-WORLD WALKER- 〈サキュバスメイドと激シコ同棲性活〉

宝鐘焔ラ

第1話:いじめという名の地獄


 長い間生きていれば不条理とか理不尽な出来事が降りかかってくることもあるだろう。



「……別に現実から、にげたっていいじゃない」



 俺の名前は小鳥遊たかなしハルヤ。高校一年生。


 八月の終わりの湿った空気はいつも、何かを催促しているかのよう。

 アスファルトの照り返しは肌を焼くほどなのに、もうすぐ迎える九月が現実と向き合えと、急ぎ立てる。


 この最後の七日間さえ乗り越えてしまえば、すべてが元通りになるわけではない。と俺は知っていた。



「長期の休みが終わってしまう。また、あの絶望的な環境の中に放り込まれるのか」



 会社・学校とは、ただ役割を与えられた箱みたいなモノだ。そこにいる間の俺は『クラスメイト』という役者を演じ、無難なセリフを吐き続けなければならない。


 学校内で俺はイジメられている。

 夏休みがくれたのは、その辛い演技から解放されるという、ささやかな猶予期間。


 何者をも干渉しない。この静かな時間が終わりに向かってしまうのがなによりも恐ろしかった。



「ネットでも観て気分を紛らわそう」


 ここ数日――俺は自室の隅で他人の声の届かない場所を探すように過ごしていた。

 カーテンは閉め切り、室内に広がる薄暗い影だけが俺の居場所。手の届く範囲にあるのはペットボトルの水と、起動したままの高性能パソコンだけだ。


 現実は眩しすぎるから俺はインターネットという混沌の中へ、そっと身を潜める。そこならば顔も名前も知らない「誰か」になれる。


 いいや、今にして思えば現実から逃避していただけだったのかも知れない。あの事件が起きるまでは――。



「なんだ、これ……?」



 いつものように匿名掲示板を眺めていると、見慣れた文字の並びが目に飛び込んでくる。

 それは、俺が通う学校の名前と添付された引用画像だった。


 人差し指で画面をスクロールすると――あるスレッドが立っていた。その文を黙読で読み進めてゆく、



「いつも話す話題はVTuber。オマケに引き篭もり陰キャの『小鳥遊たかなしハルヤ』だよ、どう思う?」


「えー、そうだなぁ……」



 なんと、公共の場であるインターネット上に俺の個人情報が晒されているではないか。

 指が震えてマウスを握る手に力が入る。書き込まれた文章の中身は目を覆いたくなる程のものだった。



「アイツ、いつも一人でいるよな。喋り方がキモい」

「顔も無理、親の顔が見てみたいレベルっしょ!」

「卒業まで無視決め込もうぜ」



 罵詈雑言の書き込みはまたたく間に増える。

 俺の容姿、言動、趣味すべてが冷笑の対象になってゆく。果ては、俺、「ハルヤ」の行動を監視していたかのような具体的な情報にまで含まれていたんだ。



「パクりツイートしてたって知ってる? ――他人が描いたであろう自画像を自分のものの様にupしてたんだぜ」


「注意喚起だ」


「ハルヤの悪行を隅々まで晒し上げてやろう!」



 念のため他のSNSサイトも覗いて見る。

 俺の目に映ったのは悪意ある拡散されているコメントの数々だった。



「は? ツイパクだとぉぉ!?」


「盗人と変わらない。普通に犯罪だろ!」


「生成AIに全部書かせたもの、らしいよ――」


「謝罪文も一切ないし、罪人に価値はねェ。徹底的に追い詰めろ!」



 最初は笑って受け流していたハルヤにも対応し切れない文量。

 なおもアンチと称した、「叩きたがる奴ら」からの返信は勢いが強くて収まる様子もない。



盗作盗用とうさくとうよう、盗用盗用!」


「FF外から失礼。初めまして■■■と申します。

ハルヤさんと名乗る方が、他のユーザーの投稿をパクったという噂。ほんとうでしょうか?」


「風上にも置けない野郎だ! 事実だとしたら精神壊れるまで燃やしてやろう」


「死んでしまえよ、こんなクズ。人間じゃねー」



 逃れてきたと思っていた安息の場所に、現実の地獄が侵食してくる。

 俺を囲む領域はアンチどもの無数の光によって逆に照らされてしまい、表に引きずり出された。

 いくら「無実」であることを訴えても証拠が無いので、誰一人信じてくれやしない。


 悔しさのあまりキーボードを力強く叩いた。



「――っざけんじゃねぇ! インターネットだからってあること無いこと好き放題言いやがる!?」



 他にやる事が山積みだったけれど、俺は画面から目を離せなかった。

 まだ、クソアンチからの暴言は止まらない。画面上に流れてきたのはアイコンと、常軌を通り越した数の返信通知だった。



「これ以上被害者の方々が増えない為にも、あなたのした悪事を白日のもとに晒しますね。――過去、該当の『ポスト』を消して逃げたとて、我々には証拠があります」


「そうだ、そうだ。爆撃してやろう」


「おいハルヤ、画面見てるか。ネット民を敵に回すと恐ろしい事になるぞ?」



 匿名掲示板。他SNSのフォロワーすべてが、この瞬間から俺を精神的に殺そうとする『猛獣』に反転した。

 白の背景色に、黒い文字の羅列なのに一つ一つのコメントが、鋭いナイフの様にして俺の胸に突き刺さってくる。



「意図した事実はございません。叩くのを、ヤメテくれませんか……。俺が「ぽまえら」にいったい何したってンだよ!!」



 まるで不思議な、見世物小屋を見るみたいに俺の大事にしていたアカウントが扱われている。


 火のないところに煙は立たないとは良く言ったものだが、燃えて広がったネットの『炎上』は消えない。


 それが無実であろうとそうでなかろうと――。


 どこにも、俺の逃げ場は既に残されてなかった。叩かれ疲れたハルヤの脳裏に嫌な考えがよぎる。



「この世から消えて無くなってしまえば――いいんだ!」



 机の上に無造作に置かれていた非常用ロープに手を伸ばす。

 それを高い位置に固定してフックに取り付ける。



「壊れた精神モノは戻らない。思い知れ、思い知れ! お前たちが犯した罪の重さを――」



 イスの上に立ち、結んだ輪に首をかけて重力に逆らわずに身を任せる。



 『ドスン!』



 頭の中は真っ白に染まって、その先は分からない。――急速に意識が向こう側へ遠のいてゆく。

 激しい憎悪と感情の昂りが、異世界へ行く為の玄関をノックする引き金になっていたとは、知る由もなかった。

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