


「……距離を保つ?」


「不正解」


「早っ!?」


「正解は、“自然に隣に来る”。牽制」


「難易度高すぎる!」


 白石は楽しそうに笑う。


「第二問。彼女がちょっと元気ないときは?」


「……声をかける?」


「正解。でも一言追加」


「追加?」


「“大丈夫?”だけじゃなくて、“俺でよければ話聞くよ”」


(それ、ハードル高いやつ……)


 俺は思わず頭を抱えた。


「白石……いや、ほのか。これ、本当に一か月で終わるんだよな?」


 一瞬、空気が止まった。


「……もちろん」


 少しだけ間があって、そう返ってきた。


(今の、間は何だったんだ?)


「だからこそ、ちゃんと“理想の彼氏”でいてほしいの」


 白石はそう言って、柔らかく微笑む。


「変な誤解、されたくないし」


 その言葉に、なぜか胸がチクリとした。


(誤解……ね)


 俺は大きく息を吸って、覚悟を決める。


「分かった。やるよ」


「ほんと?」


「期間限定だしな。全力で……“演じる”」


 そう言った瞬間、白石の目が、ほんの一瞬だけ揺れた。


「……ありがとう」


 その声は、やけに小さくて。


(なんで俺、今ちょっと嬉しくなってるんだ……?)


 契約彼氏、三日坊主は許されないらしい。

 そして俺はまだ知らない。


 この“理想の彼氏像”が、

 いずれ俺自身の行動基準になっていくことを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2026年1月16日 18:00
2026年1月17日 18:00
2026年1月18日 18:00

期間限定で“理想の彼氏”を演じることになった俺。だけど契約終了の頃には彼女のほうが本気になっていた件 てててんぐ @Tetetengu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画