BLUE TONE

第1話 再会の音

夏の湿った風が吹き抜ける夜、古い校舎の窓に灯りが漏れていた。

橘ヶ丘高校・軽音楽部の部室。埃をかぶったアンプ、壁に貼られたレベッカやBOØWYのポスター。

その前に、4つの影があった。


10年ぶりの再会。


同窓会の三次会。

気付けば昔みたいに、4人で自然と輪になって座っていた。



■ヴォーカル・麻耶(まや)


二児の母となった今も、笑うと目尻が少し下がる柔らかい雰囲気は変わっていなかった。

けれど、手には家事で出来た小さな傷。

10年の時間が、確かに彼女の人生を動かしてきた。


「ねぇ…また、歌ってみたいな」

その呟きは、昔と同じ “少し恥ずかしそうで、でも嘘のない声” だった。



■ギター・響(ひびき)


高校時代は真っ直ぐで、熱くて、誰よりも音に真剣だった。

今は会社の社長。

ネクタイを緩めたままビールを飲み干し、懐かしそうにギターを持つ手を見下ろした。


「麻耶が歌うなら……俺は弾きたいよ」


リーダーをしていた頃の、あの面倒見の良い笑顔は、変わらない。



■ベース・慎司(しんじ)


学年トップの頭脳。相変わらず落ち着いていて、メガネ越しの目は穏やかだが鋭い。

今は大学で助教授として講義をしている。


「10年ぶりでも、きっと身体は覚えてるよ。…やってみるか」


静かな声なのに、不思議と場を決める力があった。



■ドラム・大地(だいち)


昔と同じ。大らかで、誰が落ち込んでいようと引っぱり上げてくれる天性のムードメーカー。

実家の喫茶店を継いで店長になった彼は、エプロンの名残のような木の香りをまとっていた。


「決まりだな!この4人で叩くの、オレずっと待ってたんだぜ?」


笑うと場が明るくなる。

10年前と、何も変わらない。


「この近く、まだあるかな?あのスタジオ」

誰かが言うと、大地が即答した。


「もちろん!オレんちの店の常連が通ってる。まだやってるよ!」


酔いが回った身体で歩きながら、4人はまるで高校の頃に時間が巻き戻ったようだった。


スタジオの受付。

ガラス越しに見える各部屋には、若いバンド達が音を鳴らしている。


10年のブランク。

それでも、鍵盤のように自然に身体が動く。


「じゃあ……いくよ」

麻耶が息を整えてマイクを握る。


ドラムがリズムを刻み、ベースが低音を支え、ギターが切り裂くようなイントロを奏でる。


麻耶の声が乗った瞬間、部屋の空気が変わった。


10年なんて、音楽の前ではただの数字だった。


彼らの「ホットハンズ」は確かにそこに蘇った。



リハが終わり扉を開けると、受付からスタジオ店長が顔を出した。


「君たち……今の、10年ブランクでこれ?

3ヶ月後の市民ホールでフェスがあるんだけど、出てみない?」


4人は顔を見合わせた。


「……え、俺たちが?」

「社会人バンドで、フェス…?」


麻耶だけが、そっと小さく笑った。


「もう一度……あの頃みたいに歌ってみたい」


音楽は、常に誰かの背中を押してくれる。

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BLUE TONE @nobuasahi7

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